第七話 輝きの港町ルミナスと、海からの来訪者
街道で盗賊団『黒狼』のドガを討伐した後も、僕たちの快進撃は止まらなかった。
ルミナスへと至る道中で遭遇した強力な魔獣――狂暴な大熊『ギガントベア』や速攻の『ウインドウルフ』の群れ
を抜群のチームワークで次々と撃破。僕たちは意気揚々と目的地の門を潜った。
「うわあ……すごい活気……!」
ゆりが歓声をあげるのも無理はない。
交易都市ルミナスは、白亜の建造物が立ち並び、あらゆる国や人種の商人、冒険者、そして珍しい交易品が行き交
う活気に満ちた大都市だった。
僕たちはまっすぐ冒険者ギルドへと向かい、道中で倒した魔獣の素材の売却と、盗賊ドガの引き渡しを行った。
「……信じられん。あの『黒狼のドガ』と、これほどの魔獣素材……! 報酬と懸賞金、合わせて金貨35枚になりま
す!」
ずっしりと重い袋を受け取り、ギルドの裏手でコインの山を確認した翔が、豪快に笑い声をあげた。
「ガハハ! 見たかよ! たった1週間ちょっとで大金持ちだぜ! この金があれば高級な宿にも泊まれるし、もっとい
いメシも食える!」
「調子に乗らないの翔。このお金はこれからの旅に必要な資金なんだから」
楓が呆れつつも微笑み、あかねや涼、美緒もどこか安堵した表情を浮かべていた。
◇
ギルドを出て、市街地を歩いていた時のことだ。
ふと、賑やかな大通りから外れた暗い路地裏から、荒々しい男たちの声と、女性の怯えた悲鳴が聞こえてきた。
「おいおい、いいじゃねえかお姉さん。俺たちとちょっと遊ぼうぜ?」
「や、やめてください……! 離して……!」
見やると、身なりの良い綺麗な女性が、ガガラ悪いい数人の男たちに無理やり腕を掴まれ、路地裏へ連れ込まれそ
うになっていた。
「――っ、みんな、あそこ!」
僕が咄嗟に歩み寄ろうとしたその時、ガシッと強い力で肩を掴まれた。
振り返ると、翔が苦々しい顔で僕を見つめていた。
「待てよ優。首を突っ込むな」
「……え? でも、彼女困ってるんだよ!?」
「だとしてもだ! 俺たちは目立つなってあの老婆にも言われただろ? 警備兵か誰かが解決するかもしれないし、
下手に首を突っ込んで足止めされたら元も子もねえだろ!」
翔の言葉に、僕は思わず強く声を張り上げた。
「そんなの関係ないよ! 困ってる人が目の前にいるのに、見捨てて通り過ぎるなんて僕にはできない!」
「甘いんだよ優!!」
翔は僕の胸ぐらを掴み、その強い眼差しで真っ直ぐに僕を見下ろした。
「俺が他人の揉め事に首を突っ込むのは、本当に大切な人が困っているときだけだ。 俺にとって一番大切なのは、
ここにいる仲間全員が無事に元の世界へ帰ることなんだよ! 見知らぬ誰かのためにリスクを冒して、お前やみんな
が危険に晒される方が俺は耐えられねえんだよ!!」
胸に突き刺さる言葉だった。
翔の冷徹に見える判断の裏にあったのは、誰よりも仲間を想う強い絆と責任感だったのだ。
それでも――僕の胸の中の『正義感』は譲れなかった。
「……翔の気持ちはすごく嬉しいよ。でも、ここで見捨てたら……僕は自分のことを許せなくなる。自分の持つ力か
ら逃げたくないんだ」
((それに……フッ、隠れ最強たる僕が本気を出せば、どんなトラブルだって一瞬で捻り潰せるんだ……!))
胸ぐらを掴む翔の手が、葛藤するように微かに震える。
「……チッ、お前ってやつは……!」
あかねや涼、楓たちも静かに僕たちの言葉を聞き、それぞれの武器に手をかけながら僕の隣に並んだ。
「翔の言いたいことも分かる。でも、ここで見過ごすのは後味が悪い」
「みんなでサッと助けて、サッと立ち去ればいいじゃない!」
「……ハッ、どいつもこいつもおめでたい善人ばっかりかよ! 分かったよ、やればいいんだろやれば!! ただし一
瞬で片付けるぞ!!」
互いの信念をぶつけ合った僕たち7人は、一斉に暗い路地裏へと飛び込んでいった。
◇
「な、なんだお前らは!? 邪魔すんじゃ――」
路地裏に怒号が響く暇すら無かった。
「鬱憤晴らしだ、付き合えよ!」
翔が引き抜いた大剣の腹で男の腹を力任せに打ち据え、あかねの土魔力を纏わせた拳、楓の足払いが爆発する。涼
の氷と雷、美緒の影が逃げ道を塞ぎ、僕も『鋼鉄のロングソード』の柄頭で男の首筋を叩いて瞬時に制圧した。
「ひ、ひぃぃっ! 覚えてやがれっ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく男たち。
助けた女性が息を整え、優雅にドレスの裾を整えながら僕たちに向かって深く頭を下げた。
「……あのお行儀の悪い者たちを退けてくださり、感謝いたします。私の名はエレノア・フォン・ルミナス。ルミ
ナス公爵家の者です」
「「「こ、公爵家ぁぁー!?」」」
僕と翔の声が綺麗にハモった。
エレノアと名乗った女性は、この都市ルミナスを治める超一流の大貴族(公爵家)の令嬢だったのだ。
案内された白亜の大邸宅で最高級のおもてなしを受けた僕たちは、エレノアに自分たちの目的地を明かした。
「ユグドラシルを目指しておられるのですね……! 承知いたしました。当家のネットワークを使い、次の目的地で
ある『迷宮都市バベル』への特別通行証と、最高の補給物資をご用意いたしましょう。それまでの間、どうぞ当家
の迎賓館に2日ほど滞在し、旅の疲れを癒やしてくださいませ。滞在費用や食事、必要なものはすべて我が公爵家
が負担いたします」
「えっ、無料でそんな贅沢を……!?」
「命の恩人への感謝としては、これでも足りないくらいですわ」
破格すぎる恩返しに、僕たちは思わず言葉を失うのだった。
それから僕たちは公爵家の迎賓館に招かれ、ふかふかのベッドと極上の料理で日頃のサバイバル生活の疲れを完璧
に洗い流した。
滞在2日目。明日はいよいよ『迷宮都市バベル』へと旅立つ日だ。
「よし、出立の前に港の市場で保存食や海産の買い出しを済ませておこう!」
僕の提案で、7人は交易港町ルミナスの誇る大市場へと繰り出した。
白亜の港に立ち並ぶ露店には、見たこともない鮮魚や干物、珍しい果物や魔導具が所狭しと並び、活気に溢れてい
る。潮の香りと威勢のいい商人たちの声に包まれながら、僕たちは思い思いに買い物を楽しんでいた。
「わあ、優見て! このお魚、青く光ってるよ!」
「ゆり、それは『ルミナスサバ』だな。燻製にすると絶品なんだぜ!」
翔が買いたての保存食の袋を抱えながら得意げに胸を張る。楓やあかねも珍しい土産物に目を輝かせ、美緒も少し
嬉しそうに僕の服の裾を摘んでいた。
((ふふふ……これぞ異世界観光の醍醐味! 旅の合間の日常回ってやつだな。……まあ、隠れ最強の僕としては、
いつどんな強敵やアクシデントが襲ってきても即座に対応できる警戒は怠らないけどね……!))
僕が心の中で密かに「主人公ごっこ」の悦びに浸っていた、まさにその時だった。
――ズズズズズズ……ッ!
突如、足元の石畳が不気味に揺れ始めた。
「ん……? 地震か……?」
「いや、見ろ! 海だ……!」
涼の叫びに、市場にいた全員が一斉に港の方角へ視線を向けた。
ついさっきまで穏やかで静かだった青い海が、まるで巨大な鍋が煮たぎるように激しく泡立ち始めている。
ゴオオオオオオオオッ……!!
一瞬にして空が暗雲に覆われ、吹き荒ぶ暴風が港の街灯や露店のテントを激しくなぎ払う。港に繋がれていた数重
の巨大な交易船が、まるで木ノ葉のように大波に揺さぶられ、ギシギシと悲鳴を上げた。
「ひ、ひぇぇぇっ! 津波が来るぞーっ! 逃げろー!!」
「な、なんだこの大時化は! こんなの聞いたことがねえぞ!?」
悲鳴を上げてパニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う商人や市民たち。
「みんな、気をつけて! 何かが来る……!」
僕の声に、翔たちは素早く武器の柄へ手をかけ、緊迫した面持ちで陣形を組んだ。
次の瞬間――
――バァァァァァンッ!!!!!
耳を劈く爆音とともに、ルミナスの沖合の海面が山のように巨大に盛り上がり、数百メートルもの巨大な水柱が天
を突いた。
渦巻く白波を突き破り、水深深くから姿を現したのは――月光を遮るほどに巨大な、青銀の美しい鱗を全身に纏っ
た古の巨大な龍。
圧倒的な神威と存在感。空を切り裂くような巨大な翼と、すべてを見透かすような黄金の眼光。
「な……なんだよ……あのデカさ……冗談だろ……!?」
翔が引きつった声を漏らし、あかねや楓も息を呑んで硬直する。ゆりと美緒は僕の後ろへ怯えたように身を寄せ、
涼でさえ素顔に冷や汗を伝わせていた。
それは、おとぎ話や神話のなかにしか存在しないはずの伝説の神獣――『水竜リヴァイアサン』の姿だった。
ご覧いただきありがとうございました。




