16:決着、ガルーダの試練。
──これは罠。
ガルーダによる神風の呪い──血霧は、
それまでのカエサルの足を止めるほどであった。
──カエサル、風を見るんです。
ガルーダの言った恐怖の可視化──
だがこの血霧、相手に触れることも縛ることも出来ない。
赤い霧はただの幻影だ。
今、この風域を支配しているのはガルーダ。
そしてカエサルの足を止めさせたのは、
恐怖ではない。
全身を力強く圧触してくるその気迫。
ガルーダという存在が放つ格に、
気圧されているだけ。
──“この程度の空気“に飲まれていては、
獅子龍は苦労しますよ、カエサル。
「──戦いは本能に任せれば勝機は薄い」
ガルーダの声が、カエサルに重く落ちる。
「ときには必要なのだ。
合理に身を委ね、立ち止まることも」
この言葉に、私は少し眉をひそめた。
──ん、あれは昔……叔父さんに私が言った言葉。
かつて口にしたことを、次は自分の言葉のようにカエサルに説いている……。
……成長したんだなぁ。ガルーダの叔父さんも。
「しかし愚か。それに気付くのがあまりにも遅い!!」
《羽剣の舞》
ガルーダの大翼からガランと、
金羽の断空剣が零れ落ちる。
それは一本、二本ではない。
数え切れないほどの黄金の剣が、地面には落ちず宙に浮かぶ。
それらは意志を持つかのように動き出す。
ガルーダの周囲全方を囲み回転するそれは、
まるで主を護る騎士のように、侵入者を拒む
──隙間なき鉄壁の円陣。
「残り時間の数十秒。それが終わるまで、我はここを動かぬ。
その血霧により、この風がどちらに味方するか──
見届けようではないか」
翼を広げたまま、ガルーダは動かない。
血霧が揺れ動く。
その風は、カエサルの背中を押す。
だがそれは、決して追い風などではない。
──引き込む。
絶え間なく回転する断空剣の檻へと、
自ら飛び込ませるための“誘い”。
蟻地獄のように、獲物を引きずり込み
──喰らう。
「ッ!」
カエサルは踏み止まる。
迫りくるは八つ裂きの未来。
早まる鼓動に、血霧による風が一層強まる。
──どう動くのかも、どう誘導するのかも、
全ては叔父さんの掌の上ということ、ですか。
退路は塞がれた。
この空間を掌握しなければ、カエサルに勝利はない──
「逃げはしない!」
カエサルはグラディウスを構え、
回転する断空剣の壁へと斬りかかる。
「はああああッ!!」
キィン!!
鳴り響く甲高い金属。
カエサルが振った刃は、虚しくも断空剣の壁に阻まれる。
ビクともしない壁に弾かれた銀長剣は、カエサルの手を離れ、宙へ舞った。
その直後、
グラディウスが牙を剥く。
「武器を失ったお前に、なにが出来よう?」
ガルーダの風により、グラディウスは刃は
カエサルへと向けられていた。
その中でカエサルは、
──風の軌道を読んでいた。
脳裏に浮かぶあの声……、
『ときには逃げることも大切ですよ』
(あれは弱気な言葉じゃない)
息を吸い、吐く。
カエサルはその体を引き、断空剣との距離を取る。
「──武器を奪われ、降参か?」
(……風)
流れ、
(引けという意味じゃない)
揺らぎ、
(“見るために立ち止まる“──)
わずかな歪み──
(────捉えた、風の乱れ──!!)
目を開く。カエサルは前へ踏み出した。
血霧を振り払うように、牙を剥く断空剣の檻に真正面から。
──風が、変わる……。
今までカエサルの背を押していた風は、
ピタリと止まり静止した。
グラディウスが弾かれたことで、鉄壁の護りにズレが生じたのだ。
僅かに、ほんのわずか、
防御が歪む。
(グラディウスで乱された我が断空剣の防御……、
そこを抜ける気か)
ガルーダの表情から余裕の色が消える。
「──だが!見えたところで、それが出来なければ意味がない。最後に物言わすのが、それを実行する覚悟だ!」
回転する断空剣がさらに加速する
カエサルは目を閉じた。
風に意識を預けるため……。
音を聞き、
風を感じ、
流れを読む──
ガルーダを護る、二百本を超える剣。
まさに絶対防御。
ただの人間に破られることはない。
……破られるはずがない。
(──ここだ)
カエサルは目を閉じたまま、飛び込んだ。
鉄壁の防御、その中で唯一生じた──
断空剣一本分の隙。
その戸惑いも躊躇も捨てたカエサルには、時間が止まったように感じられた。
刹那の瞬間──
金羽の断空剣の回転が止まり、鉄壁の防御は崩れさる。
そして、
腕を高く掲げて私の方を見つめるその手には、
黄金の羽──勝利が握られていた。
♢♢♢♢♢
人の身でありながら、伝説の巨鳥ガルーダの試練をくぐり抜けたカエサル。
(一歩引き、冷静に場を見極めろという、言葉足らずの天才なりのアドバイス!)
「ありがとう、ゲビル」
「なんのことですか?」
唐突なお礼の言葉に、私は首を傾げる。
と、
「その断空剣は持っていけ」
ガルーダの叔父さんが声を掛けてきた。
その表情は、どこか寂しげだ。
「獅子龍にはそのグラディウス(なまくら)では歯が立たん」
「え、でもこれは……」
戸惑うカエサル。
私は一歩、横から口を挟む。
「カエサル。それはあなた自身が勝ち取った、
勝利の証です。
叔父さんは一度言ったことは曲げない、頑固者ですから」
頑固者と言われた叔父さんはどこか嬉しそうだ。
「……ありがとうございます」
彼はその手に握った、金色の剣を見つめて、
巨鳥ガルーダに対して、深々と頭を下げた。
叔父さんは、何も言わなかった。
ただ、風が一度だけ、大きく吹いた。
──これで本来の目的は果たせましたね。
そう、私が欲しかったのはこの金羽の断空剣だった。
これを音叉のように打ち鳴らすことで、空気を共鳴させることが出来る。
魔法の声をカタチにする、不可欠なアイテム。
──その日の夜。
私たちは思わぬカタチで足止めを食らっていた。
宴だ。
試練の後の歓迎と勝利の祝い。
それを理由に、里全体が祭りのような騒ぎとなり、
気付けば逃げる選択肢が無くなっていた。
「スゴかったな。あの大樽一気飲み対決……」
葉を重ねて敷かれた簡素な寝床で横並びになる私とカエサル。
「……あの叔父さんは、騒がしいのが好きなんです。なんでも“試練”と銘打ちますから」
私はため息混じりに答える。
実際、あの後は酷いものだった。
食事、酒、舞、決闘、
どれもこれも試練と称され、次から次へと巻き込まれる(カエサルが)
その中心にいた私たちは、ただただ疲弊。
嵐に巻き込まれたような気持ちで、ウルク魔境巣窟に向かうには危険と判断し、
この風葬の隠里で一晩お世話になることになった。
「……なあ」
隣のカエサルが、ぼんやりと天井を見上げたまま呟く。
「パルコ、ちゃんといるか?」
「……パルコちゃんですか?」
私は視線を窓へと向ける。
月明かりに照らされた窓辺。
そこには二つの小さな影。
カエサルのお守り人形に寄り添うようにして、
淡く光る白い存在、パルコ。
「にしても、面白い形のお守りですね。
さるぼう……?でしたっけ」
「さるぼぼだよ」
そう、さるぼぼ。
見た目が可愛らしい布細工の人形で、今はテネブラエ王の依代となっている。
「でも”さるぼぼ王“も、頑張ってくれましたね」
さるぼぼ王、中身が王様なのでそう呼んでいる。
「そうだな。まさか闇の王が助けてくれるとは。
気に入られたのかな?俺」
……カエサルが気に入ったというより、
このお守りに興味を惹かれたのでは?
カエサルは続ける。
「ごめん、話が逸れた」
そう言うとカエサルは、少しだけ身体を起こした。
「あれは父さんがくれたんだ。思い出なんだって」
「……故郷、ですか?」
ゆっくりと頷くカエサル。
私も彼に合わせて、身体を起こす。
「俺の父さん、別の国からローマにやって来たらしいんだ……ゲビルと同じだな」
「……」
「でさ」
少しの間を置いて、私を見る。
「ゲビルは、どうなんだ?」
「どう、とは?」
「俺、ここまで一緒に付いて来てるけど、
ゲビルのこと、ほとんど知らないんだよ」
「それは、そうでしょうね」
私は小さく笑う。
「国からの情報規制が入ってますから」
その言葉を聞いて、カエサルはなんだか不服そうな顔を浮かべ、
「じゃあ交換条件だ。俺のこと喋るから、ゲビルも自分のこと、俺に話してくれ。
先ず俺の生まれなんだが──」
「……あの、誰もいいとは言ってませんが?」
私の言葉は軽く無視された。
でも自分のことを話すカエサルは、どこか楽しそうで、
「で、俺はそのときこう言ってやったんだよ!」
「っぷ……なんですか、それ……」
カエサルは用意していたお酒を片手に、話しを続ける。
家族のことに生まれ育った街、
兵士になろうと思った理由。
ツラかったことに楽しかったこと。
──そして、
「でも好きなタイプは、えーっと……」
好みの女性のタイプなど、
どうでも良い話までもペラペラと喋ってくる。
しかもその辺りになると、お酒のペースが明らかに
上がる。
次第に頬も赤くなり、言葉も少しずつ緩くなってくる。
……そこまで恥ずかしい思いをして、話すことなんてないのに。
そんな彼に呆れながらも、最後まで聞いてしまう私がいる。
「……カエサル。随分とお酒が回ってきたようですね」
私は声をかける。
目がトロンとしているカエサルは、もう電池が切れそうだ。
「んぅー……ゲビルの、はなしぃ……聞いてなぁー……」
「それはまた今度です。
ほら、風邪を引きますから早く寝てください」
「わかっ……わかりましたぁ〜……」
子どものように素直に横になり眠りにつくカエサル。
数秒も経たずに寝息が聞こてきた。
「…………」
私はそっと手を伸ばす。
その赤らめた頬にそっと触れる。
「……そうですね。では──」
私は身体を起こし、窓辺へと移動する。
そして鞄から取り出した一冊の本を手に、
月明かりが静かに差し込む窓辺へと腰掛ける。
長年の付き合いである、この栞をゆっくりと開き、
「私の生まれから、お話しましょうか……」
眠る彼には届かない声で。
それでも確かに言葉として紡いでいく。
誰にも語ったことのない、
私だけの記憶を。
──静かな夜に、溶かすように語り始めた。
博識!ゲビルちゃんの一口メモ。
【カエサル】
ローマ生まれの18歳の青年です。
五歳のときに、魔物に親を殺されたのをきっかけに、兵士を志したそうです。
性格無鉄砲で無計画。
ですがその胸の内は、熱い正義感に溢れています。
──私より年下ですか……。
青二才な感じはしてましたので驚きはしませんが……少し複雑ですね。




