10:動き出す魔法計画
司教との取り決めから一夜して。
静まり返ったローマの空は群青色。
それが次第に、東の端から光が溢れだし
一日のはじまりを告げる。
時刻は早朝六時。カエサル宅。
このローマを守る防衛術──“魔法の作製“に、私たちはすでに取り掛かり始めていた。
「魔法に必要なのは、この五つ──」
──魔法の核となる心臓──”精霊因子”
──人の意志に呼応する心──“憑依霊“
──発動を告げる声──“巨鳥人“
──爆発的な血液──“獅子龍“
──それらを調和をする器──“鉄巌鉱“
「これら魔物たちの特質を掛け合わしてカタチにする──要するに複合術です」
「おお!!なんだかそれっぽいな!」
浅い感想を言い、やる気を漲らせる男カエサル。
「魔法は、あくまで武器というカタチでいきます」
それは魔術との差別化のためだった。
魔術の本質は非常に単純だ。
突き詰めればたった一つに収束する。
──大罪欲という欲望、ただ一つの原理である。
だがそれをそのまま扱えば、魔術の核心に必ず辿りつかれる。
魔法が解析されたとき、その情報にたどり着かれないよう、参考にするのは武装としての利便性のみ。
完全な別物。
そう見せかけるのは、ローマと魔女の国──双方のためにもなる。
「では必要行程をリスト化したので上から順に
討伐して、素材を採集していきましょう。
これを今日含めて三日で行います」
「!み、みっか?!これ全部?!」
当然。
「素材を集めてからそれらを解析、加工、成形という作業が控えています。
素材採集のハードルが一番低く、日数をカット出来るのはここしかありません」
「……これは本来予定していた計画ではない、代替案。
不安を感じているのは、私も同じです」
私が元々考えていたのは、人間の身体機能の改造──進化だった。
カエサルを痛めつけて、目覚めるまでの間、
私は彼の家で埃を被っていた書物で知る。
人の臓器には複数備わっているモノがあるのだと。
しかもそれは保険のための余剰であり、一つ失ったところで生存には問題ない。
ならば、
その機能の冗長性を失わせ、そこに新たな機能を追加させることが出来れば、
進化という領域に辿り着けるはずの算段だった。
しかし進化には時間が掛かる。
だから私は、あの教会の場で、思考を焼き切るほどに頭をフル回転させた。
複数の案を即興で弾きだし、
リスクと時間を天秤に掛け、
そして──この案を選んだ。
「……そうだな。そうだよな、ゲビル!」
「今は嘆いている暇はない!
早速その“バカタレコア“の皮、
剥ぎ取りに行こうぜ!」
勢い任せの言葉に、私は小さく息を吐く。
朝からこのハイテンションは、低血圧な私にはちと眩しい。
「……“パーティクルコア”、です。それに皮ではなく核です」
訂正は短く、正確に、
「ここから各個体の座標を算出して打ち出しますので、少し落ち着いててください」
そう言うと私は、懐から小さな鉱石を取り出した。
──くすんだ透明色。
それはどこにでも転がっていそうな、
ただの石にも見えることだろう。
「その変な石ころは?」
彼の目は正しい。
「……これは方解石です。
位置を特定するのに不可欠なアイテムです」
指先でつまみ、それを朝の陽の光へとかざす。
これは魔女の国を出る際に持ち出したもの。
とても軽く、その語源は『方角を解する石物』から。
光を当てた方解石は、内部で光の乱反射を起こし、通り抜けた光の線がふたつに別れる
──複屈折を利用して、方角と距離を炙り出すのだ。
「ふんふん……最も近いパーティクルコアは、
北西五十度」
方解石に当たる光を少し調整して、距離を測る。
「距離は……お昼くらいには付きそうですね」
私は見えない地図を脳内で展開し、
今日一日のおおよそのプランを練る。
「おっしゃ!じゃあ箒持ってくる!」
「え?箒?」
勢いよく玄関から飛び出そうとするその背中に、
私は慌てて声を掛けた。
「ちょっと、カエサル!」
良かった、止まってくれた……。
いやでも、
「あなたの持ち物は、銀長剣のはずです。
レレレをしている場合ではありませんよ」
「?何いってんだ?
魔法で空飛ぶのに箒を使うんだろ?」
……頭が痛い。さっき珍しく大きな声を出したからなのか。
「あなたの魔女像を一旦記憶から消してください」
──魔女は鳥ではありません。
自力で空を飛ぶ能力はないです。
そう説明をしてカエサルを叱る。
苦しいが、移動は徒歩であることも伝えた。
……箒ではないが、万能AIai傘があれば話は早い。
あれ一つでどこへでも飛べる。
後はアイビス……が、これもダメ。
二人で移動出来るものでなければ……。
「……って、カエサル?」
──返事がない。先程まで隣にいたのに……。
……もしかしてあのバカタレマン、箒を探しに行ったのでは──
一瞬だけ考えたが、さすがに言った手前、それはないだろう。
姿を消したカエサル。
そんな彼のことはほっておき、
私は残っていた旅支度を片付ける。
現地で調達できないモノだけを選び、
カエサルの使い古されたリュックサックに詰め込んでいく。
無駄を削ぎ落とした三日分の荷物の用意も終わる。
「……カエサルは、一体どこに行ったのでしょうか」
静まり返る室内。
そのとき、
「ヒヒィーン!」
鋭い嘶きが玄関先から聞こえてきた。
私は荷物を持って急いで外へ出る。
扉を開けた先──
「……ぁ──」
朝の光の中に、彼はいた。
「ゲビル!馬に乗るのは?」
白い毛並みを輝かせる、堂々とした一頭の馬。
そしてその背に跨る、
誇らしげなカエサルの姿。
一瞬だが、私は目を奪われていた。
「……初めてです。
その馬さん、どうしたんですか?」
「知り合いの馬主さんに声掛けといたんだ。
“なにかあれば貸してくれ”ってな!」
カエサルが差し出した手を取り、引き上げられるままに鞍へと跨った。
私の背丈を超える馬さんの背中は、
思った以上に高く、
揺れる大きさもそれなりのものだった。
「初めてにしちゃ安定してるな」
「軍事訓練で似た経験をしましたから」
思い出すのは、必修科目アイビスを習得するために叩き込まれた、過酷な訓練の日々。
平衡感覚を狂わせる反復に、焼き付けるような三半規管。
何度も視界が回り、体を地面に打ち付けられ、
あの頃の不快感は、思い出すだけで胸の奥の胃液を想起させる。
「もうあんな思いは、したくありません」
「……そうか」
と、揺れる体を無意識に整えてると、
カエサルが口を開く。
「……俺は、ゲビルみたいに頭は良くないし気も回せる方じゃない」
「ええ、そうですね」
私が即答すると、目の前の広い背中が少し縮こまった。
「ぅ……で、でも、
──ゲビルが足りてない穴は、俺が埋めてやるから」
「え……?」
その言葉に私は──何も返せなかった。
……ただ、ほんのわずかに、視線を伏せるように
心を落ち着かせていた。
「よし、行くぞ!!」
勇ましいその声とともに、白馬は地を蹴った。
風が頬を打つ。
景色がグングンと流れていき、カエサルの小さな家は一瞬にして見えなくなっていった。
ただ前へ、風を切り駆け抜ける。
嫌な記憶も躊躇も、言葉に出来なかったあの感情も、全てを置き去りにして……。
──ふと、思い出す。
私には昔、好きだった本がある。
それは幼い頃、何度も繰り返し読んだ
一冊の絵本。
白馬に乗った王子様が、お姫様を迎えに来る物語。
荒唐無稽で現実味のない、子供じみた物語。
……けれど今、
風を切るこの背中を見ていると、
カエサルはまるで、
夢にまで見た──
王子様のようであった。
博識!ゲビルちゃんの一口メモ!
後日追加します。




