親友ガウルの決意
夕食を済ませた私は、ポケットの中にルクをこっそり隠して、ガウルの部屋を訪ねた。
ガウルは私を部屋に招き入れると、手際よくお茶を淹れ、私のために用意してくれていたお菓子をテーブルに並べて、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
私の膝の上では、ポケットから這い出したルクが小さく丸まり、今にも寝落ちしそうな様子で船を漕いでいる。
ガウルが勧めてくれたお菓子を一口頬張り、お茶を飲んで一息つくと、彼を真っ直ぐに見上げた。
「ガウルお兄ちゃん、明日はディナに戻るんだよね?」
私が尋ねると、ガウルは私の前に腰を下ろし、私を見つめた。
「ええ。明日の朝、馬車で出発します。ですが、すぐにまた戻ってきますよ」
「すぐに……?」
(いつもなら、次に来るのは早くても一カ月ぐらいかかるのに……どうしたんだろう?)
私が不思議に思っていると、ガウルは何かを決意したような表情で話し始めた。
「今回、活動の拠点をディナからこのディートムに移すことに決めました。これからはこちらで、セリアさんのレベル上げを手伝わせてください」
「えっ!? そんな、ガウルお兄ちゃんにそこまでしてもらうわけにはいかないよ!」
私が慌てて首を振ると、ガウルは優しく微笑んで私の頭を撫でた。
「親友であるセリアさんが困っているなら、助けるのは当然です。それに最近は魔物も強くなってきていますから、こちらでも十分に稼ぐことはできます。私にとっても悪い話じゃないんですよ」
ガウルの突然の申し出に、胸の奥が熱くなるような嬉しさを感じる一方で、彼にそこまで負担をかけてしまうことへの申し訳なさも込み上げてくる。
すると、それまで寝ていたはずのルクがむくりと起き上がり、私の膝の上でふんぞり返った。
「さすがガウルやで。わいが見込んだだけのことはあるわ。これでレベル上げは、心配せんでもええな! ほな、お祝いや! 主、ナッツだしてーや」
(いやいや、いつガウルお兄ちゃんのことを見込んだのよ。本当に調子いいんだから……)
呆れる私をよそに、ガウルは真剣な顔でルクに向き直った。
「ルク様、レベル上げは僕も手伝いますが、セリアさんの身の安全は一番に考えてください。お願いします」
「まかせときーや。わいがついとるんやから、心配はいらん」
胸を叩いて豪語するルクを見て、ガウルはどこか不安げな表情を浮かべた。
「……本当に、大丈夫なんでしょうか?」
ガウルはルクから私に視線を移し、真剣な顔で私を見つめる。
「セリアさん。ルク様の正体は隠したままでもいいですが、これから一緒にいることになると思います。ご両親には、ルク様のことを紹介しておいたほうがいいかもしれません」
「うん、そうだね。内緒にしておくのも難しいし……」
「ええ。早めにご紹介したほうがいいでしょう。それと、実は一つ相談があります」
ガウルは少し言いづらそうに、言葉を続けた。
「拠点を移すにあたって、新しく家を借りるより、この宿を長期で借りたいと思っています。セリアさんの傍にいたほうが安心ですし」
「えっ、ここに住むの!? すっごく嬉しい!」
私が喜ぶ姿を見て、少し緊張しているように見えたガウルは、ほっとした表情を見せる。
「そう言ってもらえて嬉しいです。では、さっそくご両親に相談してみますね。セリアさんも一緒に来てて頂けませんか?」
「うん、もちろん! パパもママもきっと喜ぶよ」
話がまとまると、私たちはさっそく一階のキッチンへと向かった。
そこでは父が、夕食後の片付けをこなしていた。
「パパ、今いいかな?ガウルお兄ちゃんがお話があるんだって」
ガウルは一歩前に出て、真っ直ぐに父を見つめて切り出した。
「お忙しいところすみません。実は、活動の拠点をこちらのディートムに移そうと考えていまして。こちらの宿を、長期で一室お借りできないでしょうか」
父は驚いたように目を丸くしたが、すぐに嬉しそうな顔になった。
「それは嬉しい申し出だ!ガウル君のような腕利きの冒険者がいてくれると、こちらも安心だよ。そうだな、いつもの部屋を30日借りるとなると、通常は小金貨18枚になるんだが……いつもセリアの薬草採取に付き合ってもらったりしてるし、これからもうちの娘がお世話になるだろうからね。よし、一ヶ月小金貨15枚でどうかな?」
「えっ、そんなに安くしていただいては……。きちんとお支払いします!」
「いいんだよ。ガウル君がセリアの面倒をみてくれて、本当に助かっているんだ。これは俺からの感謝の気持ちだよ」
父の温かい言葉にガウルが恐縮していると、ふと私はいいことを思いついた。
「そうだ! ガウルお兄ちゃん、ディナへ荷物を取りに行くんでしょ? 私、そのお引っ越しのお手伝いに行ってもいい?」
「はぁ……セリア、何を言っているんだ」
父は呆れたように眉をひそめた。
「セリアはまだ小さいし、引っ越しお手伝いをするのは難しいよ。重いものも運べないし、危ないし、ガウル君の邪魔になってしまうよ」
「むぅ、私だってできることがあるもん!」
私が反論すると、ガウルが優しく助け舟を出してくれた。
「セリアさんが一緒に来てくれると、私はとても嬉しいです。もし良ければ、数日で戻ってきますので、セリアさんにお手伝いをお願いしてもいいですか?」
「本当にガウル君は、セリアには甘いな……こちらとしても、宿を経営していると、この街から離れるのが難しいし、ディナに連れて行くのは難しいからな。セリアも一緒に連れていってもらえると助かるよ。でも、セリア。絶対にガウル君の迷惑にならないようにするんだ。わがままを言ったり、迷子にならないように。ガウル君の言うことをしっかり聞くと約束できるか?」
厳しい父の言葉に、私は何度も力強く頷いた。
「うん! 絶対に迷惑かけない。ガウルお兄ちゃんの言うことをちゃんと聞く!」
「……やれやれ。ガウル君、本当にいいのか?」
「ええ、もちろん。セリアさんが付いてきてくれるなら、それだけで本当に助かるんです」
ガウルはそう言って笑った。
その言葉を聞いて、私は内心でガッツポーズをした。
(やった! これでディナに行ける! 私のアイテムボックスを使えば、荷物を収納して運ぶのなんて一瞬だもんね。お引っ越しのお手伝いなんて、私にぴったりだわ)
それに、もう一つ目的がある。
(ディナに行くなら、ガウルお兄ちゃんの新しい防具を作って貰えるようにお願いしてこようかな?)
そんなことを考えていると、私のカバンの中からルクがひょっこりと顔を出した。
そのまま私の肩に飛び乗ると、父に向かって首をかしげ、じっと上目遣いをした。
(主のパパはかっこええな。これからお世話になるからな! わいの可愛い顔をたっぷり見せたるわ)
だが、ルクを見た瞬間の父の反応は、単に「可愛いものを見た」というだけのものではなかった。
「……ほう。これは、また珍しい色をしたリスだな」
父の目が一瞬、鋭く細められる。
その視線はルクの真珠のような毛並みを隅々まで観察しているようだった。
「真っ白、というよりは真珠のように輝いて見えるな。瞳の色も……セリア、その子をどこで?」
「えっと、森で見つけたの! ルクっていうんだよ。パパ、おうちで飼ってもいい?」
「……そうか。お前がそう言うなら、いいだろう。大切にするんだぞ。……ただのリスにしては、少々『神々しすぎる』気もするがね」
父はそれ以上何も追求せず、私の頭を優しく撫でた。
その表情は、ルクの正体について何か確信めいたものを抱いているようだった。
「次はママにも見せてくるね!」
私はルクを抱き上げると、リビングへと走った。
そこでは、母が帳簿を広げて一息ついているところだった。
「ママ! 見て見て、可愛いリスさんなの! ルクっていうんだよ」
私がルクを差し出すと、母は顔を上げて目を細めた。
「まあ、真珠のように綺麗な子。宝石みたいね」
母が感心したように見つめると、ルクが突如としてピンと背筋を伸ばした。
(……ちょっ、主! 主のママ、えらい美人でスタイル抜群やんけ! わいの好みにドンピシャやわ。わいが求めてた大人の女性や!)
頭の中に響き渡るルクの興奮した声に、私は思わずのけぞりそうになった。
「こっちにおいで」
母が優しく両手を差し出すと、ルクは待ってましたと言わんばかりに母の胸元へダイブした。
母がその柔らかな体で受け止め、包み込むように抱きかかえる。
「ふふ、とっても人懐っこいのね」
(これや! わいが求めてたんは、まさにこれやったんや! 柔らかいし、ええ匂いするし、最高のご褒美やな。主、わい今日からここで寝るわ!)
(……ルク、顔がニヤけてるよ! ママにそんな変な興奮の仕方しないで! あと、寝るのも私の部屋だからね!)
私が心の中で必死にツッコミを入れても、ルクは母の胸元でうっとりと目を閉じ、至福の表情を浮かべているのだった。
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