転生
「オギャア!」
という、自分のものとは思えないか細い産声が響き、温かい布に包まれた。
「オギャー、オギャー!」
勝手に涙が溢れ、必死に泣き続ける。
私はとにかく、泣くことしかできなかった。
「エリーナ、よく頑張った!ありがとう!なんて可愛らしい子なんだ!」
「ええ、バルト。この子が私たちの……!」
聞き慣れない声と匂いに包まれながら、私は必死に泣き続けていた。
どうやら、無事に転生できたみたい。
(パパとママかな?)
大きな手がそっと私を抱き上げ、バルトと呼ばれていた男性が優しく微笑みながら、私の顔を覗き込んだ。
金髪に緑瞳を持つ、美形の男性が、どうやらパパらしい。
その横には、茶髪でサファイアブルー瞳を持つ、おっとりした雰囲気を持つ美しい女性が私を見つめていた。
「ようこそ、君の名前は、セリアだ。どうか君の人生が、健やかで、愛と喜びに満ちたものでありますように。」
【セリア】と名付けられたその瞬間、脳内にクリアで落ち着いた大人の女性の声が響いた。
≪セリア様、はじめまして。これよりセリア様のナビゲーターとしてサポートさせていただく、ナビと申します≫
「......!!」
突然、頭の中で響いた声に驚き、反射的に泣き声がピタリと止まった。
「おや?セリア、どうした?急に泣き止んで。賢い子だねぇ」
父は娘が急に泣き止んだことは、特に気にしていないようで、ただ私を見つめて微笑んでいる。
私は頭の中で聞こえる声に混乱していた。
(な、ナビって誰?誰か、私の頭に話しかけているの?それとも幻聴……!?)
その声は、私の心の中の動揺を察知したかのように、すぐに返事をした。
≪セリア様、ご安心ください。私は貴方の幻聴ではありません。私は、あなたが神から授かった初心者安心パックの機能の一つです≫
(初心者安心パックの……?あ、そういえば転生前に選んだ!その機能の一つ?)
≪はい。私は、歴代転生者アンケート第8位「急に異世界にきても、何から始めればいいのか、何をしたらいいのか分からなかった」という声より実装されたナビゲーター機能になります≫
混乱していたが、それが初心者安心パックの機能だと分かると、少し落ち着いた。
(びっくりしたぁ……よろしくお願いします、ナビさん)
≪セリア様、こちらこそよろしくお願いします。ナビゲーターとしてセリア様を全力でサポートさせていただきます。しかし、今は体力回復が最優先です。セリア様、ゆっくりお休みください≫
ナビに言われるまでもなく、生まれたばかりの赤ん坊の体はすぐに限界を迎え、私は重力に逆らえず目を閉じた。
それから一か月間は、赤ちゃんらしく寝て、乳を飲み、また眠るという生活を送ることになった。
生後一か月が経つと、起きている時間が少しずつ長くなってきた。両親が宿の仕事で忙しい時を見計らい、私は頭の中のナビゲーターに呼びかける。
(ナビさん、聞こえますか?)
ナビはすぐに落ち着いた声で応答した。
≪はい、聞こえております。どうぞ、私のことはナビとお呼びください≫
(ありがとう、ナビ。ここは異世界だよね?日本語じゃないのに、不思議とパパとママの会話がわかるのは、なぜ?)
≪それは、初心者安心パックの1つ、歴代転生者アンケート第10位「異世界の言語が多すぎて、覚えるのが大変だった」との声より実装されました「言語理解」スキルになります≫
(わぁ。言葉の壁がないのは、とっても嬉しい!)
私は心の中で歓声を上げた。
これは本当にうれしい!
これで、いろんな人と交流できるし、どこにいっても最低限のコミュニケーションは取れるということだ。
(それで、ナビ、ここはテラリスのどこなの?町について、教えてくれる?)
≪ここは、世界テラリスに存在するロゼッタ王国です。この町は『ディートム』といい、王国の南側に位置する辺境の町になります。セリア様のご両親は、この町で宿屋を営んでいらっしゃいます≫
(辺境の宿の娘かぁ。ママとパパの会話から宿を経営しているのは、なんとなく分かってはいたけど、辺境に住んでたことまでは分からなかったな。賑やかな王都より、私には合っているかも!ナビは、この世界の常識とかも教えてくれるのかな?)
≪はい。魔法やテラリスの歴史など、お答えすることが出来ます。しかし、感情に関することは、正確な情報をお伝えすることが出来ません≫
(正確なということは、予想はできるということかな?)
≪はい。様々な情報から、予想はできますが、あくまで予想にすぎません≫
(わかったわ!その都度、必要だと思うことがあったら聞くから、よろしくね)
≪承知いたしました≫
調べたいことはナビに聞いたらいいって、かなり便利な機能ね!
(ところで、今何かしておいたほうがいいこととか、出来ることってある?)
≪セリア様は、まだ一人で動くことができません。しかし、動かずとも出来ることがあります。それは魔力操作です≫
(魔力操作?魔法を使うってこと?)
≪魔力操作は、自分の中の魔力を感じとり、魔力を自由に動かすことができるようにすることです。魔力操作が上手な魔法使いは、魔力を効率的に運用することができるようになります≫
(うーん、でも私って魔法使えるの?)
≪はい、セリア様には魔力があり、魔法を使用することができます。魔法の威力を上げる方法は、魔物討伐によるレベルアップと、魔力操作能力の向上の二つとなります。魔力操作は寝たままでもでき、また始めるのが早いほど習得時間が短いとされています。セリア様には、魔力を効率よく使用する魔力操作能力をあげることをお勧めします。これは寝た状態でも訓練が可能です≫
(すごい!私、魔法が使えるんだ!)
自分の小さな手をみつめ、手を握ったりひらいたり、自分が魔法を使用している姿を想像してみて、ドキドキしてきた。
≪魔法を使うには、セリア様はまだ小さすぎます。しかし、今から魔法を使うときの準備として出来ることが魔力操作です≫
(わかったわ!魔力操作頑張ってみる!じゃあ、早速!)
私は早速、ナビの指導の元、体内に満ちる温かい魔力に意識を集中させ、魔力操作の練習に励んだ。
――あれから五カ月が過ぎた。
魔力操作の訓練は、思っていたより遥かに困難だった。
起きている時間は、ひたすら魔力を感じとる練習をしていた。
(うーん。魔力が沢山で、全てを把握するのが難しいよ…)
≪セリア様、小さな魔力も全て感じとってください≫
体中を巡る魔力の全てを感じるだけでも、生後半年までは苦戦を強いられた。
しかも、体はまだ赤ん坊。少しでも集中が途切れると、強い眠気に襲われる。
「スヤァ…」
せっかく魔力の感覚を掴みかけても、途中で意識が遠のき、すぐに深い眠りに落ちてしまう日々が続いた。
両親がいないわずかな時間を見計らって訓練を再開する、その繰り返しだった。
そして、ようやく大きな進展があった。
(...これで全部よ!)
体中にある魔力の流れを完全に感じ取り、それを腹部の一か所へと集めることに成功したのだ。
魔力すべてが手に取るようにわかる、確かな感覚があった。
≪はい。体中の魔力を一か所に集める「魔力集中」を成功させました≫
(やっと出来たー!大変だったよー)
≪セリア様の魔力量は、この世界テラリスの成人魔導士の平均を遥かに上回っています。それほどの膨大な魔力を自覚的に、そして赤ん坊の体のまま生後半年で制御し、一か所に集めるというのは、通常数年かかってもおかしくありません。これは、まぎれもなく「異常なまでの才能」です≫
ナビに改めて才能を褒められ、私は小さく心の中でガッツポーズをした。
(い、異常って…目標があると、目標に向かって努力するのが得意だったんだよね。努力という才能かな?えへへ)
私は、心の中でナビに誓った。
(ナビ、私、頑張るね!自分の身は自分で守れるようにならないとね!)
≪ナビはセリア様を全力でサポートいたします。魔力集中が成功したため、明日からは魔力操作を行っていきます。集めた魔力を体の中で自由に動かせるように訓練を始めます≫
こうして、辺境の宿の娘、セリアの「無自覚チートによる平和な人生計画」が、生後半年を迎えて本格的に始まったのだった。




