初心者安心パック
お楽しみ頂けたら幸いです。
目を覚ますと、真っ白な空間にいた。
太陽があるわけでも、電灯があるわけでもないのに、辺りは明るく、終わりが見えず、空間の広さは計り知れない。
私は、その静寂の中に立っていた。
視線を感じ、後ろを振り向くと、輝く金色の瞳と、足元まで伸びる美しい黄金の髪を持った、とても美しい男性が立っていた。
どこか人間離れした美しさの男性は、全てを包み込むような微笑みでこちらを見ており、思わず手を合わせて祈りそうになった。
しかし、よく見ると彼は腰に大事な部分を隠す程度の白い布だけを巻いている。
その均整の取れた肉体美は芸術的ではあったが、【年齢=彼氏いない歴】の私にしてみたら、急に目のやり場に困って、視線を泳がせてしまった。
――ようこそ。これより、転生の儀を始めます
頭の中に、クリアな音声が響いた。
「え? 転生? 貴方、は……?」
私は混乱しながら、その声の主である男性に問いかけた。
――私は、貴方がこれから住む世界、テラリスの神です
「神様? 私がなぜここにいるのでしょうか? 神様がいるということは……私は、死んだのでしょうか?」
声の主は、静かに私の問いに答えた。
――はい。貴方は地球で命を落としました。しかし、貴方の魂は、その輝きを失うことなく、この世界であるテラリスに招かれました
「え……そんな……私、死んじゃったの……」
私は前世の記憶を辿る。
何で、死んでしまったのか。
たしか仕事の帰り道、夜道を歩いていたとき……。
思い出したのは、真っ白な綺麗な猫。
その姿が鮮明に蘇った。
片目はサファイアブルー、もう片目は金色のオッドアイを持つ猫。
あまりにも綺麗で気品がある姿に思わず見とれてしまった。
しかし、猫とすれ違った瞬間だった。
すごいスピードでこちらへ突っ込んでくるトラックのヘッドライトが見えた。
死を覚悟した瞬間、世界はスローモーションのようにゆっくり時間が流れた。
私は、足元近くにいた猫を持ち上げて、勢いよくトラックの進行方向外へと放り投げた。
投げ飛ばされた猫が驚いているような表情をしたのを見たのが最後で、大きな音と共に意識が途絶えた。
(ああ、私……あのトラックに轢かれたのね)
どうやら私は、あのトラックに轢かれてしまったらしい。
「神様、あの、あの猫はどうなったでしょうか?」
私が問うと、神が静かに足元を指さした。
すると、あのオッドアイの白い猫が、フワッと光を纏って現れた。
――彼は、私の使徒です。地球に、召喚に適した魂を偵察に行っておりました。使徒は、異世界で死んでしまうと魂ごと消滅してしまいます。危ういところを、貴方が身を挺して助けてくれたおかげで、魂が消滅せずに済みました。
まさか助けた猫が使徒だったなんて、私は驚きで目を見開いた。
猫は私の前まで来て立ち止まる。
「ありがとうございます。貴女の優しさと勇気に、心より感謝申し上げます」
猫は、私にお辞儀をした。
猫が話したことに驚いたが、神の使徒なのだから、それぐらい当たり前のことなのかもしれない。
「よ、よかったぁ。怪我してなくて。猫さんが無事なら本望です」
そういうと、使徒である猫は、私の足元にすりよってきた。
――今回は、こちらの不手際で貴方を事故に巻き込んでしまいました。
「不手際ですか?」
――この世界テラリスでは百数十年に一度行われる召喚の儀式によって、魔力適性を持つ地球人がテラリスに呼ばれます。今回は、その偵察中に、貴方を事故に巻き込んでしまいました。本来であれば、貴方はギリギリでトラックの衝突から回避できた運命でした。
「でも、巻き込まれてしまったのも運命といえます」
――それでは、これも運命でしょう。貴方には、魔力適性がありました。貴方には召喚ではない『転生』という形で、このテラリスで命を与えます。
「転生ということは、赤ちゃんからですか?」
――新しい肉体が必要なため、そうなります。本来なら、地球より召喚された者のみに直接スキルを与えていますが、貴方にも私からスキルを与えましょう。
「よいのですか?」
――テラリスは、魔法と剣の世界で魔物を統べる魔王もいます。地球とは違い、常に危険と隣り合わせともいえるでしょう。スキルを持たない場合、早くに命を落とすことも考えられます。
神は丁寧に事情を説明してくれたが、スケールが大きすぎて私にはまったく頭に入ってこなかった。
そして、話が頭に入らない理由がもう一つある。
ずっと気になっていたことを意を決して言ってみた。
「あの、神様! 転生やスキルのこと、本当に感謝いたします。ですが、その、洋服を着ていただくことはできませんか?」
私は、イケメンではあるもののほぼ裸である神の姿を直視できず、さきほどからチラチラと盗み見るような状況になっており、目を泳がせていた。
神は『ふむ』と呟くと、私の方をじっと見つめた。
その眼差しは、私の魂の奥底まで見透かされているようで、少し恥ずかしい。
そして、その姿が一瞬で、仕立ての良いスーツ姿へと変わった。
――地球の男性はこういう服を着るのでしょうか?
完璧にスーツを着こなす神の姿は、裸体以上に目が眩むほど美しく、私は思わず興奮した。
「ありがとうございます! とっても、素敵です! 目の保養になります!」
――気に入ってくれたようで良かったです
優しく微笑む神に、私は思わず心の中で呟いた。
(まじで神! こんなイケメン、異世界に行っても拝めないかもしれない!)
――はい、本当に神ですよ。疑っていたんですか?
「ひっ!!」
心の声に神からの返事があり、私の心の中の声が駄々漏れであることに気づき、顔が熱くなるのを感じた。
「す、すみません」
神は微笑むだけで、それ以上は咎めなかった。
そして、次の人生についての提案を始めた。
――貴方に与えられる選択肢は以下の四つです。どれか一つをお選びください
空間に、眩い光で書かれた四つの文字が浮かび上がった。
【勇者】剣術・体術・防御系スキルに優れており、魔王討伐に有効なスキルを持つ。
【賢者】全属性の魔法適性あり。魔力が多く、魔王討伐に有効な魔法を得ることが出来る。
【聖女】聖魔法に特化している。聖女にしか使用できない浄化のスキルを持つ。
【初心者安心パック】特定の称号がなく、自由に異世界を楽しめます。異世界知識ゼロでも、安全に暮らせるためのサポートパック。
「わぁ、すごい! あの本当に選んでもいいのですか? こう、神様が勝手にスキルを選んで与えてくれるのかと思っていました」
――そうですね。召喚の儀によって呼ばれる者には、そのときの状況に応じてスキルを与えることが多いですね。しかし、貴方はこちらの不手際で巻き込まれてしまったので、自由にお選びください
「ありがとうございます!」
私は空中に浮かぶ光る文字を見つめる。
(えーっと、勇者もあるのね! すごい! あ、でも魔王討伐……魔王と戦うなんて無理だよ。怖すぎる)
次に、万能の賢者に視線を移す。
(賢者も魅力的だけど、やっぱり魔王討伐に行かないといけないのね。勇者と同じパーティーメンバーとかになるのかな? そんなパーティー入りたくないな……)
そして、聖女。
(聖女が持つ、浄化のスキルはきっとすごく重要だよね。聖女ってことは、きっと人々の期待を一身に背負うってことだし、私にそんな大役重すぎるよ。聖女っていうぐらいだから、きっと人前にも立つよね。人の役に立つのは素晴らしいけど、ちょっと恥ずかしいな)
結局、私に残されたのは四つ目の選択肢だけだった。
(初心者安心パック? なんだか、これだけ他と違いすぎるのよね。特定の称号がないっていうのは、役割が決まってないということなのかな? 安全に暮らせるためのサポートって書いてるし。安心と安全って言葉が付いてるから、きっと田舎でのんびり暮らすとか、そういうことかな?)
その選択肢だけが、他の三つとは明らかに違ったのが気になった。
魔王は倒しに行かなくていいのだろうか?
できれば、静かに田舎とかで、ゆっくりと暮らしたい。
それに、剣と魔法の世界とは言え、命あってこそだから安全は大事。
「うーん、この初心者安心パックというのは、どんなものでしょうか?」
――これは、歴代転生者が異世界で必要だと感じたスキルなどを複数使えるようにしたものです。勇者や聖女といった称号はありませんが、地球からこられた方が「魔法と剣の世界」で生き抜く上で役に立つものばかりですよ。
歴代転生者が必要だと思ったスキルということは、便利なスキルがいくつか貰えるということかな。
私が選んで生存率が上がりそうなのは、やっぱり初心者らしく最後のやつかな。
「えっと、私は【初心者安心パック】にします」
私は意を決して、四つ目の光る文字を指差した。
――【初心者安心パック】ですね
「はい、お願いします!」
私は迷いなく答えた。
特別な能力は求めず、ただ平和な生活のためのスキルが入っているであろう【初心者安心パック】。
これでいつか、ゆっくり世界を見て回れたらいいなと、なんだか新しい人生が楽しみになっていた。
――では時間です。幸運を祈ります
「ありがとうございます」
白い空間は眩い金色の光に包まれた。
そして、私の意識は急激に収縮し、次の瞬間、冷たい空気と強い光を感じた。「オギャア!」という、自分のものとは思えないか細い産声が響き、暖かい布に包まれた。




