第12話『サッカー勝負‼︎』
8月、夏休みも終盤に差し掛かったある日の事。休み明けテスト前の勉強会が終わって帰る時の出来事。部活動に熱を入れる生徒達を横目に歩いていたら、いきなりサッカーボールをぶつけられたのが始まり。
「すみませーん、ボールこっちにくださーい‼︎」
サッカーコートに目を向けると、私に対して手を振る女の子が1人。その後ろに1人、女の子が立っている。
「はーい……」
サッカー経験のない私だけど、大暴投にならないようしっかり狙いを定めて投げ飛ばす。
「ありがとうございまーす‼︎」
運良くサッカー部員らしき女の子にボールが飛んでって、向こうは綺麗なボディキャッチで受け取ってニヤリと笑う。
「受け取った……‼︎ 私達魔法少女への挑戦状を……‼︎」
「魔法少女って、えぇ⁉︎ あのボールまさか、罠だった⁉︎」
何だかヤバそうな雰囲気だし、捕まる前に逃げよう‼︎
「……敵前逃亡を図る者には、イエローカードかな」
突然背後からボールをぶつけられる。その時ボールの勢いは凄まじくて、ぶつかった衝撃で私の身体がボールの進む力に持っていかれるほどだった。
「試合はもう始まっている‼︎ 私とPK勝負よ、魔法少女‼︎」
クールな見た目の人から“魔法少女”なんて言葉が出てくるとは。いやそれよりも、魔法少女バトルがPK勝負なんてアリなの⁉︎
「……って、よく見たら2人とも私からして先輩じゃん」
「アナタとは恐らく、ほぼ初対面ね。私達はコンビで活動してるサッカー魔法少女よ」
サッカー部員のキャプテンで、3年生の最上千歳先輩。よく休み時間になるとすぐクラスの話題に上がるほどの有名人。全国大会で相手からの点を防いだらしいスゴ腕プレイヤーだって、私はそんな感じに聞いてる。
「千歳ちゃん容赦しないね〜、まぁ可愛いから許すけど」
サッカー部員のエースストライカーで、3年生の一樹亜美先輩。1日のおおよそを千歳先輩の隣で過ごしてるとの噂が常に絶えない、言わばリア充に近い人。一部から“既に同棲してるかも”って言われてるくらいに、別行動をとってる様子を見た事がないってクラスの女子達が言ってたな。
「ルールは本数無制限、ゴールする度に10pt奪取、攻守共に魔法を使用するのはアリ。とても簡単でしょ?」
「簡単っちゃ簡単ですけど…… 私サッカーは授業でしか経験ないんですよね……」
「ならハンデとして、私だけ“目隠し”するわ。これで完全に運試しになるわね」
そう言いながら千歳先輩、本当にアイマスクで視界を遮りゴール前に立つ。前が見えてないはずなのに、何だか私の足元にあるボールに視線を向けてるように見えてしょうがない。
「さぁいつでもどうぞ? 私には遠慮なく」
さてどうしたものか。さっきも言ったけど私はサッカー経験なんて授業でやった程度。短過ぎる試合時間とサッカー部員による無双で、授業をしたというよりは、ただのサッカー部員達の自己満足でしかない虚しい時間を味わった程度。しかも毎回やったのが体育館だったから狭過ぎて狭過ぎて、ボールが飛んで来ないのを祈ってばかりだった記憶しかないのは私だけなのかな?
「魔法を使っていいと言われても、どれも使い物にならないなぁ……」
後ろから爆炎を上げる魔法、辺り一面を火の海にする魔法。これでどうサッカー部員のキャプテンから点を取れと?
たとえばアフターファイヤーを使ったとしよう。急接近しながらボールを蹴るってのはPK本来のルールを違反する事になるのでは。もし炎の発生場所を変えられるんだとしたら、かかとから爆炎を上げさせて加速力抜群の蹴りを繰り出せたものを。弾丸みたいに飛ぶボール相手なら、たとえば4本打ったとしても2本くらいならゴール出来るのでは?
……いや待てよ。よくよく考えたらさ、アレを発動するたびに身体が爆風に押し飛ばされてるから危険過ぎない?
だとしたら蹂躙の炎も考えたけど、まぁアレは論外だわ。さらに火力上げてどうすんのよ。
「必ず1本は蹴るのよ」
「わ、分かってますけど……‼︎ 心の準備が……‼︎」
落ち着け、落ち着くんだ。ボールをただ蹴るだけじゃないんだから、冷静にならなきゃ。
「よいしょっと……‼︎」
助走を付けて思いっきりボールを蹴り上げる。そのまま真っ正直にボールが前へ飛んで行くと思いきや、ちっともボールが動いた気配がなく私自身も蹴った感覚が残ってない。まるで何をやらせてもダメな男の子みたいにとてつもなくありえなくて情けない蹴りを披露してしまった恥ずかしさで、赤面しながらうずくまる。
「やっちゃった…… これ一生引きずるヤツだ……‼︎」
「さぁ、まだ続けて蹴るのかしら? それとも他で勝負でも挑む? アプローチ、インターセプト、リフティング。あなたは一体どれが一番自信があるのかしら?」
困ったなぁ、どれも経験がないから選べないよ。でもリフティングなら案外簡単そうだし、ボールを落とさなければ勝てるって事だよね?
「じゃあリフティングで‼︎」
お互い向かい合ってボールを蹴り上げて勝負を始める。ルールは落としたら50pt移動の魔法アリ。とにかく落とさないようボールの位置を常に追いかけながら喰らいついてく。
「頑張ってぇ、千歳ちゃん‼︎」
「……………………」
亜美先輩からの応援に返事せず、視線を送らず、黙々とボールを追いかける千歳先輩。一方の私はというと、多分とても情けないポーズでボールを追いかけて暴発させないよう必死になっている。
冷静にボールを蹴り上げる千歳先輩、素人感丸出しの見てて面白い私。実力差なんてたかが知れてるかもしれないけど、それでも私は最後まで諦めたくなかった。
「うわわっ⁉︎」
けど慣れない事は、あんまりするものじゃなかった。普段しない片足立ちに限界が来てしまい、姿勢を崩して尻餅をつく。一方で千歳先輩は私を見向きせず黙々とリフティングを続ける。
「勝負あったわね。これ以上ポイントが惜しいのなら退散しなさい、もしまだ続けるのなら私は止めないけど」
私のポイントがとうとう100ptにまで落ち込んでしまう。もともと軽い気持ちで始めた魔法少女だったから、課せられたノルマの625ptには執着していない。それでも0ptだけにはなりたくないし、もしそうなった時の事を想像もしたくない。
「あれー、七海ちゃんだー。こんなところで何してるの?」
「あっ、あなたは…… 柏葉あこ‼︎」
大福を口にしながら、あこちゃんが魔法少女姿で私の前に現れる。そんな彼女を目の当たりにした千歳先輩と亜美先輩、あんまり仲が良いとは言えない表情であこちゃんを睨み付けている。
「あこ…… あんた何しに来たワケ?」
「別にー? たまたま、通りかかっただけだよー?」
「それにしては随分とタイミングが良過ぎじゃないかしら。私の予想だと、あんた随分前からここに来てたとか?」
「あちゃー、バレてたかぁ……」
「千歳ちゃん、あんなヤツと話すのは時間の無駄よ。魔法少女として現れた以上、さっさとポイントだけ奪って願いを叶えた方が良いって」
「出来れば私もそうしたいんだけど…… 彼女ほら、あれでも元サッカー部員だったし……」
「そうだった、試合に出てないからすっかり忘れてたわ。今思えば完璧“幽霊部員”って感じだし、練習もサボり気味だったし…… いや、練習をサボってたのはあこだけじゃなく“みんな”だったかしら?」
「うーわ、まだそんな事言ってるんだね。そんなんだから嫌われるのになー。気付かないもんなんだねー、生粋のガチ勢って」
「何よ。試合ならまだしも練習にすらロクに顔を出さなかった、自堕落なあんたに言われる筋合いは無いわ」
「ほらぁそういう態度、2人は慣れてるかもだけどさ…… 周りはこういう時、なんて言うかなー…… パワハラ?」
「パワハラ、ねぇ……」
「やっぱりあれはパワハラだね、うん。そのパワハラを毎日浴びてたら、いくらサッカーが好きでも2人から離れたい気持ちでいっぱいになって辞めたくなるよね」
「ちょっと今のは聞き捨てならないわ。私はサッカー部の部長として、少しでもサッカー部に入った生徒達をよりよくしようとしただけ。大会に参加する以上は優勝を目指すのも、モチベ向上と達成感に繋がるってものでしょ?」
「それで、肝心の大会結果はどうだったけか? というか、そもそも試合出来たのかな? あんなチームワークでねぇ?」
「……………………」
「い、1回だけ試合したわ。1回だけだから結果は敗退。千歳ちゃん、すごく怒ってたからハッキリ覚えてる」
「亜美ッ‼︎ 余計な事言わなくていいからッ‼︎」
「あー、そうやって周りにキレ散らかしてたのかー。これはもうパワハラのプロだねー」
「ちょっとあこ‼︎ そうやってまた私達にタテついて、あれから何も学んでないわけ⁉︎」
「学んでるよ。だからあこはサッカー部を辞めたんだよ?」
「そっ、そうだよね……」
「それにしても亜美先輩はスゴイねー。こんな女をパートナーとして接する鋼のメンタル、羨ましいなー。どうやったらそんな関係になれたのかなー?」
「そんなの、愛があれば乗り越えられるわよ」
「あぁうん。まぁそうなんだけど。あこがサッカー部員だった頃の話になるんだけど亜美先輩、時々だけど顔色悪いのにサッカーの練習してたからさー。今でもその関係が続いてる事に驚きを隠せなくてねー」
「良いでしょ別に。アンタには関係ないんだから」
「そうよ、よく言ったわ亜美」
「……あぁえっとー、これはちょっとマズイかな。あんまりこの2人と会話してたら、コッチまで毒されそうな気がしてならないなー」
「失礼ね。私と亜美の関係に口出ししておいて、いざ都合が悪くなったら尻尾巻いて逃げる。あなたの方が随分と悪い女よ」
「うーわ、同類呼ばわりされちゃったか。これは完全にあこの失態かなー、深入りと煽りを繰り返したあこのせいだね、うん」
ため息をつきながら私が使ってたボールを足で取り、右足を慣れた動きで足の甲に乗せる。
「やろっか、PK1本勝負で魔法少女バトルを」
「のぞむところよ」
千歳先輩が攻撃、あこちゃんが守備に立つ。一方で亜美先輩と私は離れた場所で隣り合うから向こうもコッチも、バチバチといがみ合う空気が流れ続ける。
「さぁー、思いっきり蹴ってみなさーい‼︎」
「不真面目な人に負けるわけ…… ないッ‼︎」
千歳先輩のかなり本気度マシマシシュートが迫る。向きは右上、しかもジャンプしないと届かないギリギリを攻めていく。
「うん、ばっちり見えた‼︎」
あこちゃんは魔法を使ってボールを狙う。
「きなこ餅‼︎」
あこちゃんが魔法で生み出したのは、私達が普段から食べるようなサイズの10倍も100倍も大きくて柔らかそうな餅。それを両手で操ってボールを絡め取っていき、最後にあこちゃんの手に渡った。
「ふぅー、危なかったー」
「……その割には、随分と余裕そうですけど?」
「あー、それもバレてたんだね」
「さっさとどいて下さい。あんたのボールは絶対に通しませんから」
「あっそ」
最後はあこちゃんが攻撃する。さっきの魔法みたいに食べ物の力を借りるんだとしたら、千歳先輩みたいな実力のある人から点を奪うには果たしてどんな食べ物の力を借りたらいいんだろう?
「んじゃ、蹴るよー」
あこちゃんがボールを蹴ると、そのまま一直線に千歳先輩の前を突っ切ろうとする。千歳先輩も直進するボールから目を離さず睨み続ける。あこちゃんは勝ちを確信せず、神妙な顔つきでボールを見つめる。
「左……ッ‼︎」
ボールが少しずつ左へカーブしていく。それを見極めた千歳先輩がすかさずボールの前に飛びかかって手を伸ばす。
「やった‼︎ これで引き分け‼︎」
「取れる……‼︎」
千歳先輩の伸ばした両手がボールに触れてしまう。そして直後にボールが千歳先輩の手に渡る。
なのに何故か、同時にゴールネットが不自然に揺れたのを私と亜美先輩とあこちゃんが見た。
「取った…… なんとか取れた……」
後ろを見ていない千歳先輩がボールを手に取り、あこちゃんに目を向ける。しかも勝ち誇った顔で。
「さぁ、2巡目に……」
「千歳ちゃん、後ろ見てッ‼︎」
「後ろ……?」
そこにあったのは、まるで石製のコインような物体が千歳先輩の背後にひっそりと落ちていた。
「な、何よコレ…… 私は確かにボールを取ったはず…… いや待って、このボールよく見ると、形が楕円形になってる⁉︎ それになんか手がベタつくし、何なのよこのボールは⁉︎」
「そのボール食べられるよ。あこの魔法で、お菓子で擬態させたサッカーボールだもの。でもまぁそれを地面に置いたり靴で蹴ったりしたからバッチィかもね」
「つまりあんた、食べ物で遊んだってワケね……‼︎ あぁ気持ち悪い、なんて最低な女なのよ……‼︎」
「そ、そうよ。千歳ちゃんの言う通り‼︎ お菓子を指にはめて遊ぶならまだしも、食べ物を粗末に扱うなんて…… いい年した菓子店の娘のクセに生意気よッ‼︎」
「黙れッ‼︎」
突然あこちゃんから怒りの込められた声で、周りが静まり返る。
「テメェらみたいな女子が一番食べ物を粗末にしてんだろうがッ‼︎ SNSで周りから“いいね”を貰いたいってだけで無駄金はたいて派手な食べ物を何分もかけて写真で撮りやがって‼︎ こっち側の人間はねぇ、アイデアをいくつも考えてはボツにするのを繰り返した挙句、最終的に何週間もかけて作り出した自信作を客に提供してんの‼︎ それをたった1人のインフルエンサーが薦めてたから? 周りが撮ってるから私も撮りたい? 撮らなきゃ“いいね”が貰えない? 一体食べ物を何だと思ってんの、アンタらはさぁ⁉︎ 食べ物はなぁ、“食事の時間を楽しむ為”にあるわけで“映えの瞬間を楽しむ為”にあるんじゃねェんだよ‼︎ ろくに食えないクセに注文なんかすんじゃねぇよ、クソが‼︎ 場合によっちゃ1ヶ月もかけて作った食べ物を、たかが2分や3分しか持たない麻薬みたいな快感の着火剤みたいに扱いやがって…… テメェらみたいな無作法なバカ共が店を出る時、中途半端な皿を見向きもせず帰るよなぁ⁉︎ それでよく後輩から尊敬される人間やっていけるね‼︎ あこはねぇ、この人生でどうしても“食べ物を粗末にする奴”を許さないタチなんだよねぇ…… まぁそんな私怨めいた感情が強過ぎて、あこの魔法に影響しちゃったワケなんだけどもさ…… とりあえず、スマホ出して?」
千歳先輩が慌ててカバンの所へ駆け寄ってスマホを取り出し、あこちゃんに差し出す。
「……………………」
するとあこちゃんは、スマホを地面に落とすと同時に足蹴で粉砕していく。千歳先輩が悲鳴をあげながら止めようとするのを振り払い、今度は魔法で作った塩水を大量に浴びせる。亜美先輩も止めに行くけどあこちゃんはまたしても振り払い、最後に泣きながら寝転ぶ千歳先輩の腹を力任せに踏み付ける。その反動で胃液が逆流して口周りが汚くなっていく。それでも踏み付けはしばらく止まらなかった。
「……ッ‼︎」
亜美先輩が目を逸らして数分後、ようやくあこちゃんの足が蹴るのをやめた。最後に千歳先輩の、すっかり胃液まみれになって汚れた制服を掴んで囁くように小言を並べる。
「“いただきます”と“ごちそうさま”くらい、キチンとしろってんだ」
乱暴に千歳先輩を投げ捨て、不機嫌な顔を浮かべたままベッコウ飴にかじりつくあこちゃんを私と亜美先輩は、ただ見送る事しか出来なかった。




