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第12話 季節は巡る

「しかし、旦那たちは剛毅だなあ。

 あのジジイがくたばったら残りは支払ってもらえねえってのに」

「いいんだ。あんな重いものを担いで歩きまわりたくはない。

 それにアレがヤバイものならなおさらだ」


 私たちが背嚢に入った原石を全部売ろうとしたところ、バルドスの店にあるお金では一部しか払えないということだった。

 バルドスの鑑定によるとあの原石はオーシャンサファイヤと呼ばれるすでに採掘され尽くしたとされる超稀少な宝石の原石らしく、装飾品として加工されたあとの末端価格は城が建つレベルのものだという。

 とはいえ、そんな貴重品を持っていることを知られれば否が応でも目立ってしまう。

 最悪、私の正体がバレる可能性も捨てきれないということで、支払いをツケにして全ての石をバルドスに押し付けたのだ。


 エイードが受け取った分け前の換金額だけでも金貨200枚ほどの価値がある。

 彼の稼ぎ10年分くらいになるらしい。

 気を良くした彼はこの町で一番旨いとされる料理屋に私たちを招待した。

 高級店というにはややみすぼらしいが、街に詳しい彼が言うだけあって出てくる料理はどれも絶品物で王宮の晩餐会で出された豪奢な料理にも決して劣るものではなかった。


「すごい美味しい! このお肉!

 ねえ、妻よ!」

「…………」


 私はシオンの言葉を無視して口の中に広がる重厚な肉の旨味とピリッと舌を刺激する味付けに意識を集中する。

 エイードは私をじっと見て、ほぅ、とため息をつく。


「マスクをつけていても美しいと思っていたが……外されるとなおのことお美しい……

 どんな宝石もあなたに比べれば路傍の石に過ぎない」

「……あまりジロジロ見ないでくださいまし」


 食事を摂るためにマスクを外している。

 肌の色も変え、化粧もしているのだから面識のないエイードが私を聖剣の勇者と結びつけることはないと思うが、うつむいてなるべく顔を見られないようにする。


「エイード。このお肉どうやって味をつけているんだ?

 俺も塩をかけたりしているけど、こんな風にはならない」

「さすがお目が高い!

 ここの料理は香辛料を使っているんだ。

 店主の妹が貿易商のお妾さんらしくて、商品をこっそり流してくれているそうで。

 だから場末の宿屋と変わらない値段で絶品の料理を味わえる」

「エイード、お前は本当に紹介屋をやるべきだよ。

 悪徳商人に搾り取られるんじゃなく、一人の商売人として」


 シオンがそう言うとエイードはさみしげに苦笑する。


「旦那に買ってもらえるのはありがたいがね、若い頃に一度商売でやらかしているんだ。

 当時の俺は若くて野心に燃えていた。

 商人の競争に情けは無用と言わんばかりに法律スレスレのことをしまくって店をデカくした」

「法律は守らないとダメだよ。

 じゃないと、閃光烈華猛襲撃なんだから」

「旦那様、話を遮ってはいけませんよ」


 余計なことを言うな、と私はテーブルの下でシオンの太ももをつねった。


「ま、悪いことはするもんじゃねえな。

 調子こいて他の街にもちょっかいかけちまったら、そこを牛耳ってたキレ者の商人がブチ切れて俺を徹底的に潰すためにこの街もろとも経済制裁よ。

 おかげで俺は信用も財産も一気に失い、今の暮らしに至るってワケだ。

 だからこの街で俺にまともな機会なんて与えられるわけがない。

 今世話になっている連中を裏切っちまえば、今度こそ頭と体がお別れする羽目になっちまう」

「もう裏切っているだろう」

「だな。だから早々にこの街を出る。

 おかげさんで旅の資金は十分だ。

 残った金を元手に遠く離れたどっかの街でまた商売を始めるさ」


 知り合った人間が晒し首にされるのは夢見が悪い。

 生き延びてくれるのならば何よりだ。


「エイード。私たちはこの街に本や農業を始めるのに必要な物を買いに来たんだ。

 井戸の掘り方とか農作物の育て方のような実用書を売っている店とか、農具や種を置いている店とか」

「ああ、任せときな。

 この街で俺が蓄えた情報は全部旦那に差し上げよう。

 本はたしかに値が張るが、なあに。

 バルドスのジジイのツケにして店ごと買い取ってやりゃあ良い!」


 エイードは豪快に笑いながらエールを喉に流し込んだ。



 その後、予定していた買い物を済ませ荷車にそれを載せきって街の外に出る頃には辺りは真っ暗になっていた。


「野盗のたぐいはいなさそうだ」


 私は周囲の警戒を解き、荷車に腰掛けた。


「さあて、じゃあ帰るとしようか。

 大荷物になってしまったけど頑張るよ」


 シオンはマントを脱ぎ、翼を大きく広げた。


「すまんな。行き帰りは完全にお前に頼りきりだ」

「いいよ。俺一人じゃ石を売ることすらままならなかったし。

 エイードも貧乏暮らしから脱出できるみたいだし、良いことができて気分がいい。

 だからこのくらい軽いものさ」


 良いこと……か。

 お前の機転がなければエイードはせいぜい銀貨一枚をあてがわれて安酒を一杯飲んで今日を終えたことだろう。

 それにしても、良いこと……なあ。

 人類を滅ぼそうとしていた魔王の息子のセリフとは思えない。

 もし、私の旅の途中で今日のように罠にはめようとしてくる商人が現れようなものなら仲間たちは袋たたきにして木に吊るしていたことだろう。

 生真面目なレオンハルトやリュウシンなんかはその場で処刑していたかもしれない。

 お人好しのルミナスならば慈悲を与えるかもしれないが。


「行くよ! しっかり捕まっていて!」


 シオンは荷車ごと私を持ち上げて宙に浮いた。

 荷物がこぼれ落ちないよう幌の端を抑える。

 そして、夜空を掛ける聖者のソリのように私たちは遥か海の彼方を目指して飛んでいった。




 ハーメルンへの買い出しに出向いた日からおよそ半年が経った。

 照りつけるような日差しが和らぎ、木の葉の色も秋の訪れを示している。

 この半年で島の暮らしは大きく変わった。


 家のそばに作った井戸からは冷たい真水が昼夜を問わず汲み出される。

 地下水に到達するだけの穴を掘るのが重労働と本にはあったが、シオンの魔法で一気に掘り進めば一瞬だった。


 森を抜けた平地に作った炭焼き窯は大量の燃料を生み出す以外に土器やレンガを作ったりもできる。

 おかげで食器という文化をこの島に取り入れることが出来た。

 さらにその窯の近くに1ヘクタールほどの畑を作り、そこからは新鮮な野菜が取れるようになった。

 また、あの料理屋で食した香辛料と似たような味を持つ植物を島の中で発見し、料理事情も劇的に変化した。

 野牛を飼育できるようになったのも大きい。

 農業について書かれた書物には畑の耕し方以外にも家畜の育て方についても書かれていたのだ。

 肉を食べる以外に使えなかった牛からミルクを採取できるようになったし、農作業の手伝いにも使える。


「アオーーーンッ!」


 この声は、ナハトか。

 小さかったクライネ、ナハト、ムジークも私の太ももあたりまで背が伸び、自ら狩りをできるようになった。

 山にいた猪を兄弟3匹で協力しながら畑まで持ち帰ってきた。


「よくやった、クライネ、ナハト、ムジーク」


 私は彼らに肉を切り分けて与え、その頭を撫でてやった。


「お前も負けていられないな、『ぱいぱいでるみ』」


 そういって私は『ぱいぱいでるみ』と名付けた牛の背を撫でた。

 たっぷりと乳を出すことを願ってつけた名前だが、何故かシオンは苦笑していた。



 動物たちに囲まれながら島を流れる風を受けていると、ふと自分の今の暮らしの穏やかさを痛感し、不安になる時がある。

 この生活はずっと続くのだろうか、と。


 シオンは相変わらずいつも楽しそうにしている。

 彼は優しい、そのことは認める。

 私が不自由なく楽しく暮らせるよう次から次へいろんなことを提案してくるし、私の望みにも応えてくれる。

 今も川の近くを開墾して水田を作ろうと目論んでいる。


 彼にとって私は寂しさを埋めることのできる数少ない存在だ。

 魔族から追われ、人間の世界に溶け込むことも出来ない、天使と魔族の血を継ぐこの世界でひとりぼっちの種族。

 同じく世界から疎まれた元勇者の私だけが、彼と同じような境遇で、近い力を持つ存在。

 お互いに代わりの利かない私たち。


 ……だけど時が経てばどうなるだろうか。

 私は年月を重ねてやがて老いさらばえる。

 でも彼は……


「ジークさん! 田んぼに川の水を引き込むのに成功したよ!」


 シオンが泥で顔を汚して、私のもとに駆け寄ってきた。

 子犬のようなその表情に鬱屈とした胸のつかえが霧散していく。


「泥水で顔を洗ってきたのか」


 鼻で笑い、彼の顔の泥を手ぬぐいで拭ってやる。


「水を流し込んだ瞬間、思ったより泥がはねて」

「注意力が足りんのだ。バカめ」


 バカと呼ばれても嬉しそうに笑うシオン。

 私の手を引いて、自分が作った田んぼに連れて行く。

 空は天高く晴れ渡り、心地よい風が流れていた。

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