第13話 親子
その夜、私たちは畑で取れた作物で作ったサラダと猪肉のスープを食べていた。
「田んぼが出来上がればパンとかも作れるんだよなあ。
牛の乳を腐らせるとチーズができるって聞いたし」
「ああ、まずはキチンと調べてから実行に移そうな。
ただ腐っただけの乳は毒に過ぎない」
四六時中ニコニコと笑うシオンの顔を見ているせいか、最近自分の表情も和らいできたのではないかと思う。
そのことはきっと良いことなのだろう。
昔の仲間達も「ジークは笑ったほうが可愛い」とか……
いや、別に可愛く思われたいとかそういうのではないが。
「ジークさん、ジークさん。
こないだ買ってきたお酒飲んでみようよ」
「あ、ああ。そうだな」
若干取り乱しながら、私は首を縦に振る。
「どうせだから、景色が良いところで飲みたいよねえ。
そうだ!」
シオンは酒瓶とグラスを掴み、私を抱えて空高く飛び上がった。
ゆったりと滑空し、たどり着いたのは島で一番高い山の山頂だ。
今宵は満月。
月明かりが島や水面を優しく照らしている
「きれいだ……」
「ジークさんのほうがもっと綺麗だよ」
「また、街でしょうもないことを覚えてきて」
シオンの脇腹を軽く小突いた。
目の前に広がる景色と久しぶりに口にする酒精の香りに気持ちが緩み、前から聞きたかったことを口にする。
「なあ、お前はどうやってこの島の存在を知ったんだ」
「ん? それはぴゅーーーっと空を飛んでいるとたまたま目に入って」
「嘘をつけ。この広い海で場当たり的に見つけたにしてはこの島は良く出来すぎている。
獲物の多い山や豊富な水源。
採掘され尽くしたはずの希少な宝石の原石まで……
大きさにしても広すぎず狭すぎないし、気候も穏やかだ」
私がジトー、っとシオンを見上げながら問い詰めると、「降参」と言わんばかりに酒をあおった。
「あんまり話したいことじゃないし、聞かせるつもりはなかったんだけど……
俺、ジークさんには嘘つかないって決めているから」
「なんだ? 先住民を皆殺しにして島をぶんどったか?
それとも魔族の配下を総動員して島に宝石を埋めたり、獣を放ったりしたか?」
ちょっと気分が上がっているのかスラスラと冗談が思いつく。
「この酔っ払いめ……
そんな迷惑なことも姑息なこともしていないよ。
この島は正真正銘無人島で俺が知っている限り、他にもう一人しか足を踏み入れていないはずだ」
「一人?」
私が尋ねるとシオンは目を細めて、
「親父だよ。魔王バアル」
久方ぶりに聞いたその名前に驚き、というよりも違和感を覚えた。
魔王城から殆ど出たことがなくて、父親と反りが合わないシオンが人間界寄りのこんな島に一緒に降り立った?
「10年くらい前のことだな。
今日とは全く違う新月の夜のことだ。
子どもだった俺を連れてこの島にやってきた。
『この島の位置を覚えておけ』と言われた。
そして、あの親父が自ら魔法を使ってあの家を作ったんだ。
俺も手伝ったよ。
だけど全然親父のほうが上手くて早くて悔しかった。
3日かけてようやくあの家が完成したと同時に魔王城に飛んで戻った。
『ここにいられなくなったのなら、あの島に行け』と言って、俺を取り残して玉座の間に戻った。
今となってはあの親父が俺に何かを教えてくれたのって、この時だけなんだよな。
勉強も魔法も家庭教師や独学で全部身につけたし」
居心地の悪そうな顔で酒をさらにコップに注ぐシオン。
「黙っていたのはさ、住んでいる家が魔王の建てたものなんてジークさん嫌がると思ったから。
それだけさ」
たしかに意外なことに驚いてはいるが納得はいった。
魔王城にいられなくなったのなら……か。
10年前と言えば私が聖剣に選ばれ、両親と別れた頃のことだ……
「ちゃんと親子らしい思い出を持っているじゃあないか」
私はシオンの背中をバンバンと叩く。
「だから話したくなかったんだよ」
「私がお前の父親を殺したことを気に病むかもしれないと思ってか?」
私の言葉にシオンは頬を掻く。
「見くびるな。何があろうと魔王は私の敵だった。
数え切れないほど沢山の人があの男に殺された。
私はあの男に情けをかけることはない」
包み隠さない本音だ。
仲間を殺し、私自身も何度も殺されかかった。
あの男を殺さなければ今も世界中で人が殺され続けていただろう。
だけど……
「だけど……あの男がどういう者だったのか、私もよく分からん」
芝生に寝転がって空を眺めた。
「私があの男を切り裂いて事切れる瞬間、『見事だ』なんて言われてしまった。
その時の奴の顔を見たのは私だけだったろうが、満足そうな顔をしていたんだ」
屈託のないシオンの笑顔とは真逆の引きつった下手な笑顔。
その時は好敵手に敬意を払う魔族的な習性だと思ったけれど……
「魔王バアルは自分が殺されることを予期していた。
だから、息子であるお前にこの平和な島のことを教えたんじゃないか?
落ち延びて生きられるように」
「10年も前に? そんな心配性なタマじゃ――」
「私が聖剣を握った時期だ」
私の言葉を聞いてシオンは口をつぐんだ。
この推測に根拠なんてない。
だが、あの恐ろしき魔王バアルが息子であるシオンのために一緒に家を作ったなんて牧歌的なエピソードがあってもいいじゃないかと思う。
親子なんだから……少しくらいは、な。
「お前と暮らしていると思うよ。
人間だって魔族だって殺し合わずに生きていくことができるんだ。
そのことをみんなが知ったなら世の中少しはマシになるかもしれないなって」
そう言いながら彼の背中の翼をつまむ。
サラサラと肌触りが良く、フワフワ暖かくて撫でる指が止まらない。
「やっぱり、ジークさん酔っ払ってるよ」
「そうかもな。だからどうした?」
私は空いている方の手で酒瓶を奪ってそのまま口をつけて飲む。
甘い香りとともに流し込まれる酒に舌が悦ぶ。
ふわふわした気分になって目に映る星空も、頬を撫でる風の柔らかさも、遠く聴こえる海鳴りの音も、そのすべてが心地良い。
こんなに幸せな気持ちになるのはいつ以来だろうと思いながら、私は眠りに落ちた。
ベッドの上で痛む頭を抱えながら昨日のことを猛省していた。
いっそ記憶がなくなるくらい酔っ払っていたなら良かったものを途中までは鮮明に覚えている。
普段の自分なら恥ずかしくて思いつきもしないような言葉を口に出し、シオンの羽を弄んで、挙げ句寝落ちしてベッドに運び込まれているなんて……
いったい、どこまでアイツに気を許しているんだ……
自分で自分が怖くなる。
信頼していたはずの仲間たちに裏切られ続け、挙げ句両親にも売り渡された経験があるのにまるっきり反省していない自分に。
「ジークさんも朝風呂どう?
スッキリして気持ちいいよ」
なんて濡れた髪を拭きながら爽やかに微笑むシオンの忌々しいこと。
一緒に暮らしていても相手の気持ちなんて分からないものだ。
逃げるように入った風呂から上がった後、食卓には貝の入ったスープが用意されていた。
「昨日はすまなかった」
「ううん。黙っていたことを話せてスッキリしたし、ジークさんは可愛かったし良いことづくしだったよ」
「忘れろ……」
塩味の聞いたスープが胸にしみる。
「言っておくけど、親父のことで誰かを怨む気持ちはないよ。
ちょっと親子らしい思い出があったかもしれないけど、ずっと対立していたし。
仮にアイツが親子の情みたいなものを持っていたとしても、そんなのちっとも嬉しくない。
やっぱり俺はアイツが嫌いだ」
淡々と語るシオンの言葉を聞いて、私も自分の親のことを思い出した。
あれからどうしているのだろうか。
表向き私は死んだことになっている。
たまに訪れる街でも私を懸賞首とする人相書きは全て撤去されている。
私が死んだことを、彼らはどう思っているのだろうか。
「明日、島の外に行こうか。
畑のものも収穫しきったし、ちょっと長居しても大丈夫。
クライネたちも腹が減ったら勝手に食べるだろうからね」
ズズッ、とスープを飲み干してシオンは席を立つ。
「何をしに行くんだ?
買い出しに不足はないだろう」
「うーん……何をしに、って言われると困るんだけど。
でも、ジークさんを連れて行ってあげないといけない気がして」
「どこに?」
シオンは頭をかきながら、
「ジークさんの故郷」
と言った。
その2日後、私は故郷の村にたどり着いた。
私はいつも着ている南国風の衣装に加え、髪の色も黒く染め、できる限り私の姿を隠しきった。
だが、何の変哲もない田舎村に遠方からの来客があることは珍しく、村にはいるとすぐさま私たちは声をかけられた。
「アンタらどこの人だい?」
尋ねてきたのは村長の元で働いている中年の男だ。
用心深く口やかましい性格で子どもの頃から少し苦手だった。
「南方の商業都市から。
新しい商いを考えていて、このあたりの特産物などを調べられればと」
シオンはあらかじめ決めておいた設定どおりに喋る。
「はあ、こんな村にわざわざ商売熱心なことで。
悪いがよそ様を喜ばせることができるようなものこの村にはねえ。
さっさと帰れ。
偏屈で臆病な田舎者が寄せ集まっているだけのくだらねえ村だ」
自嘲気味に彼は言った。
「帰るにしても既に日暮れ前だ。
どこか宿はないのかい?」
「宿ねえ……そこの道を真っすぐ行って、右に折れた所に飯と寝床を用意してくれるところがあるが……」
男は口ごもる。
指しているのは私の実家だ。
「俺だけならともかく、妻を馬小屋に寝かせる訳にはいかない。
見ての通りデリケートでね」
シオンは私を一瞥する。
男は鼻を鳴らした。
「お人好しだから、頼めば泊めてくれるとは思うが……
あまり面倒を掛けてやるなよ。
何せ――」
男の発した言葉に私は脚が棒のようになって、その場に立ち尽くした。




