第23話 ランスロット視点 告白
ランスロット視点 ― 告白の決意
その日、稽古を終えたばかりの私の耳に、妙な噂が飛び込んできた
。剣を片づけ、汗を拭いていると、廊下の隅で囁く声が耳に入ったのだ。
「ねえ、聞いた? マルセイユ公爵家のランスロット様、お見合いの話が進んでいるらしいわよ」
「え、本当? でも聞いたのよ、アヴィニヨン伯爵令嬢が必死で邪魔してるって」
その瞬間、胸の奥に冷たい刃が突き立ったような感覚が走った。
……カンヌが? 邪魔をしている?
信じられなかった。
いや、信じられるはずがない。
彼女がそんなことをする人間でないことは、誰よりも私が知っている。
だが、噂はあまりにも自然に、そして悪意をもって囁かれていた。
誰が流したのかは分からない。
だが、これが意図的なものだと直感した。
私は拳を強く握った。
汗ばんだ手のひらに爪が食い込む。
胸に湧き上がるのは怒りだ。
カンヌを傷つけ、彼女の名誉を貶めるこの噂を放置するわけにはいかない。
けれど同時に、心の奥に別の感情が顔を出す。
――もし、彼女が噂に傷つき、私との距離を置こうとしたら。
考えただけで息が詰まりそうになった。
彼女は、ただでさえ身分の差を気にしている。
そんなときに、このような悪意の噂が広がれば……彼女は自ら身を引こうとするかもしれない。
「……そんなこと、絶対にさせない」
誰に聞かせるでもなく、私は小さく呟いた。
剣の鍛錬で鍛え上げた心臓が、今は別の理由で高鳴っている。
守りたい。
彼女を、私の隣にいてくれる彼女を、誰の言葉にも惑わされず、守り抜きたい。
だからこそ、私は決めた。
曖昧なままではいけない。
彼女を守るには、ただそばにいるだけでは足りない。
はっきりと想いを伝えなければならない。
……告白するのだ、彼女に。
***
夜、屋敷の自室に戻った私は机に向かっていた。
だが、本を開いても文字は目に入らない。考えるのは彼女のことばかりだ。
街で一緒に笑ったときのこと。カフェで並んでタルトを分け合ったときのこと。
彼女の瞳がきらめいて、私の胸が温かく満たされたこと。
すべてが蘇るたびに、どうして今まで想いを伝えなかったのかと、自分に苛立ちすら覚えた。
「……僕は、彼女が好きなんだ」
口に出してみると、胸が熱くなった。
もう後戻りはできない。
噂がどうあれ、身分がどうあれ、彼女に想いを告げたい。
この気持ちを偽ることはできない。
けれど、その一方で不安もよぎる。
もし彼女が断ったら?
もし、噂を真に受けて私を遠ざけたら?
考えるだけで胸が締め付けられる。
だが、それでも言わなければならない。
想いを押し殺して後悔するより、たとえ拒絶されても真実を伝えたい。
***
翌日、私は意を決してカンヌを呼び出すことにした。
場所は、二人でよく訪れるあの小さなカフェ。
彼女が本を作る打ち合わせで何度も通った、思い出深い場所だ。
「ランス様、今日はどうされたのですか?」
現れた彼女の笑顔を見た瞬間、胸の奥の不安が一気に吹き飛んだ。
やはり、私はこの人を守りたい。
誰が何を言おうと、この人を大切にしたい。
「カンヌ嬢……いや、カンヌ」
思わず、彼女の名を呼び捨てにしてしまった。
彼女の瞳が驚きに揺れる。
その視線を受けながら、私は真っ直ぐに言葉を紡いだ。
「君に伝えたいことがある。噂がどうあれ、誰が何を言おうと関係ない。僕は、君を……」
声が震えそうになる。
けれど、胸の奥から湧き上がる思いを抑えることはできなかった。
「僕は君を、心から愛している」
その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。
カフェのざわめきが遠のき、世界が彼女と私だけになったように感じられた。
噂も、身分も、すべてを越えて。
今、私はようやく決意を言葉にできたのだ。
***
――噂はこれからも広がるだろう。
ナンテーヌやニースが裏で糸を引いていることなど、まだ私は知らない。
けれど、たとえどんな障害があっても、彼女を手放すつもりはない。
この夜、私は決めたのだ。
彼女を守り抜き、共に歩む未来を必ず手に入れると。




