第21話 街に広がる反響
街に広がる反響
冬の空気はまだ冷たく、町角の噴水は霜に覆われていた。
だが、その冷たさを忘れさせるかのように、街中には少しずつ熱気が満ちていった。
カンヌは朝の光に包まれながら、完成した本を手に歩いていた。
表紙には、彼女が思い描いたカフェの風景と、街の小さな笑顔が描かれている。
重さのある一冊を抱える手に、わずかな緊張が走る。
「……本当に、これでいいのかな」
つぶやく声に、ランスが隣で柔らかく笑った。
「大丈夫さ。君の思いが込められている。それだけで十分だ」
二人は、街の書店や小さなカフェを一軒ずつ回った。
店先に本を置くと、店主は目を輝かせ、すぐに棚に並べてくれた。
「こ、これは……いいね、面白い!」
「カンヌ嬢の文章は温かい。読んでいると、まるでその場にいる気分になる」
予想以上の反応に、胸が高鳴る。
カンヌは思わずランスの手を握った。
「……みんな、読んでくれるんですね」
「もちろんだよ。君の努力を、みんなが待っていたんだ」
***
数日後、街では噂が広まっていた。
「カンヌ嬢の本、読んだ? あのカフェの風景がまるで目の前にあるようだって」
「文章も絵も素敵で、読んでいると心が温かくなるのよね」
通りすがりの少女が、カンヌを見つけると小さく会釈した。
「カンヌさん……本、読んでます。とても面白かったです」
カンヌは頬を赤くしながら微笑んだ。
「ありがとう……あなたも楽しんでくれてうれしいです」
見知らぬ人からの言葉が、胸にしみる。
この世界で前世の記憶が戻らなければ、あのまま悪役令嬢だった。
それが前世の記憶を思い出し、自分は生まれ変われたのだ。
そして、今は、自分のやりたかった前世の思いが、この世界で実現できそうである。
ランスも、その様子を穏やかに見守っていた。
「ほら、君の言葉が人に届いている」
「……ええ」
小さく頷きながらも、心の奥ではまだ信じられない気持ちがあった。
***
街角のカフェで、一息つくカンヌ。
窓の外を行き交う人々の顔が、いつもより少し明るく見える。
店内には彼女の本を手にした客が数人、テーブルに座ってページをめくっている。
「読んでいますよ、カンヌさん」
一人の女性が声をかける。
「えっ……ありがとうございます」
カンヌは少し照れながら微笑む。
「文章も、絵も素敵です。本当に、素敵な気持ちになります」
胸の奥で、何かが弾けるような感覚がした。
自分の想いが形になり、確かに誰かに届いている
――その喜びは、これまで味わったことのない温かさだった。
***
だが、喜びの一方で、少しだけ戸惑いもあった。
街の評判が広がると同時に、先日ランスのもとへ現れた侯爵令嬢の話も耳に入る。
「カンヌ嬢の本、読んだんですって? 面白いわよね……でも、あの人がランス様のことを……」
胸の奥が、わずかにざわつく。
過去の婚約破棄の影も思い出される。
誰もが何かを言うかもしれない。
だが、ランスがそばにいる限り、大丈夫だと心で自分に言い聞かせる。
カンヌは静かにノートを開き、次のページに書き込みを始めた。
これからの活動を、さらに充実させるために。
人々に伝えたいのは、自分の思いと、日々の小さな幸せ。
それを形にすることで、自分自身をも確かめることができるのだ。
***
その夜、家に帰ると、ランスが彼女を見つめて微笑んだ。
「君の本が、こんなに多くの人の心を温めるなんて、驚きだよ」
「……私も、少し信じられません」
「でも、現実だ。君はやったんだ。僕も誇らしいよ」
ランスの言葉に、胸が熱くなる。
これまで誰かに頼られることはあっても、自分の力で何かを成し遂げた感覚は初めてだった。
「……ありがとう、ランス」
「こちらこそ、君と一緒にできてうれしい」
手を重ねると、今日の出来事がゆっくりと胸に刻まれる。
街中の評判、人々の笑顔、そしてランスの優しい瞳――すべてが、カンヌの自信の源となっていた。
明日からもまた、二人で新しいページを作っていける。
誰かに何かを伝える喜びを胸に、カンヌは穏やかな夜の中で、小さく笑った。




