第14話 カンヌ視点 ― 再会の朝
カンヌ視点 ― 再会の朝
待ち合わせの日の朝、私は落ち着かない気持ちで鏡の前に立ち尽くしていた。
何度髪を梳かしても、裾を整えても、すぐに乱れて見えてしまう。普段なら鏡に向かう時間はせいぜい数分程度なのに、この日は小一時間も経っていた。
「……これでいいのよ」
小さく息を吐き、鏡に映る自分に言い聞かせる。
選んだのは淡い青色のワンピース。装飾は控えめで、街歩きにも似合う一着だ。もっと華やかなドレスもあったけれど、かえって気取っているように思われるのが怖くてやめた。
けれど同時に、「地味すぎやしないか」とも不安になる。
胸の奥で鼓動が早鐘のように鳴っていた。
馬車に揺られて街へ向かう間、窓から流れる景色をぼんやりと眺めていた。けれど景色は目に入ってこない。ただ、頭の中はランス様のことでいっぱいだった。
――久しぶりに、あのカフェで会う。
それだけのことなのに、まるで大切な式典にでも臨むような緊張感に包まれている。
私は自分の手を握りしめ、ひとり言をもらす。
「ただ会うだけ……落ち着かなきゃ」
けれど、落ち着こうとするほど心は乱れていく。
やがて馬車が街に到着し、石畳を踏みしめると、人々の活気ある声が耳に飛び込んできた。市場の賑わい、商人の呼び声、子供たちの笑い声。
その喧騒の中にいても、私はただ一人を探していた。
――ランス様。
カフェへ向かう道を歩くごとに、胸が高鳴る。
あの日、彼と一緒に過ごした時間。笑顔、優しい声、そして「必ず守る」と告げてくれたあの瞬間。すべてが思い出され、頬が熱を帯びていく。
店の角を曲がったとき、彼の姿が目に入った。
背の高い人影。整った立ち姿。いつもの落ち着いた佇まい。
その一瞬で、周囲の喧騒が遠のいた気がした。
「……ランス様」
思わず小さな声が漏れる。
彼はこちらに気づき、穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「カンヌ嬢。待たせてしまったかな」
「い、いえ……私も今来たところです」
慌てて首を振ると、胸の奥が熱くなる。
――どうしてこんなに緊張しているのだろう。
カフェの前に立つと、あの日の記憶が蘇る。
甘いタルトの香り。温かな雰囲気。
けれど同時に、サンオリ様の影も思い出されてしまい、一瞬だけ胸がざわついた。
それを察したのか、ランス様が穏やかに言葉をかけてくれる。
「無理に入らなくてもいいんだよ。もし辛いなら、別の場所を探そうか」
「……いえ。ここがいいです」
気づけば、はっきりと言葉を返していた。
怖さよりも、この場所を彼と共に新しい思い出で塗り替えたいという気持ちのほうが強かった。
ランス様は少し驚いたように目を細め、それから柔らかい笑みを浮かべた。
「わかった。じゃあ、入りましょう」
ドアを開けると、懐かしいベルの音が鳴り響いた。
中には落ち着いた雰囲気が広がり、客たちの穏やかな談笑が聞こえる。
私の心臓は、鼓動を早めながらも、少しだけ安心した。
二人で奥の席に座る。
メニューを開きながら、ランス様がふと私に目を向ける。
「今日は……タルトにする?」
その一言に、思わず頬が熱くなる。
「えっ……あ、はい。ええと……」
あの日、私が幸せそうに食べていたのを見られていたのだ。恥ずかしい。でも、同時に嬉しかった。
「じゃあ、二人分頼もうか。甘いものは共有すると、もっと美味しく感じるらしい」
冗談めかしてそう言う彼に、胸が跳ねる。
「……そう、ですね」
飲み物とケーキを頼み、静かな時間が流れる。
カフェの窓から差し込む柔らかな光が、彼の横顔を照らしていた。
その姿を見ているだけで、胸がいっぱいになる。
けれど――同時に不安も膨らんでいく。
彼はどうして私を誘ってくれたのだろう。ただの同情? 友人として? それとも――。
心の中の問いに答えはなく、ただ鼓動だけが大きくなる。
そのとき、ランス様がゆっくりと口を開いた。
「カンヌ嬢。今日、君に伝えたいことがある」
真剣な声音に、私は思わず息をのむ。
――胸が、熱く、痛いほどに高鳴った。




