第9話 伝染
翌朝、出勤早々ヨウイチに愚痴をこぼしていた。
「なぁ、あの地雷系の子さ……」
「なんスか!?なんか進展あったんスか!?」
「……なんでお前はそう嬉しそうに食いつくんだよ」
「ハジメさんにもやっと春が来たんスねぇ……マジで感慨深いッス……」
(相談相手を間違えたな……)
「お前が思っているようなことなんてひとつもねぇぞ」
「はぁ……これだから童貞は……早くヤッちゃえばいいんスよ」
「あのなぁ、そういう話じゃねぇよ……」
「大体、向こうだって満更でもない感じじゃないッスか。早くくっつきゃいいのに、なにをそんなに勿体ぶってるんスか?」
「いいから聞けって。最近、あの子の行動がおかしいんだよ」
「と、いうと?」
ヨウイチは床掃除の手を止めずに聞き返す。
手を止めると怒られるので窓拭きをしながら返答する。
「連絡の数が異常に多いし、なんか俺の行動を把握してるような気がするって言うか……」
「好きな人に執着するなんて自然なことなんじゃないッスか?」
「そうは言っても、変なんだよ。俺の出勤日とか休みの日とか、シフトのことをまるで見てきたかのように掌握してる感じがするんだよなぁ……」
「……あー、それもしかしたら俺ッスね」
「は……?」
(今、なんて言った?)
雑巾をバケツにぶち込んでヨウイチの方に向き直った。
ヨウイチの胸ぐらを掴んで、逃げられないように退路を塞ぐ。
「お前、なんかしたのか?」
「ちょッ、ハジメさん……何するんスか……」
「いいから答えろ」
「わ、分かりましたから……離してくださいッス……」
ヨウイチは軽く咳払いして落ち着きを取り戻してから淡々と語りだした。
「……ついこの前、ハジメさんが休みの日にあの子が来たんスよ。まぁ、ハジメさん休みだったし。いつも通り諦めてすぐ帰るだろうと思ってたんスよ」
「この前っていつだ?」
「あー……でも、一週間くらい前ッスかね?それで、俺が巡回してたらあの子が話しかけて来たんス」
「あ?お前、普段から話すのか?」
「いやいや、違いますよ!俺も初めて話しかけられてビックリしたんス!そしたらなんか、ハジメさんの次の出勤日がいつだーって話になって……」
「……まさか、教えたのか?」
「っても、2週間分くらいのシフトしか言ってないッスよ!それ以外はなんも言ってないッス!」
「ばっか野郎!!部外者に何教えてんだよ!!」
「だって、しょうがないじゃないッスかぁ……あの子、目がマジで怖かったんスから……」
俺がまた胸ぐらを掴むと、ヨウイチは半べそを掻いて終始謝り倒していた。
「二人とも、どうかしたのかい?」
「店長……」
「喧嘩はよしなよ?なかよくね〜」
「それどころじゃないですから……ヨウイチのバカが……」
「はいはい、そこまでそこまで」
店長に仲裁され、それ以上ヨウイチを問い詰めることができなかった。
「それで、なにがあったの?」
「実はーー」
「……へー、おもしろそうじゃん!」
「はぁ?」
「そんなおもしろそうなことになってたんなら早く教えてくれればよかったのに!」
(こんのクソジジイ……殺すぞ……)
店長は一部始終を聞くと腹の底から笑った。
「まぁ、次から気を付けたらいいじゃないの。ヨウイチ君も、悪気があったわけじゃないんだし」
「そうは言ってもですね、店長……」
「実害もないわけだしさ、過ぎたことはしかたがないんじゃない?」
「害があってからじゃ遅いじゃないですか……休みの日にも出くわしたんですよ?行きつけのスーパーで……」
「流石店長ッス!俺はあの子とハジメさんの仲を取り持とうと思ってしただけッスから!」
「余計なお世話だ!」
「いってぇ……暴力反対ッス!!」
「言ってろバカが」
「いやぁ、本当に愉快だねぇ君達は」
(こいつらの相手は疲れるな……)
店長は呑気に笑い声を上げている。
その隣で俺を睨みつけて来たかと思えば何かを思い出したのか、ヨウイチが口を開いた。
「でも、おかしいッスね……流石に俺でもハジメさんの行きつけの店なんて知らないですし……まぁ、ただの偶然じゃないッスか?」
(本当に、ただの偶然なんだろうか……?)
犯人が分かってりるちゃんへの疑念は晴れたが、どこか釈然としなかった。
ーー
「ハジメくん!私がお休みの間、すっごく忙しかったんだって!?ほんとうにごめんね!」
「ああ、いや、全然ですよ」
(柏木さん、めっちゃいい匂いすんな……)
休暇から戻った柏木さんに頭を下げられてしまう。
上品でフレッシュ感のあるシトラス系の香りが鼻腔を擽った。
「なにかお礼させてほしいな」
「え!?いや、いいですよ!そんな……」
「とばりちゃんに聞いたんだけど、三人でお疲れ様会やったんだって?ハジメくんの奢りで」
「まぁ、たまにはいいかなって」
「……いいなぁ、私も二人っきりでご飯とか……」
「柏木さん?なんか言いました?」
「へッ?あ、ああ。ううん、なんにも……」
「柏木さん、顔赤いですけど大丈夫ですか?」
「う、うん、大丈夫……ありがと」
(なんか、疲れてそうだな)
柏木さんは頬を赤く染めて、少し落ち着きなさそうにそわそわとしていた。
「あ、あの、ハジメくん……」
「はい?」
「今日の夜、空いてたりする……?」
「えっと、全然空いてますけど、なんかやることありましたっけ?作業とか」
「全然そういうんじゃないんだけど……」
(じゃあなんだ?もしかして、俺なんかやらかしてた?)
「……今日の夜、ご飯でもどうかな?」
「へ……?」
「ほ、ほら!二人の面倒見てくれたお礼しなきゃって思ってたから!だから、予定空けといてくれると嬉しいな……」
「あー、そういうことならぜひ」
「ほ、ほんと!?」
(な、なんかスゲー嬉しそうだな……)
その後、柏木さんはいつも以上にニコニコと笑っていた。
作業中も鼻歌交じりで、かなりご機嫌な様子だった。
ーー
「それじゃあ、お疲れ様」
「うす」
柏木さんに連れられ、少し小洒落たレストランに入った。
「今日は私の奢りだから、遠慮しないで食べて」
「いや、そんな……悪いですよ」
「いいのいいの。ハジメくんにはいつも助けられてるから」
「そういうことなら、ありがたく」
「うん!」
(笑顔が似合うな、柏木さん……)
注文した料理が運ばれてくる間に赤ワインを嗜んで、ふと疑問に思ったことを投げかける。
「そういや、あの二人は来なかったんですね」
「へ?あの二人って……」
「とばりとヨウイチですよ。あの二人なら呼んだら来そうなもんですけどね」
「あ、あー……」
(あれ?俺、なんか変なこと言ったか?)
「ほ、ほら!あの二人はハジメくんが、奢ってあげたでしょ?だから、今日は私がハジメくんにってことで、二人には声かけなかったのよ……」
「あー、そういうことだったんですね」
そんな会話を続けていると料理が運ばれてくる。
パスタやリゾットを口にしながら、仕事の愚痴に花を咲かせているとポケットの中のスマホが振動した。
(誰だ?こんな時間に?)
スマホを取り出して視線を落とすと見慣れた送信者が表示されていた。
(りるちゃんか……)
「ハジメくん?どうかした?」
「あ、ああいえ、なんでも……」
「そ?ここの料理美味しいね、来て良かったー!」
「マジでうまいっすよね。柏木さん、ありがとうございます」
「ううん、こちらこそ」
新着通知は既に200件を超えていた。
それでも無視し続けていると、再度スマホが振動を繰り返す。
今度は通知ではなく、着信だった。
「すんません、ちょっとお手洗いに……」
「うん、いってらっしゃい」
席を立って店内入口へと向かってスマホの画面を確認すると、りるちゃんからの着信で間違いなかった。
切れた後も再度かかってくる。
(流石に、非常識だろ……)
一言注意してやろうと、通話ボタンを押す。
『もしもし?りるちゃん?こんな時間に何度もかけられたら流石に……』
『あ、ハジメさんだー♡うれしー♡』
『もうこんな時間だし、困るよ……』
『ねぇ、ハジメさん、ワインは残りやすいから気を付けないとダメだよ?』
『は……?』
(なんで、俺がワインを飲んでることを……?)
つい辺りをきょろきょろと見回してしまう。
しかし、当然のようにりるちゃんの姿はどこにもない。
『あーッ!あの先輩、職場に戻ってきたんですねー』
『……あ、あのさ、りるちゃん……』
『んー?もしかして、りるのこと呼びましたー?なんですかー?ハジメさん♡』
『……今、どこにいるの?』
『えー、どうしてそんなこと聞くんですかー』
『いや、特に理由はないけど……』
『りるはいつだってハジメさんの傍にいたいだけなのになー』
(ど、どういうことだ……?)
『それって、どういう……』
『あ!そうそう、ハジメさんーー』
りるちゃんが一拍置くだけで、なんだか胸騒ぎが止まらない。
額と背中に嫌な汗が流れ、喉が異様に乾く。
『これから雨が降るみたいなので、傘用意して置きました♡先輩さんの分もちゃーんと用意しといたので、あとで褒めてくださいね♡』
『は……?傘って、どういう……』
『それじゃ、おやすみなさーい♡』
『あッ!ちょッ!』
通話が一方的に切られる。
その直後、背後からウェイターに声を掛けられ思わず身構える。
「お客様、お預かり物がございます」
差し出されたのは、二本のビニール傘。
「あの、これ……」
ウェイターは訝しげに俺を見詰めた。その瞬間、俺は確信したーー。
(この人、何も知らないのか……)
窓を打ち付ける雨音が静かに聞こえた。
スマホが手から滑り落ち、音を立てて床に転がった。
第9話お読みいただきありがとうございます!
ついに店長までも出てきてどんどん面白くなって行ってるような気がします!
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次回、第10話でまたお会いしましょう!




