第二十三話 将軍、果てなき膨張を看取る
日の本の 不純物 をすべて削ぎ落とし、検地と刀狩りによって民の牙を抜いた秀吉の天下は、今や巨大な 絡繰り のように唸りを上げていた。
止まれば倒れるその車輪は、ついに日の本の外へと、その牙を向け始めた。
大坂城の広間に広げられたのは、明国までを飲み込まんとする、巨大な大陸の地図であった。
「見よ! この海の向こうには、まだ測られておらぬ土が、手に入れられぬ宝が無数にございます。国内を平らにしたのなら、次は外へと広げるのみ!」
秀吉の瞳は、もはや天下人としての落ち着きを失い、飢えた獣のような光を宿していた。その背後では、三成が軍船の数、兵糧の石高、そして派兵の 手筈 を、無駄のない速さで弾き出していた。
義昭は、その巨大な地図の前に立ち、大陸の白き余白を指でなぞった。
「筑前守……。貴殿は、戦を終わらせるために天下を統一したのではなかったのか。今、貴殿がやろうとしているのは、戦の終わりではない。戦を 終わらせることができぬ仕掛け の完成だ」
「何を仰る! 新たな領土を与え続けねば、武士たちの不満は抑えられませぬ。この絡繰りを維持するためには、常に新しい 利 を食わせ続けねばならんのです!」
秀吉の言葉に、義昭は静かに首を振った。
「それは平和ではない。ただの 膨張 だ。内側に向けられなくなった刃を外に向けることで、己の群れを保とうとする……。それは、いずれ己の身を食い破る病となるぞ。佐吉(三成)、貴殿の計算には、この無謀な企てによって流される、数多の兵たちの郷愁や、無念の血は考慮されているのか?」
三成は一瞬、筆を止めたが、間を置かずに応えた。
「……それは、大いなる目的を果たすための、避けられぬ 費え にございます」
「費え、か。人を人と思わぬその言葉、いずれ貴殿ら自身の首を絞めることになるだろう」
義昭は地図から目を逸らし、はるか西の海を幻視した。
そこには、黄金の檻の中で肥大化した欲望が、見知らぬ土地で泥沼に沈み、腐敗していく末路が透けて見えていた。
「よかろう、筑前守。貴殿が広げすぎたその地図の余白に、どれほどの絶望が書き込まれることになるのか……。私はこの特等席から、貴殿の夢が 瓦解する音 を、誰よりも近くで聴かせていただこう」
義昭の冷ややかな予言をよそに、大坂の港には、海の向こうという名の、実体のない 理想 へと向かう軍船の波が押し寄せていた。




