第二十二話 将軍、規格(かた)に嵌められた 美 を嗤う
大坂城の奥深く、秀吉が誇示する広大な庭園は、隅々まで手入れが行き届き、一分の乱れもなかった。
そこは、自然の力さえもが関白の威光に屈服し、決められた場所で、決められた色を放つことを強要される、生気のない 楽園 であった。
義昭は、一服の茶を点てる千利休の前に座していた。
利休の指先は静かであったが、その瞳の奥には、秀吉という巨大な太陽に焼き尽くされようとする、一輪の野花の如き危うさが宿っていた。
「……利休殿。貴殿の茶が、近頃は少々、息苦しく感じるな」
義昭の言葉に、利休は茶筅を振る手を止めず、微かに微笑んだ。
「公方様。この城において、茶はもはや 心 ではなく、 価値 を誇示するための道具にございます。どれほど高価な名物を用いても、そこに主客の交わりはなく、ただ これだけの富を所有している という誇示の音が響くだけにございます」
そこへ、豪華な茶器を抱えた秀吉が、自慢げに現れた。
「利休! 見よ、この名物。これ一つで、一国の城にも勝る値打ちがある。これを用い、誰もが跪くような、この世で最も豪華な茶会を開くのだ。これこそが、新しい 美 と言うものだ!」
秀吉の言う 美 とは、もはや人の心を震わせるものではなく、誰の目にも明らかな 等価交換 の象徴であった。
「筑前守。貴殿は、形のない 神 や 美 さえも、己の支配下に置かねば気が済まぬか。伴天連を追放したのも、彼らの神が貴殿の物差しで測れぬからであろう? そして今度は、利休殿の茶をも、貴殿の 基準 に嵌め込もうというのだな」
義昭は、秀吉が差し出した黄金の茶碗を、手に取ることもせず見つめた。
「貴殿の作る世では、目に見えぬものはすべて 無駄 として排除される。信仰も、美学も、ただの 機能 として扱われる。……だがな、筑前守。美とは、その規格からはみ出した 歪み にこそ宿るものだ。すべてを均質に整えたその先に残るのは、誰もが同じ顔で笑い、同じ価値観で頷く、死人のような世だぞ」
秀吉の表情から、一瞬、無邪気な笑みが消えた。
「歪みなど不要。民には、分かりやすい序列と、分かりやすい輝きがあればよいのです。それこそが、迷いのない幸せにございます」
「……利休殿。貴殿は、この男の作る 完璧な正解 の中で、いつまで己の魂を殺し続けるのだ?」
利休は答えず、ただ静かに茶を差し出した。
義昭には見えていた。規格化を拒む利休の 内なる闇 が、秀吉の 外なる黄金 とぶつかり合い、やがて取り返しのつかない火花を散らす未来を。
足利義昭は、喉を通る茶の苦みの中に、やがて日本中を覆い尽くす、息の詰まるような 同調圧力 の予兆を味わっていた。




