凶報
その知らせは、貴族派の軍勢が軍事行動を起こした2日後には届いた。
今は賢司が建国祭で披露する音楽を他の楽器演奏者と共に音合わせをしながら練習しているところだった。因みに奉文を始めとした皇族は全員公務のため、この場にいない。
ダッダッダッ!!
誰かが賢司たちの練習室に駆けて来る音がする。そして勢いよく扉が開け放たれる。入ってきたのは伝令兵の腕章を付けている武士であった。そして口を開くと、
「で、殿下! 殿下はおられますか!!」
と物凄い剣幕で一堂に話しかける伝令兵。しかし、部屋の入り口付近に待機していた山村子爵と山本伯爵に一喝されてしまう。
「馬鹿者! ちゃんと合図をして許可が出てから入ってこんか!!」
「も、申し訳ありません!」
「そうですよ。急ぎなのかもしれませんが、最低限の礼儀は弁えなさい」
「し、失礼いたしました」
2人の貴族に詰め寄られ、タジタジになっている武士を見て、賢司は以前にもこのような光景を見たことがあるなとぼんやりと考えていたが、流石にこれ以上は可哀想だと思ったので、山村子爵たちを止めに動く。
「まぁまぁ2人とも。彼も悪ふざけでやったわけではないのだから、良いじゃないか。見たところ、何かまずい状況になっているようだしね。取り敢えず話を聞こう」
「かしこまりました。では藤竹小隊長、ここに来て報告したまえ」
「は! それではご報告致します! 早馬で報せが入りましたので確認したところ、どうやら貴族派陣営がついに反乱を起こしたようです。現地に潜入していた密偵によると、決起目的はかつての様々な国に畏れられた威厳溢れる皇国を取り戻すため、とのこと! どうやら現状の皇国の対外政策に不満を抱えている模様です!」
賢司はその報告を聞いて、いつの時代もどの世界でも過激派という存在は居るものなのだな、という感想を抱いた。
「そっか。分かったよ、ありがとう。下がって休んでくれて良いよ」
「は! 失礼致します!」
伝令兵が下がった後、すぐに山村子爵が賢司に声を掛ける。
「殿下。いかが致しますか?」
「そうだね。彼らの言い分も理解できないことはないよね」
「と、仰いますと?」
賢司の発言に対し、山村子爵は納得がいかないような顔をした。それに気づいた賢司はすぐに自分の発言の意図を解説する。
「今の皇国は対外政策において基本的に宥和的だ。それは一見属国たちにとっては平和だろうと思う。理不尽なことを要求されないから逆に皇国に協力してくれる。なので僕は身内に対してはそれで良いと思ってるんだ」
山村子爵と山本伯爵、及び楽器演奏のメンバーは黙って賢司の言葉に耳を傾ける。
「しかし、大和皇国の勢力圏外の国に対してはそうもいかないよね。実際、大和皇家が動かないからハープスブルック王国なんかは我が勢力圏に対して色々と工作を行ってるようだしね」
「えぇ、私もその報告は耳にしております。非常に許し難きことです!」
山村子爵が賢司の発言に同意してきたので、賢司も頷きで返し、話を続ける。
「おそらくそういうところだよ。彼らが今の皇国が気に食わないという理由は。理不尽な圧政はもちろんダメだけど、理由もなく相手に好き放題させるのはもっとダメだと僕は思うね」
「確かに……ですが、それは……」
「うん、分かってるよ。この方針は陛下のご意向だ。それに対して僕らが反感を持つというのは良くないことだ。故に」
ゴクリッと言う効果音が聞こえてきそうなほどの静寂の中、山村子爵ら全員が賢司に視線を集める。
「只今より石丸伯爵ら以下貴族派陣営の貴族は反乱軍と見做し、殲滅を行うべきである。僕はそう思っている」
賢司には部屋の中にいる者たち全員が一斉に息を呑む音が聞こえた気がした。だがそれも無理はない。何せ反乱を企てた者たちとは言え、貴族派陣営の中にも優秀な貴族はたくさんいる。加えて現在の大和皇国の貴族の中では貴族派は1番数が多い派閥なのだ。
そんな者たちを根こそぎ粛清してしまっては後の皇国の運営に多大なる後退をもたらしてしまうことは必至であったからだ。
そしてそれは賢司自身もよく分かっている。故に、
「ただ殲滅と言っても本当に全ての家を潰してしまっては大変なことになるよね。それこそ皇国の国力が半減どころの騒ぎじゃ済まないほどにね」
「えぇ。ですので、先ずは陛下のお考えを伺うべきかと」
「失礼ながら、私も山村子爵と同意見でございます」
普段なら黙って言うことを聞く忠臣2人が揃って賢司に意見をした。そして反逆者は罰しないと行けないと考えながらも、どうしようか迷っている賢司と同意見であったことが賢司としてはとても嬉しかった。故に方針は決まった。
「そうだね。結局のところ、方針を決めるのは陛下だ。そうと決まれば、早速執務室に向かうとしよう。建国祭というめでたい一大行事を悲しい悲劇にさせるわけにはいかない」
賢司のその言葉に山本伯爵と山村子爵は目に見えてホッとしたような表情を浮かべた。そして決意の困った目で賢司を見つめ返し、
「「はは」」
力強く首肯するのであった。