逆臣(ぎゃくしん)たちの聖戦
大和皇国にて記念すべき第一回観兵式が執り行われた日から早2ヶ月が経過した。
10日後には大和皇国の建国祭があり、ここ数日は帝都も他の都市や村々も建国祭の準備で大忙しである。そんな建国祭だが、一つ独特の習慣がある。
それは、、
「建国祭、もうそんな時期ですか」
朝食を食べながら賢司がそう呟くと、奉文はゆっくりと頷く。
「うむ。故に今回も例年通り、皇族による建国を祝う楽器演奏を国民に披露せねばならん」
賢司は確かにそんなものもあったなと、ボーッとしながら奉文の話を聞いていたのだが、次の言葉で我に帰る。
「そして此度より賢司、お前にもこの行事に参加してもらうぞ」
「……え?」
賢司は一瞬意味がわからずに間抜けな声で聞き返してしまった。確かに、今までは上の兄妹達がそれぞれ得意な分野の楽器を練習して音楽を披露していたので、そういったしきたりがあることは理解していた。しかし、賢司はまさか今年からそれに参加するとは思ってもみなかったのである。
「何を呆けた顔をして……ん? もしや9歳からこの行事に参加すること、伝えていなかったか?」
奉文は何故賢司が驚いた顔をしているのか理解できなかったが、すぐに事情を察した。指摘を受けた賢司もすぐに気を取り直し、奉文の質問に対して返事をする。
「はい、父上。こうしたしきたりが存在することは把握してましたが、まさか今年から参加するとは思っておりませんでした」
「そうであったか。伝えておらなんだか。それはすまなかったな」
「い、いえ! 父上が謝罪なさるほどのことではありません! それに普段から楽器はしっかりと学んでおります。必ずや良き演奏をしてみせます!」
賢司のその力強い返事に安心した奉文が返した言葉は至極単純なものであった。
「そうか。では頼むぞ」
「は!」
2人のやりとりを咲子を初めとした家族たちも暖かく見守り、朝食は和やかに進んだ。
時は進み、朝食後の勉学の合間にある休憩時間にて……
賢司は前世で言う管楽器のトランペットに似た楽器を手に、皇宮の人気のないバルコニーへ1人でやってきた。理由は勿論、自身が建国祭で演奏する曲を練習するためである。
そして賢司はここで思案する。"自分はどんな曲を演奏すべきであろうか?" と。そう考えて初めに頭に思い浮かんだのは、この世界で習った曲ではなかった。
(やはり……この世界で生きる覚悟を決めたとはいえ、未練までは捨てきれんのだな)
そのように考えた後、賢司は楽器を口に咥えた。
(やはり私は前世も含めて軍人。ならば軍がより規律正しく、力強く、そして誇り高く在れるように自らを奮い立たせられるような曲がいい。となると……)
そこから賢司は過去の記憶を辿りながら、かつての帝国陸・海軍観兵式でこれでもかと言うほどの数聞いてきたあの曲たちを思い浮かべていた……
(やはりこの2曲が1番私の心を奮い立たせてくれる……)
"観兵式分列行進曲" "軍艦"
これら二つの曲が賢司にとって1番馴染みがあると同時に、軍歌として気が引き締まる感じがするということで、賢司はこの二曲を演奏することに決定した。
(まぁ、気が引き締まると言ってもあくまでこの2つの曲に馴染みがある私だからそう感じるだけかもしれんがな)
賢司はそのように考えたが、人々に気に入ってもらえるかどうかは実際に披露してみなければわからない。そんなわけでまずは観兵式分列行進曲から練習していく。
当然楽譜など存在しないので、自分で音を思い出しながら紙に音符も書き写していく。
そこから数時間……
奉文は執務室で書類作業をしていたのだが、ふと耳に聞こえてきた音色に耳を傾ける。力強く、それでいて優雅さも兼ね備えたような美しい音色……
そんななんとも表現し難い、しかし聴き入ってしまう音色に導かれるように奉文は皇宮の廊下を歩き続ける。そして音源となっているであろうバルコニーにまで足を運ぶと、そこには……
「な、なんと……」
見惚れるような美しい佇まいで、美麗な音楽を奏でる賢司の姿がそこにはあった。
(なんと美しい曲なのだ……この国では聞いたことがない……素晴らしい)
奉文は賢司には音楽の才能まであったのかと驚かずにはいられなかった。そして演奏が終わると……
パチパチパチパチパチ!!
賢司は後方から急に聞こえてきた拍手に思わずビクッとしてしまった。そして後ろを振り返ると、そこには奉文の姿があった。
「ち、父上!?」
「ハハハ、驚かせて悪かったな。いや、驚いた! まさかお前に音楽の才能まであったとはな! 以前に音楽教師からの報告でお前は物覚えがいいとは聞いていたが、まさかここまでとはな」
賢司は見られていた恥ずかしさと褒められた嬉しさで顔を赤くしてしまう。しかしすぐに気持ちを切り替えて奉文に話しかける。
「ありがとうございます、父上。しかし私はまだまだです。もっと努力してより良い演奏ができるようになりたいと思っています。それに建国祭でも今よりもっといい演奏ができれば、より国民からの信頼も増すでしょうし」
「うむ。その通りだ。建国祭は単なる演奏会などでは決して無い。皇族が日々努力し、能力を高め国民のために成長し続けているという姿勢を見せるためのものだからな。期待しているぞ」
賢司は父奉文からのその言葉だけで、日々の努力が報われると思った。この人にもっと認められたい、そしてその中で自分をより高めていきたいという思いが今一度強くなった。
故に賢司の返事は決まっていた。端的にハッキリとそれでいて笑顔で、
「はい! 父上!」
「うむ」
奉文もその気持ちの良い返事に満足したのか、ゆっくりと踵を返し、残りの仕事を終わらすために執務室へと戻って行った。そして賢司はその後も数時間ほど練習をつづけたのであった。
ここは帝都から遠く離れた貴族の領地。その領地は人々からこう呼ばれている……石丸伯爵領と。
そして今宵、石丸伯爵領には八千名の武士が集っている。彼らは真剣な面持ちで伯爵領の中央広場にて待機していた。広場の中央には巨大な演説台が設置されており、今からここで誰かが演説するのは明白である。
そして時が経つこと20分ほど……。演説者が姿を現した。それに対して歓声でもって出迎える武士たち。だが演説者が手を上げて静止を促すとすぐに広場は静まり返った。
「皆の者、私が石丸鉄二である! 今宵、何故いきなりこのような形で集められたか、理解できない者もいることだろう。なので、端的に説明する!」
石丸のそのセリフに一同は固唾を飲んで、静かに見守った。
「これより我が石丸領は皇家に対し、攻撃を開始する!」
石丸のその言葉に広場がザワザワっと騒がしくなった。その様子を見た石丸はさらに言葉を続ける。
「驚く気持ちは分かる。私も君たちと同じ立場なら、いきなり何を言っているんだと思うことだろう。だが、考えてみてほしい! 今のこの皇国の姿を! 昔は国を豊かに国を豊かにと言って散々他国に侵攻して国力を増強していたくせに、今日の皇国は他国との軋轢を恐れて宥和政策をとっている!」
ここまでの話で石丸に対して"うんうん!"と頷いて理解を示しているのは、同じ貴族派である石丸の幹部たちのみである。だが、そんなことはお構いなしに石丸は話を続ける。
「国民を危険に晒さぬよう、外交などで問題を解決するのは別に悪いことでは無い! むしろそれで済むのなら1番良い。だが我が国のそんなやり方に対して他国はどうか? 国を乱す工作や定期的な国境でのぶつかり合い。果ては我が国に対しての工作だけでなく、我が皇国の属国らにも工作を仕掛け、離反させようとする始末!」
石丸は自分の言葉を聞いている武士達がだんだんと目の色を変えて真剣に話を聞く姿勢になっていることを確認すると、さらに強く訴えかけるように武士達に話しかけた。
「よって我々は今より皇国を生まれ変わらせる! 今一度強く、雄々しく、威厳に満ち溢れた気高き皇国を取り戻すのだ! そして散々我らに対して狼藉を働いた愚か者どもに、身の程を弁えねばどうなるかと言うことを再び教えてやるのだ!」
石丸のその演説に、もはや耳を傾けない者など居なかった。やはり国民というのは、上に立つ者が行う政策や考え方に左右されることが多い。しかも一般市民よりも貴族と触れ合うことが多い軍人ならばよりその傾向が強い。加えて賢司の生前の世界に比べても、情報伝達手段が未発達なこの世界ならばなおさらである。
こうして石丸の演説にすっかり感化されてしまった八千名の武士達は、初めこそ不安や戸惑いから乗り気ではなかったが、今では完全にやる気満々である。
「ここに集った勇気ある戦士達に敬意を表する! そして共に真の皇国を復活させようぞ!」
石丸のその言葉に呼応するように、"うぉーーーー!"という歓声が鳴り響いた。
「他領の貴族派陣営も我らと同じように戦う準備ができている! 全て合わされば数万単位の軍勢となるであろう! これらの戦力でもって、帝都・王華を始めとした皇族に与する貴族領を全て叩き潰す!」
他にも仲間がいるという情報がより武士達に安心感を与えたのか、歓声がより大きくなった。
そして……
「出陣は1時間後に全ての貴族派領地で同時に行い、ちょうど帝都と我が石丸領の中間地点にある澤田伯爵領で合流する! そこから全軍で帝都に向かい、建国祭に合わせて攻撃を仕掛ける! 皆覚悟は良いな!」
石丸の檄に再度武士たちから怒号のような歓声が鳴り響く。それを見て満足した石丸は最後の言葉を武士達に投げかける。
「それでは全員の獅子奮迅の活躍を期待する! 以上! このあとは出陣に向けて各々体を休めるように!」
こうして長きに渡り、皇族派と勢力争いを行ってきた貴族派が遂に武力行使に出てしまったのだ。彼らにとって、これが今できる最善の選択だと信じて……。
だがこの時はまだ誰も知らない。これから始まるであろう内乱が大和皇国始まって以来初の軍事の革命の幕開けとなることを……。それもたった1人の男の存在によって……。




