均衡崩壊
遅くなり、大変申し訳ございません!
賢司達があれこれと2日目の観兵式に備えて会議をした翌日の朝、つまり2日目当日……まさかの事態が起こった。
ダッダッダ!!
賢司らが最終確認のために会議室に集まっていたその時、何者かが部屋に近づいてくる気配がした。護衛達はすぐさま臨戦態勢に移行し、賢司もいつでも魔法を撃てるように、貴文と真司は帯刀していた刀に手をかける。皆が一様に警戒する中、ノックだけは丁寧に行われた。
「入って良い」
奉文が入室許可を出すと、直ぐにノックの主が入ってきた。その人物は普段から日々の報告を行ってくれていた使用人であった。
「失礼します! ご報告がございます」
「うむ、聞こう」
使用人は、始めは賢司達が異常な警戒心を見せていた姿に疑問を抱いたようだが、奉文が発言を促すとすぐに自身の仕事に戻った。
「は! では二点ご報告致します。一つ目は、初日の観兵式に間に合わなかった全地方貴族が今朝、帝都に到着いたしました」
「ほう、それは良い事だな。して、二つ目の報告とはなんだ?」
「は! 二つ目は、陛下に面会を希望なさっている方がおられます」
「ほう、面会とな?」
二つ目の使用人の報告において、この会議室に居る皇族メンバー全員がとあるセリフを聞き逃さなかった。
(希望"なさっている方"という言い方から察するに、使用人の地位では敬語表現を使わざるを得ない人物ということか)
「それで、誰なのかな? その人物とは」
奉文の代わりに賢司が商人に質問する。すると使用人は衝撃の名を口にする。
「はい、希望者は真堂正道辺境伯です」
使用人のその言葉に、この場にいる全員が驚いた顔を浮かべた。まさかこのタイミングで常道派のトップが面会を申し込んでくるとは思わなかったからだ。
「それは、本当なのか?」
あまりに衝撃的な報告に真司が確認をしてしまう。しかし、使用人の口からは先ほどと同じ名前が飛び出してくる
「はい、間違いございません。真堂家の家紋をつけた者が私に手紙を渡しにきましたので」
「そうか……」
皆が唖然として声が出ない。そんな中声を発する者が居た。
「まぁ良い。しっかりと手順は踏んでおるのだ。観兵式が始まるまでならば構わん」
奉文が面会の許可を出したため、使用人は急いで真堂家の使者の元へ向かって行った。
「よろしかったのですか? 父上」
貴文が率直な疑問を奉文にぶつけた。少し軽率だったのではないかという思いも込めて。しかし、返答は至極もっともなものであった。
「仕方あるまい。直接部屋に来ることもなく、しっかりと皇家の使用人に話を通したのだ。それに相手は国境の全権を握っている辺境伯。我らに対して特に害を為しているわけでもないのに邪険に扱うのは間違っておろう?」
「私からすれば、貴族に任命されておきながら皇族が大変な時に忠を尽くさない者など、我らに対して害をなしているのと同じです」
「うむ。本来ならばそこを咎めるべきなのだが、常道派の連中は別に貴族の基本的な業務を怠っているわけではない。勢力争いに加わらないだけで、すべき仕事はしているのだ。悪政の話もあの一派では聞かぬ故、簡単に咎めるわけにはいかぬ」
「仰る通りですね……」
理路整然と現状を説明された貴文は理解をしてはいるが、納得はしていないという表情を浮かべる。真司も同様だ。
「気持ちは分かる。しかし今は戦力が少しでも欲しい。故に我慢しなければならん。国が正常に戻れば、常道派も完全に害がなくなるのだからな」
「そうですね」
「今は耐える時、ということですね」
2人の言葉に奉文は静かに頷いた。奉文の言う通り、今は自分の感情を押し殺してでも、仲間を増やすべき時なのだ。賢司も特に異論はないので口を挟まない。
そうこうしているうちに使用人が戻ってきて、ノックをして入室許可を求めてきた。
「入ってよい」
奉文が許可を出したので、使用人が部屋の中に入ってきた。そしてその後ろには同行者がいる。もちろんその同行者とは……
「失礼致します。私、真堂正道と申します。面会をご許可いただき、感謝申し上げます」
「うむ。よく来たな真堂卿。まずはそこに座ってくれ」
「はい、失礼致します」
真堂辺境伯が入室したことにより、部屋の空気は今まで以上に緊張感に包まれている。しかしそんな空気をものともせずに、聖皇奉文は言葉を発する。
「さて、面会を希望とのことだったが、いったいどのような要件なのだ?」
「はい陛下。単刀直入に申し上げます。私どもに陛下のお手伝いをさせていただけないでしょうか?」
真堂の放った言葉に、会議室の中にいた面々は一瞬思考が停止した。
「真堂卿、そなたは今まで国のためによく働いてくれた。勿論今もな。しかし、そなたが今まで我らの抱える問題について一切の助力をしてこなかったのも事実。国を支える貴族の一員として、それは絶対にあってはならないことだ。これについて何か弁明はあるか?」
賢司は奉文のことを流石と思わずにはいられなかった。新たに手に入りそうな戦力というものは、敵対する存在を抱える人間にとって喉から手が出るほど欲しいものだ。しかし、奉文ははっきりさせるべきところははっきりさせる。簡単に目の前に転がる利益には手を出さない。それは簡単なようで実はとても難しいことである。そう考える賢司にとって、奉文の姿は非常に好感が持てた。
というのも、
(前世では、人をうまく使えない上層部に散々頭を悩ませたからな)
こうした事情から賢司は、優秀な指導者というものを無意識下で欲している。故に、奉文が目先の利益に流されず、しっかりと自分たちの利になるかどうかを見定めてから判断しようとする姿に深い敬意を抱いたのである。
「陛下の仰ることはご尤もでございます。今まで我関せずを貫いてきた者がいきなり助力しますなどと言っても、正直どういう風の吹き回しだ? と思われても仕方ありませぬ」
「うむ。なので、そのことについてきっちりと説明してもらうぞ」
「勿論でございます、陛下」
そこから、真堂辺境伯の説明が行われた。簡単な言葉で言うならば、常道派の信念である貴族としての業務だけをこなすべきというのは今も変わらないが、貴族派の連中が目障りであったことも事実。そして今回皇族派が大きく動き、自分がそこに尽力することで不穏分子を一掃できるのではないかと考えた。真堂の言い分はこのような感じである
「ふむ、なるほどな。やはり納得しかねる部分もあるにはあるが、そなたらが国の利益になるように尽くしてくれていたこともまた事実。故に今回のことは互いのためにも水に流すとしよう」
「寛大な御裁可に感謝致します」
「うむ。しかし、だ。皇族への不忠を不問にするのと、そなたらを信用するのとでは話が違う。なんせ、今まで我らに対してできる協力をしてこなかったのだ。今更協力すると言われたところで信用できないのも当然であろう?」
賢司たちは奉文のこの言葉に対して、真堂がどう返答するのかを静かに待つ。
(この男の存在が父上の助けになることは事実。しかしあまりにも都合が良すぎる。一体何が目的なんだ? これほどの地位がある男だ。単に金や地位が欲しい、などというくだらない要求では無いはず……)
皇族メンバーの中でも特に賢司が鋭い視線を真堂に負けていることに本人も気づいているが、真堂は堂々たる態度で奉文に言葉を発する。
「陛下の仰る通りでございます。我らは国を裏切らずとも、一度皇族を裏切りました。どれほど弁明しようが、結果として裏切りとなってしまったことに変わりはございません。ですので、信用を回復するならば態度で示すのが1番と思いました」
(ほう……)
賢司は真堂の言い訳をしないその姿に少しばかり感心を覚えた。ただ完全に信用をしたわけでは無いので、貴文達と同様にそのまま静かに次の言葉を待った。
「1人、コソコソと動いていた貴族派の手の者を捕えました」
「何……?」
「「「!!!!!」」」
この返答は流石に皇族メンバー全員が予想していなかったのか、等しく驚いたような顔をした。
「貴方……」
皇妃咲子が奉文を心配するように声をかける。この国では別に男尊女卑が強烈というわけではないが、基本的にこういう仕事の場では女性陣は口を開かないのが鉄則のようになっている。
そんな状況下であっても口を開いて夫を心配してしまう程度には、今の真堂の発言はとんでもないものであった。
「話を聞こう……続けてくれ」
「承知いたしました」
(なん、ということだ……まさかそうくるとはな。言い訳しても納得してもらえないのは明らかであるが故に、潔く非を認めてすでに協力していますよという姿勢を見せにくるとは……常道派は決して数が多くない。迂闊に動くとどちらかの勢力に簡単に飲み込まれてしまう恐れがある。だというのにこの男は……)
真堂のあまりの大胆さに賢司は驚きを隠さないでいた。それはもちろん貴文ら他の皇族も同じである。
(これは…この国の情勢が一気に動きかねないな。今後はより周囲の動きを警戒せねばならないな)
賢司はようやく国家が一つにまとまるかもしれない可能性に対して、期待と同時にいささかの不安も感じるのであった。