第202話:臨時支部と連絡方法
その日、俺は第五階層にいた。一人で。
臨時支部である。ちょっとした事情があって、急遽開設することになった。
以前使った簡易的な小屋と机に筆記具を持ち込み、軽く掃除もする。冒険者達が休憩に使ったりもしてたはずだけど、意外と綺麗だ。
一通り準備が出来ると、鞄から道具を取り出して机に置く。
ロウソクの燭台のような外見をした銀色の道具。その先端には磨かれた鉱石がはまっている。
今回は、この道具の検証を目的としている。
ラーズさんが温泉支部に来訪した。
これは、とんでもなく珍しいことだ。普段は温泉の王かステファニーさん経由で呼び出される。
登場の仕方も斬新で、残業して一人きりになっている所、いきなり後ろから声をかけられた。びっくりして叫びをあげたら、ラーズさんの方が腰を抜かしていた。俺は悪くないと思う。
そこで渡されたのが、この燭台のような道具だ。二個で一セット。先端には先日発見した迷宮共鳴石が使われている。
使い方は簡単。触ると動いて、双方で会話できるようになる。
ただし、条件があってダンジョンの近くでないと動かない。周辺の魔力を使って稼働するそうだ。実質、温泉支部専用の備品ということだろう。
「へぇ、それが噂の魔女の道具かい? 試しに使ってみてよ」
冒険者達は俺が準備をする様子をずっと見守っていた。魔法とか新しい者が好きな人達だ。話を聞いたらダンジョンに潜るのを後回しにするくらい注目されている。
「やってみますね。……ルフィナさん。設置終わりました。これから冒険者がダンジョンに潜ります」
『はい。承知しました。こちらは異常なし。今日は村外からの冒険者が二パーティーほど、第一階層に入るそうです』
俺が問いかけると、先端の鉱石からルフィナさんの穏やかな声が流れてきた。
おおっ、という声が周囲からあがる。
「面白いわね。これ、もっと沢山出てこないかしら? そうしたら、あたし達冒険者が連絡を取るのに使えるわ」
「それはいいけど、大分珍しい鉱石みたいだからなぁ」
リナリーが非常に良いことを思いついたけれど、なかなか難しいだろう。なにせ、ラーズさんが「珍しい」と言っていたくらいなのだ。
「使い方はおいおい決まっていくだろうな。外と話せるだけでも大分違うよ。ギルドの人間を常駐させやすい」
「それは助かりますね。温泉支部ならぬ、ダンジョン支部ができちゃうなら助かります」
これはリジィさんの感想だ。今のところ、冒険者達の反応は好意的。というか、これが今後の活動にどう影響するか未知数なのもあって、好奇心ありきのものって感じだな。
「今日はこれを置いて俺が仕事をしてみますから。皆さんいつも通りやってください」
そう言って俺が着席すると、冒険者達はそれぞれダンジョンに潜っていった。
第五階層は快適だ。夏も冬も温度が変わらない。しかもうっすら明るいので、光る石を持ち込めば書類仕事もできる。
空気も循環してるから淀んだ感じはしないし、水の流れもあるから衛生面での心配も少ない。
「……もしかしたら、事務所よりもいいかもな」
誰もいなくなった第五階層で書類をチェックしながら俺はそんな言葉を漏らしていた。
することもないと困るので、仕事を持ち込んでいたんだけれど、思った以上に捗っている。周囲から声をかけられない静かな環境、まるで残業で遅くなった時のような集中力を発揮している。
ここなら天候にも左右されないし、住めるようにしたら出てこない人がいるかもしれないぞ。
たしか、大きいダンジョンだと何年も内部で暮らしている記録があったはずだ。とんでもないと思ったものだけど、今なら気持ちがわかる。
俺は、とんでもないことを理解してしまったのかもしれない。
一人そんな感慨に耽っていると、冒険者達が戻ってきた。
皆、背負った籠やリュックに採取品を満載している。
「やあ、サズさん。今日はここをやってくれるから沢山採取してみたよ」
「ありがとうございます。リジィさん」
「いいんだよ。正直、こういう採取で入るお金って馬鹿にできないからね」
俺はリジィさんパーティーが持ち込んだ採取品を素早く鑑定。金額を書き込んだ書類を作成する。これを地上の温泉支部かピーメイ村に持っていけば換金できるという寸法だ。
「こうして臨時支部があるだけで、採取品の量が安定するならかなり大きいですね」
「村としての収入にもなるよね。それでこの辺りも段々便利にしてほしいなぁ」
リジィさんはにこやかにそう語ると近くで休憩を始めた。火を起こしてお茶の準備だ。
それから続けて、ジリオラさんとリナリーも戻ってきた。やはり、採取品は満載だ。
「うん。やっぱり楽ね。サズ、とっとと人を増やして常設しなさいよ」
「気持ちはあるんだけどな。鑑定できる人があんまりいないんだよ」
「他の支部からまわして貰えないのかい? そうすりゃかなりの稼ぎになるんだけどねぇ」
「この辺りのギルド、長年ダンジョンが無かったから経験者がいないんですよ」
「ああ、そうか。難しいもんだねぇ」
「でも、俺の方でも色々やってみます。建物も大きくなりますしね」
温泉支部の拡張工事は終わりが見えつつある。居住空間が広がるなら、中に入れる人を増やさねばならない。……どこかから、経験者を引っ張ってこれないかな。ルフィナさんやダッカー並とまでは言わないから。ダンジョンのある支部での経験者を。
そんなことを考えていると、リナリーがじっとこちらを見ていた。既に鑑定は終わっている、用はないはずだが。
「どうかしたのか?」
「ねぇ、サズ。一つお願いがあるんだけど」
「……なんだ?」
身構えた。リナリーが俺にお願いをすることなど滅多にない。しかも、少し申し訳なさそうにしているではないか。
「試しに、上に連絡して食べ物届けて貰えないかしら? お金は払うから。その、こういうの出来たら便利だなって思って」
「……他の人にも聞いてみよう」
一時間後、大量のサンドイッチの詰まったバスケットを持ったステロとエニーが第五階層まで来てくれた。もちろん、採取品の回収が本来の役目だが。
「やっぱり便利よね、これ」
肉の詰まったサンドイッチを食べながら、リナリーは満足そうに新しい魔法の道具を褒めてくれた。
緊急時にルギッタを呼んだりもできるし、これは本当に使えそうだ。
しかし、上手くすれば第五階層は本当に快適になりそうだな。




