第201話:焼肉
温泉支部は山奥にあるピーメイ村の更に離れた場所にある。
商店はなく、施設はギルドと温泉の王の宿のみ。最近は頻繁に行商人が来てくれて商売をしてくれるけれど、基本的にはダンジョンと宿とギルドを行き来する生活になる。
そんな環境でも、生活の楽しみというのは存在する。
その日は冒険者達を送り出した後の業務が少ないので、急遽休んでいいことになった。どうせなら一日働こうと言ったら、勤怠状況の記録を持ってきたルフィナさんに説得されることになった。
「偉い人が休まないと、他の人も休みにくいんですよ」
そう言われると、素直に休むしかない。しっかり休むのも仕事のうちだ。
どうしたものかと考えていたら、いつの間にか外で肉を焼くことになった。
経緯としてはこうだ。
ちょっと温泉で休もうと思ったところ、温泉の王に肉を貰った。なんでも、冒険者の一人が趣味で狩りをした鹿の肉が余っていたらしい。そこでちょうど通りがかった俺にもおすそ分けということだ。
あんまり食事に対するこだわりはないけれど、肉は好きだ。
そんなわけで、ギルドの裏で焼くことにした。
ありがたいことに温泉の王は鉄板に炭まで貸してくれた。肉も食べやすい大きさに切ってある。しかも調味料つきだ。
石で簡単なかまどを作り炭を並べて、火打ち石を使って火花を起こす。その瞬間に火の精霊にお願いして着火した。ちょっとずるだが、これも精霊と仲良くなるための訓練の一環だ。
炭はすぐに熱を発して鉄板も温まったところで肉を焼く。
ギルドの裏は静かだ。冬の終わりの空気の中、焼肉の熱が心地よい。じゅうじゅうと音を立てる鹿肉の焼ける匂いもたまらないものがある。
どこかに出かけるのではなく、静かに過ごすのも大切だな。
なんとなく、そんな思いを抱く。
「おう、本当にこんなところでやってるじゃねぇか」
「おわっ」
急に声をかけられて驚いた。振り向くと、ゴウラがいた。いつもの装備だが、背中に大剣はなく、手には先程まで俺が持っていたのと同じ紙の包みがある。
「もしかして、温泉の王に鹿肉を貰ったのか?」
「ああ。そうしたら、肉貰ったお前がギルドの裏に向かったって聞いたからよ」
言いながら、ゴウラが近くに腰掛けて、自分の分の肉を鉄板に乗せ始めた。しっかりトングやフォークなど必要なものまで借りてきている。
「仲間二人はどうしたんだ?」
「あいつらは今日は村だ。他の仕事で忙しくてな」
脂身の少ない鹿肉を慎重に焼きつつ、ゴウラが言う。最近は一人で来ることも多い。コブメイ村も色々な施設が増えているのと、あの二人にも仕事が割り振られているらしい。
ゴウラは主に村同士の輸送や連絡をすることが多い。三人で揃ってダンジョンに潜る姿を見かけることも少なくなってきた。
「コブメイ村も忙しいみたいだな」
「まあ、こっちほどじゃないけどな。賑やかになったもんだよ。おかげで最近は魔物とも戦ってねぇ」
「良いことじゃないか」
「違いないな」
笑いながら、肉を食べる。手早く処理されたのか、獲った獲物が良かったのか、肉に癖や臭いがなくて美味い。揃って腹が減っていたのか、しばらく無言で肉を焼いて食べた。
「最近は村の仕事が増えてきた。あいつらも役目が出来てきたしな。俺達以外の冒険者も増えている」
遠く、世界樹の残骸である外壁を見ながら、ゴウラがしみじみとした様子で言った。
「ゴウラは村での仕事があるからな。それでいいんじゃないか? そもそも、命がけの仕事をずっと続ける方がどうかしてる」
「ギルド職員のお前がそれを言うかね。まあ、そうなんだよな。そもそも、こっちで冒険者を再開したのも、村ではぐれてるあいつらと、ピーメイ村に人がいなすぎることだったし」
「ドレン課長はとても感謝しているよ」
俺が来る前まで、ゴウラ達は周辺で唯一の冒険者だった。輸送や魔物退治など、欠かせない仕事を一手に担っていた。
「あっちも実質村長だしな。実は、コブメイ村でこっちとの折衝役にされそうなんだ。適当な名前の役目を考えてな」
「……ゴウラがやるのが一番手堅いだろうからな」
コブメイ村でも薬草の加工場が稼働しつつある。ピーメイ村とのやり取りに慣れていて、冒険者の事情にも詳しい。自分で言うのもなんだけど、こうして温泉支部の支部長とも親しく話せる。そういう話になるのは、自然な流れだろう。
「こういうのはもっと怪我とか挫折で終わるもんだと思ってたよ」
「ギルド職員としては、五体満足で仲間ごと再就職してくれるのは、とても良いことだと思うよ」
「間違いねぇ。田舎が嫌で飛び出した俺とは思えないくらい真っ当な潮時だ」
新しい肉を並べながら、ゴウラは静かな笑みを浮かべていた。
今すぐ冒険者を辞めるわけじゃない。なんとなく、村での仕事が増えて、いつの間にか引退している。彼はそんな風に冒険者名簿に「引退」の文字を書き込まれるのだろう。
こんな静かな終わりもあるのだ。冒険者にも。
その後、ゴウラと腹いっぱい肉を食べて宿に戻った。
「あらサズ、どうしたの神妙な顔をして? 王様にお肉もらって楽しんでるって聞いたんだけど?」
メリス達と大量の食事をかき込んでいるリナリーが怪訝な顔をして言ってきた。
こういう、いつまでもダンジョンに潜ってそうな人もいるのだ。冒険者には。




