待伏
久しぶり?のアルバート視点です。
「おーい、アルバート!!」
「何だ?」
市街の武器屋に点検に出していた愛剣を受け取りにいって詰所に戻ると、入口にいた同僚に大きな声で呼び止められた。
いつも思うが、何故この騎士団の同僚達は揃いも揃って声が大きいんだ。
近くにいるのにそんなに大声で呼ばなくても聞こえるだろう。
皆悪気がないのがわかっているので文句を言いにくいが、あまり酷いと煩いと口に出てしまうのは仕方がないことだと思う。
で、わざわざ私を呼ぶということは何かあったのだろうか。
今日の巡回担当は朝に終わっているし、今日は早朝番だったから何なら勤務時間ももう終わりだ。
もう終わりだったから訓練を切り上げて武器屋に行っていたわけだし。
本当は休憩時間に行こうと思っていたんだが、ライオットの訓練に付き合っていたから食事をとる時間しか取れなかったんだ。
ライオットには訓練に付き合って欲しいと頼まれることがよくあるが、彼は非常に真面目な青年で騎士団の中でも好感が持てる者のため私が断ることは殆どない。
強くあろうとする者は同志だからな。
自分の鍛錬にもなるから問題ない。
…と、話が逸れたな。
だからもう勤務を終える私に用事があるとしたら、突然の事態で人員が欲しい時くらいだと思うのだが、それにしては同僚の口調は緩い。
緊張感の欠片もないのんびりした声で呼ばれて誰が緊急のことだと思えようか。
だとすれば、一体何だ?
私はこの後、愛剣の調子を少し確かめてからユーカの所に行く予定なので、用があるなら早く済ませなければならないではないか。
出来れば手短に済む用だと良いのだが。
そう思いながら声を掛けてきた同僚騎士に返事をすると、その口からは思いがけない言葉が飛び出てきた。
「少し前に聖女様が第二騎士団に入っていったぞ」
「は?」
ユーカが第二騎士団に?
いつもなら第一騎士団に顔を出すことが多く、それ以外の騎士団に入っていくのを見かけたことがない。
何の用があって第二騎士団を訪ねたのか考えていたが「ツァーリ副団長殿も一緒だったな!」という追加の言葉で納得した。
そうか、討伐の話か。
討伐未経験のユーカに初めから第三騎士団と共に数ヶ月単位の討伐などさせるはずがないだろうから、恐らく第二騎士団管轄の近場の森になると予測はつけている。
…とうとう決まってしまったか。
剣も順調に上達しているし、話を聞いている限りでは魔法の方も格段に技量が上がっているようだ。
どこからか噂を聞きつけた上層が討伐を急かしてくるのは目に見えていたから、恐らく近い内に来ることはわかっていたが。
思ったより少し早いな。
「…そうか」
「何だ!? 随分アッサリしてるな! 喧嘩でもしたか!?」
「してない」
何故そうなる。
というか、何故そんなに楽しそうなんだ。
「何をしに行ったのか気にならないのか!?」
「大方の予想はつくからな」
「おう、アルバート!」
「今度は何だ」
「聖女様が今、第四騎士団にいるらしいぞ!」
「は?」
次から次へと何なんだと思えば、またしてもユーカの動向。
知らせてくれるのは構わないが、今度は何故第四騎士団?
彼処はまだ見習い騎士で構成されていて、討伐も近隣の極々弱い魔物しか出ない森にしか……………
成程、そこから準備していくという訳か。
ツァーリ殿らしい賢明な判断だな。
「だから、聖女様が第四騎士団に…」
「それは聞いた」
「何だよ、反応が薄いな!」
「喧嘩してないなら倦怠期か!?」
「そんな訳あるか!」
人が考え事をしているというのに近くで煩いな。
ついこちらも大声を上げてしまったじゃないか。
しかし、そんなことでめげる騎士団員達ではないので私も声を荒らげたことをいちいち気にしたりはしない。
………この捕まってる時間にすでに私の勤務時間は終わっているのではないか?
こちらに来ているのなら、もう愛剣の調整はユーカに会ってからにして迎えに行こうか。
騎士団の詰所は第一から順に奥に連なっているため、第四騎士団にいる彼女が王宮へ帰るにはまず第一騎士団の詰所前まで出て市街に戻る必要がある。
だからここで待っていても会えるだろうが、どうにも同僚達の邪魔が入る気しかしない。
それなら第四騎士団の入口で待っていて、同僚達に見つかる前に素早く抜けるか、あまり知られていない抜け道を通って邪魔なく行ける方がいい。
他意がないことはわかっているが、アイツらは皆距離が近いんだ。
…不思議なものだな。
以前は私も距離など気にしたことがなかった。
周りも同じような距離感だったこともあり、何も疑問に感じていなかったのだが、ユーカに焦がれるようになってからというもの、彼女への距離が気になって仕方ないんだ。
私自身、他の女性に対して同じことをしていたはずなのに。
いや、何だったら私が自身の想いを自覚するまでの間にユーカに対しても同様の距離で接していたはずだ。
彼女はよく私が近付くと慌てていたけれど、それは違う国の方だから感覚が違うのだろうと思っていた。
でも違うんだな……好きな人に近くで触れるのは自分だけで在りたいと思う。
反対に、自分を近くで触れてくれるのは好きな人だけで良いとも思う。
この感覚をもう少し早く知っていれば、きっと私はユーカに対しての距離を間違えなかっただろう。
とはいえ、間違えたまま押し通したけれども。
さて、そうと決まれば第四騎士団に移動しておくか。
まだここを通っていないようだから、向こうを出ていたとしても途中ですれ違えるだろう。
「それじゃ、私は行くから」
「あれ、お前もう終わりか!」
「おう、お疲れ!」
「どこ行くんだ!?」
「聖女様はいいのか!?」
「第四騎士団だぞ!」
「聖女様によろしくな!」
「よろしくじゃない! わかっているなら聞くな!」
全くコイツらは。
楽しそうな顔してどこ行くんだなんて聞いてきてる時点でわかっているんだろう。
ただ、皆面白がっているだけで応援してくれているのはわかっている。
ディガーにも味方は増やしておけと言われているし、彼らの気持ちは有難いから好きにさせているが面倒な気持ちもない訳ではない。
こうして囲まれるのは面倒以外の何物でもないしな。
「アルバート? 何してるんだ?」
「ディガーか」
「もう終わりだろ? 聖女様の所に行かないのか?」
「ああ。第四騎士団に行ってくる」
「第四騎士団? 何か用事があるのか?」
「そこにユーカがいるらしくてな」
「聖女様が第四騎士団に………もしかすると、先日話されていた討伐の件だろうか…」
「恐らくな」
「ま、お前には話してくれるだろう。行ってこい」
「ああ。それじゃ、後で」
私が輪の中を抜けてもわいわいと騒いでいる同僚達を横目に詰所の入口を出ようとすると、ちょうど巡回から戻ったらしいディガー達と出会した。
そこで少し立ち話をして、早々に別れる。
ディガーは時々面白がって私を揶揄うことはあるが、元来聡い男であるためこちらの意図を察してくれることが多く、話が早いので助かるところだ。
それに、滅多に大声を出さないところもな。
ディガーと別れ、今度こそ詰所を出て奥まった道を進んでいく。
第二騎士団、第三騎士団と通る度にいちいち声を掛けられるのは少し億劫だったが仕方ない。
声を掛けられるといっても、第一騎士団の同僚達みたいに囲まれることも揶揄われるようなこともない。
まがりなりにも第一騎士団の方が第二、第三騎士団より上とされているからな。
ただ、私がここを通るのは珍しいからか、歩く度に挨拶がひっきりなしに飛んでくる。
私は剣が振るえれば良いのであまり気にしたことがなかったが、下手に絡まれなくて済むという点では第一騎士団まで上り詰めてよかったと思うべきか。
今までなら気にしたことがなかったことを少し気にするようになったのはきっと彼女の影響なんだろう。
その変化を自分でも良しとしているのだから、本当にユーカの存在は大きいのだと改めて思う。
さて、第四騎士団の入口に到着しても人影はない。
もう出ていったということもないだろうから、ここで待たせてもらうことにしよう。
ツァーリ殿には揶揄われるか呆れられるだろうが、私は早くユーカに会いたいだけなのだから気にしていられない。
ここで用事が終わりならユーカは私が送れば良いし、まだ用事があるというのなら着いていけば良い。
とにかく早く出てこないかとソワソワしながら待つ自分が、自分でも意外すぎて少し笑えてきてしまう。
過去の私に見せてやりたいくらいだな。
いつ出てくるのだろう。
出てきて私を見たらどんな反応をされるだろうか。
ああ、楽しみだ。
読んで下さってありがとうございます!
アルバートは真っ直ぐなだけなので書きやすくて助かります……
今までは剣だけに真っ直ぐだったのか、今はそれに佑花が追加されただけですからね。
書いてて、どれだけ佑花好きなの…って真顔になることもありますが、溺愛系大好きなのできっとブレません。




