距離
デート(仮)の続きですー
服も買ってもらって、髪飾りも買ってもらって、食料品を買う前に少し休憩しようと立ち寄った露店で私達は菓子パンを頬張っていた。
「この国は本当に菓子パン好きだよね」
「私は慣れているが、たまにユーカ殿の作るニホンの食事が食べたくなるな」
「簡単なのならまた作るよ」
私が作ったご飯を食べたのはツァーリ様とアルバート様の他に、魔法付与の実験に付き合ってくれた騎士さん、魔道士さん。
実は料理長であるサライズ様にも出したことないのよね。
いっそ宰相様や王様に食べてもらって菓子パンばかりがご飯じゃないことを知ってもらおうかとも思ったけど、お菓子より優先順位が低いので未だに行動に起こしてない。
まぁ、菓子パンでも生きていけるし。
そういえば、揚げパンみたいなやつはあるのにドーナツって見ないね?
もしかして無いのかな?
ドーナツなら菓子パンの代わりになりそうだし、今度サライズ様に教えてみようか…
なんて考え事をしていたら手が止まっていた私を覗き込んでいるアルバート様。
ち、近いっっ!!!
「なっ、ななななななに!?」
「いや、ぼんやりしているようだったから具合でも悪くなったのかと」
「だだだ大丈夫!」
「本当に?」
本当に大丈夫なので離れてください!!
私が慌ててアルバート様の身体を押し返すと、上からクスッと笑みが零れてきた。
笑わないでよ!
「ふふ、相変わらずユーカ殿は初々しくて可愛らしいな」
「かっ、か、かわ…!?」
「もう少し慣れてもいいものだが」
「そんなすぐに慣れるわけないからっ!」
やっぱりからかわれてる。
珍獣扱いするのは勝手だけど、私で遊ぶのはやめてほしい。
平静を装ってるけど、アルバート様はただでさえカッコイイから意識するとすぐドキドキしちゃうんだよぉ…!
なるべくアルバート様に意識を向けないように深呼吸して上を向く。
そうすればアルバート様の優しい目がまっすぐに向けられてパチリと目が合った。
…アルバート様の瞳っていつ見ても綺麗な色。
海のように澄んでいて、でも空のように明るい青。
吸い込まれそうな程に透明感の強い瞳。
シェナード様も同じ色だったから、ご両親もそうなのかな?
いつもこんな至近距離で見ることなんてなかったから、その綺麗さに目が離せなくなる。
「私の顔に何かついているかな?」
「えっ?」
「そんなに見られるとさすがに恥ずかしいな…」
私がぼんやり見つめすぎたせいで居た堪れなくなったらしいアルバート様が少し顔を赤らめてそっと目を伏せる。
うわぁ、照れてるアルバート様とか超レアじゃない!?
初めて見るんだけど!
何と言うか……可愛い。
…………って、そうじゃないから!
「ごっ、ごめんなさい! あの、目が…」
「目?」
「うん。綺麗な色だなぁって思って…」
「そう?」
最初に顔を近づけてきたのはアルバート様とはいえ、さすがにガン見するのは失礼だったなぁ…
気分悪くさせてないか心配…
「それを言ったらユーカ殿の瞳もそうだろう」
「え?」
「遠目には黒く見えるが、こうして近くで見ると存外茶色が強いんだな」
慌てて離れたというのに、また顔を近づけて目を覗きこまれる。
またしても綺麗な青が目の前に広がり、私はそのまま硬直してしまった。
「こちらでは見ない色だが、綺麗な色だ」
お礼を言う所なのかもしれないけど、私には難易度が高すぎる。
応えることも、身動きすらとれず、ただ口をパクパクさせるしかなかった。
程なくして視線から解放されたものの、アルバート様の顔を見るだけで恥ずかしくなってしまって目を合わせることが出来ない。
その度にアルバート様が困った顔をしているのは雰囲気でわかったけど、だからといってどうすることもできないのです。
それもこれも私に恋愛経験がないから異性と至近距離というものに免疫が一切ないせいだ。
興味なかったわけじゃないけど、縁がなかったというか…
好きになった人にはすでに彼女がいるパターンが多かったからなぁ…
彼氏いなくても、友達と遊んだりお菓子作って過ごしてたらそれで十分幸せだったからあんまりガツガツしてなかったし。
でもこんなことになるなら、一人くらい付き合っておけばよかったかもしれないとは思う。
「ユーカ殿。ほら、あちらに変わった食材があるようだよ」
「変わった食材?」
俯いたままエスコートされて歩いていた私は、掛けられた言葉に顔を上げる。
指差された先に見えたのは、何やらここまでの露店とは一風変わった雰囲気のお店だった。
確かに食材を扱ってるみたいだけど…
何か乾燥物とか粉類が多そう…?
使えそうな物はあるだろうかと見回してみると、意外な物が売られていることに気付く。
「何か欲しいものがあったのか?」
私があるものを手に取ってまじまじと見ているものだから、アルバート様も気になったらしい。
手元を覗き込んで「これは何だ…?」と眉を顰めている。
それはそうだよね、だって見た目には食べ物に見えないし。
「これ! 探してたんだけど、まさか本当にあるとは!」
「…何に使うんだ?」
「プリン!」
「ぷりん!?」
そう、私が見つけたのはゼラチン。
それも粉ではなく板。
見たことない人からすれば何これってなるのも無理はない。
固いスポンジみたいな形だし、ゴワゴワしててどう見ても食べ物に見えないから。
というか、片栗粉の時も思ったけど何でここはその大元を食べないのに、それを加工したものは売ってるの?
ゼラチンって確か牛とか豚の骨や皮のコラーゲンから出来るって聞いた事あるけど、この国お肉食べないじゃない。
「お、珍しいモンに目をつけたねぇ」
「これってゼラチンですよね?」
「ぜら…? 名前があんのか知らねぇけど、余った牛の骨で色々試してたら出来たんだよ」
「色々……」
「そんでそれを水に漬けたらぶよぶよして変な感触でさ。子どもの遊び道具として売ろうかと思ったんだが」
「これ、たくさん作ることって出来ます?」
「子どもの玩具をかい? まぁ出来るだろうが…」
「そしたら、それ定期的に買わせてください!」
「ユーカ殿!?」
「俺はいいが……嬢ちゃん、そんなの何に使うんだい?」
それまで黙って私と店主のやり取りを見ていたアルバート様は驚いているし、店主のおじさんもものすごく不思議がっている。
私は作りたい物があるとだけ話し、おじさんにまた相談に来ると言ってそこにあるだけのゼラチンを購入して店を離れた。
「そんなにたくさん必要な物なのか?」
どうしても食べ物に使うように見えないらしいアルバート様が聞いてくる。
どうやら自分の好きなプリンにも使われると聞いて信じられないようだ。
「これがあればゼリーもムースも作れるからね」
「ぜりー…むーす…?」
「どれもお菓子だよ」
パンナコッタやババロア、レアチーズケーキなんかも作れるね!
早く色々試したい!
きっとアルバート様はゼラチンのプリンも気に入ってくれると思うのよね。
一応後でお茶する用にいつもの固めプリンと、とろとろの蒸しプリンは作って冷やしてるけど、ゼラチンのプルプル感はまた違うから。
帰ったら作ってあげよう。
それからまた色んな露店を見て回って、私ははちみつやかぼちゃ、さつまいもを発掘していた。
「わーっ! さつまいもがある!」
「それは食べられるのか?」
「えっ!?」
またか。
じゃあ何で食べれないものを作って売ってるのか聞きたいわ。
もしかしたら、貴族様は食べないけど市井では食べられてる、なんてこともあるかもしれないけどね。
「これ、めっちゃ美味しいお菓子作れるんだよ」
「そうなのか!?」
「今度作るね!」
「ありがとう。楽しみにしておくよ」
スイートポテトは私の好物の一つだから、さつまいもが見つかったのはすごく嬉しい。
さっきはちみつもゲットしたからこれでかなり幅が広がりそうだわ!
たくさんの荷物を(アルバート様の)手に、私は大満足で市井を後にした。
その頃には一方的に気まずくなっていたことなんて忘れ、いつも通りの距離感に戻っていたのだけれど、それに気づくのはまだしばらく先の話。
読んで下さってありがとうございます!
いつになったら恋愛要素が追加できるのか……でも確実に距離が縮まっている二人です。




