《36》神扇半島花まつり6
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「んん…んぁ…。」
それから目を覚ましたのは…何時間後だったろうか。少なからずオレンジ色を残した空がまだ日付が変わっていない事を教えてくれた。
「時計…。んっ?!」
体を起こして目の前のスマホを取ろうとしたが体が動かなかった。左腕がすっかり全部痺れている。それもそうだ。杏果が猫のように丸まって左腕を抱いて肩を枕にしているのだから。すやすやと規則正しい穏やかな寝息が聞こえる。人肌の心地よい重みと暖かさだ。普段よりずっと間近で瑞々しい肌や閉じられた瞳、形のいい赤い唇が見える。じぃーっと寝顔を見つめていると全身血が沸き立ってきた。突発的に高貴で綺麗な物を壊すように小さな杏果の頭を押さえ込んで綺麗な唇に貪りついて、わずかに空いた口の中を舌で犯したくなる衝動に駆られた。男ならではの獣性だ。一人がけソファーで密着されるとその柔らかく細い肉体を意識せざるを得ない。
「杏果…。起きてくれ。杏果。」
「んー?もーちょっとぉ…。」
「ちょっ…。」
肩を揺らして杏果を起こすが寝ぼけ声の寝ぼけ杏果が首に腕を回して抱きついてきた。ただでさえ密着していた身体がさらにくっつく。暖かい吐息が顔にかかる。手の甲は太ももに挟まれ、腕に腹の柔らかさが、二の腕からは胸の下着特有の固さが伝わる。さすがにまずいので少し強めに揺らして起きてもらう。
「おい!杏果!起きろ!」
「…うるさぁい。」
「んぐぅ…!」
手で口を塞がれ、そのまま眠りにつかれた。どうやらお嬢様は寝起きが悪いらしい。「かくなる上は…」と脱出を試み、割とするりと抜け出しおおせた。半身にあった杏果の重みと温もりがなくなったのは少し寂しかったが、あのままの方がずっと精神衛生的に悪い。
茶碗に残ったハーブティーの色は青から紫になっていた。スマホを開くと17:37の表示。3時間ほどあれから経過していた。『マロウ』『ハーブティー』と調べるといくつかの植物の画像とハーブティーについての記事が載っていた。このハーブティーは温度の変化で色が変わるようだ。レモンを入れるとピンクになるんだとか。その変化から『夜明けのハーブティー』と呼ばれるらしい。原理について説明もあったけどバリバリ文系の俺にはさっぱりわからなかった。
もう一口啜ってみる。眠気の原因がわかった。生姜だ。まかりなりにも一人暮らしなので料理はする。眠い体にお日様と体の内側から温められ、座り心地のいいソファーの三重奏を奏でられれば睡眠薬なんて入れずとも眠りに落ちるのは当然。一気に残りを飲み干し備え付けの洗面台へ置きにいく。
ごとり。
「ん?」
洗面台から戻ると何かが落ちる音がした。見ると杏果の足元にスマホが落ちていた。おそらく手に持っていたが寝返りの弾みに落ちてしまったんだろう。床に落としておくのも難なので拾い上げようと椅子にへ向かう。スマホは背を向けて落ちており、画面は確認できない。拾い上げようととしたその時、静かな部屋に似つかわない、けたたましいドアを叩く音がした。
「照史!!すまない!いたらでてきてくれ!!修三叔父さんが腰をやっちまった!!」
親父の声だ。…「腰か。」いつかの宴の恋愛神の言葉が蘇った。…ひとまず外の対応をしなくては、とスマホはそのままにドアを開ける。
「どうしたんだ?」
「あぁ!照史!いてくれてよかった!修三叔父さんがビールコンテナを運んでたらギックリ腰だ!この忙しい時期で人手が足りない!」
「それで俺に?どこの倉庫だ?ビールコンテナを厨房のヴィバレッジフリーザーでいいな?」
親父の切迫した口調から、事は急を要すことがわかる。俺とて藤堂家の人間なだけにさすがに無視はできない。
「すまない!三番倉庫だ!ユウヒのビールを頼む!32ケースだ!」
「ユウヒだと一つ9で288か?すごい量だな!?」
「70名規模のツアー団体様がいらっしゃっている!一人5本くらいで350本用意があったんだが、前半の疲労がたたったようだ!半分は運んである!」
「了解。任された。」
「助かる!やるときには服は作業着な!灰の袴と紺の上衣と紋入りはっぴがコレだ!タスキ!」
「おぉ…。」
俺にどさどさと作業着の和服制服を渡した親父が俺の顔を見てなぜか眉をひそめた。一瞬部屋を見てチラリ声のトーンが変わった。この声は何か直接言えないことがあるときに使われる。
「…悪い事は言わない。鏡見てからにしろよ?」
「なんか嫌な言い方だな…。寝起きだからそうはするけど。」
「…そうしろ。特に首な。」
「首…。」
「もうあとは頼んだぞ!終わったら杏果ちゃんとデートでもして来い!飯の時間は調整してやるよ!!」
「彼女じゃねぇつってんだろ!」
最後の最後でちゃらけていった親父の背中に怒号の矢を飛ばして部屋に戻る。杏果はまだ寝ているようだ。洗面所で着替える。向こうでは剣道をやっていたし毎年きているだけあってもう手慣れたものだ。傷のない左手がズキリと疼いた。まゆがひそまる。
鏡で自分を見る。寝起きの中途半端な顔があった。朝に比べれは幾分ゾンビよりも人間に戻っているようだ。首と言っていたな、と和服の上から覗き込んで、驚愕した。喉仏のあたりに血が集まって赤くなっていたのだ。そしてそれはきっとそこらのギャルゲー主人公なら何かわからずに虫刺されと言うだろう。されど俺はソレを知っている。
キスマークだ。
欲求を示す喉へのキス。そこに込められた意味は?突然俺の特殊配備用思考回路が起動した。ひとまず何事ないかのように服をたたんで『すこし手伝いをすることになった。1時間もしないで戻る。鍵は持ってくな。18:03』と書き残していく。そして現在時刻が17:45分であることを確認し、盗み見るように寝ている杏果の足元を見てから鍵をとってドアを出る。バタリと音をあえて立てて出る。
スタスタと廊下を歩きながら、そこらの客人に笑顔で「ご要望がございましたらどうぞ!」と愛想を振りまく。しかし顔に現れている笑顔ほど心は穏やかではなかった。頭にさっき見た風景を蘇す。部屋を出る前にみた杏果の足元には、あったはずのスマホがなかった。
つまり…、杏果は『起きていた。』
杏果はスマホを隠し、なおかつ寝たふりをして俺をやり過ごした。その真意は?首に付けられたキスマークはなぜ?いろんな思考がよぎる。思考回路を何本も同時に形成してロジックを立てる。本読みでよかった。あちこちの天才から知識や本の流れからおよその筋を立てる。同時に回す回路の量が多すぎて頭がヒートしそうだ。
業務員用出入り口から、下駄に履き替え業者搬入倉庫の第三倉庫へ。両手で巨大で重い銀の扉を開く。中から冷たい風が全身を一気に冷やした。されど俺の頭の中を冷やすには全然足りない。手前に積み置かれたビールコンテナを次から次へと運び出して厨房にあるヴィバレッジフリーザーにコンテナからだして並べて詰め込む。
運び込んでいる間にラテラルシンキングでひらめき出したありとあらゆる可能性をロジカルシンキングで掘り下げる。しかし残念ながらどのルートも「その時杏果は何を思った?」という問題にぶつかる。陰陽師でしかない俺には陽キャのように人の心は読めない。自分のコミュニティの狭さの表れだ。さらに考える。一般項も特殊な可能性も思いつく限り複雑に。
「なにもわからねぇ…。でも、これが俺にとって死ぬ可能性をもたらしていた事はわかる。」
本当は無理がたたって叔父貴はグッキリ腰になったわけじゃない。こうなると決められていた運命だ。むしろ、お陰でなんらかの形で俺が社会的死亡を免れた。
その意味ではありがとう。叔父貴。いや、祝い事じゃないけどな。あまり不謹慎なことを考えるべきではないな。
いつかの宴で恋愛神に言われたことを思い出していた。仕組まれた神の力の発動はスマホを拾おうとしたことがトリガー。ならばアレに全ての答えがあるはずだ。しかしどうやら杏果はソレを隠したい様子。なかなか厄介な話になりそうだ。杏果の思慮深さは俺の比ではない。本気で考えてもやっと杏果の掌の上を抜け出せるかどうかだ。
それもそれで一つ課題だが、最大の問題はその予兆なく俺の死への道が開かれたことだ。せめてあの日の昼休みのように『真実をからかってやろう』とした意図があったうえに、俺の行動要因がはっきりしていて発動するならそんなことをやめればいい。しかし今回は『ただスマホを拾おうとした。』だけでコレだ。思った以上に簡単に落っこちるかもしれない。
そんなことを考えているうちにコンテナの山は半分以上が消えていた。やはり考え事をしているとモノゴトは早く進む。ガコン!ガコン!ガチャガチャとコンテナを運び込む。冷たい空気と暑い空気が俺の体の温度を変えて、それを調整しようとする体が、脳からエネルギーを奪う。
「やばい。思考が詰まってきた。長門か榊がいてくれれば…。長門はダメか。」
エネルギーがなくなれば思考は回らなくなる。頭の中が頓挫し始めた。ひとまず一旦ミスを防ぐために思考をセーブする。無言でコンテナを運ぶ。
「参ったな…。これじゃあの世に直行だな。」
どうしても神の加護がなかった時のことがよぎる。今頃俺はどうにかされて杏果に搾られていた頃だろう。そのままその結果、杏果は孕んで…。…やめよう。
しかしそうなると俺を拘束できる何かがあるということだ。さすがにそんなことされれば起きる。だから俺が起きてもなお、縛れるなにかを持っていないとこれは成功しない。いや、もしかしたら寝てる間に?だったらなぜ叔父貴が腰をグギッたかが証明つかなくなる。アレは俺が危なくなるタイミングでそれの回避のために発動することになっている。
真実はナイフ、早見は金槌、杏果は拘束具、いよいよそれなりじゃないか?身の毛がよだつのと同時にゲーマー本能の武者震いがした。何故だろう?ゲームをしているわけではないのに。
「もう本格的にっ、わかんないなっ。ラスイチ!よっこいせぇっ!」
コンテナを積み上げながら吐き捨て、ラスト一つを積み上げて作業を終えた。時計を確認する。18:50。あたりはすっかり暗い。部屋を見れば電気が付いている。杏果が起きているということだ。まぁ、ちょうどいいな。最後の試しをするために急いで親父と叔父貴に報告して部屋に戻る。叔父貴にはたいそう感謝された。むしろこっちが感謝なのだが…。
「ただいま〜。」
部屋の階あたりで息を整えて何事もなかったように部屋を開けた。
「おかえりっ!」
杏果はいつもの笑顔で迎えてくれた。今の俺にはそれが貼り付けられた仮面に見えた。
「今何時?」
「んー?んーとね。18:55分!早かったね!」
『早かったね』…か。たまたまか?それとも考えてか?俺は正しくは10分遅刻している。ふつうに『遅かったね。』と言われれば、「1時間で戻る」と言った17:45分の時間を知っていることになるからその時間に起きていたことの証明になる。それにかけたがダメだった。やはり一筋縄ではいかない。今はそこのことについて考えることをやめた。
「着物姿いいねっ!」
「これか?」
そう言って杏果が俺の周りをくるくる回って色んな角度から見ている。両手の親指と人差し指で四角を作ってカメラマンのようなことをしていて実際に撮られているようですこし恥ずかしかった。
「一般従業員用だぜ?」
「そっちの方が珍しいよっ!背中のはお店のロゴだよねっ!」
「まぁ。スタッフならスタッフとわかる格好しないとな。」
「写真撮らせてっ?」
「写真?いいけど?」
許可をするとたちまち杏果がスマホを出してパシャパシャとやり始めた。店の宣伝にはちょうどいいだろう。作業前に親父に言われたことを思い出した。癪ながらその提案に乗らせてもらう。
「今から外に出れるか?」
「外?」
「出店回らないか?」
「わぁっ!うんっ!行くっ!」
初めは不思議そうな顔をしていたが、出店巡りを提案したらパァァッと光を放つような笑顔になって食いついてきた。ストレートに喜ばれると嬉しい。
服を着替えから親父のところに顔をだして外へ出る。出る前に「オウ!楽しんでこい!帰ってきたら言えよ!晩飯用意するから!」と嫌なニヤニヤで言われたがもうほっておく。その笑顔の意味など考えるまでもない。
「夜も綺麗だねっ。」
「夜桜見物もいいもんだ。」
月光の下に千本桜が全て下からライトアップされ、灯篭には火が入れられている。吊るされた提灯も火がともり、青、緑、赤や黄色と極彩色の世界が出来上がっていた。夜なのですこし冷たい風が吹き、白い花びらを舞わせ、白い花弁は闇の中で光を反射してキラキラ光っている。人混みを多い方ではあるけれど昼間のように川になってはおらず、かなり自由に動ける。無駄な喧騒も少なく、呼び込みの声もよく通り、宮囃子の太鼓と笛の音が軽快で疾走感ある音楽を奏でテンションが上がる。和風の理想郷の祭りがここにあった。
「さて、行くか!」
杏果がさりげなく腕に巻きついてスタンバイ完了。俺たち二人は夜の宴へ繰り出した。
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