《38》神扇半島花まつり5
皆さんこんにちは!
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「この人は、相澤杏果。クラスが一緒なんだ。」
「はじめまして!相澤ですぅ〜。」
簡略的に必要用件だけで父と叔父に杏果を紹介する。杏果はすでに猫頭巾をすっぽりと被って臨戦態勢。目の前の大の男二人が顔を付けあわせて何か頷いたかと思ったらいたずらっぽくニヤニヤ笑い始めた。
「「彼女か?」」
「違うわ!」
ハモって冷やかしてきやがった。始まったよ…。こうなるから必要最低限でしか紹介しなかったんだ。どうせ言わなくても根掘り葉掘り根こそぎぜーんぶ聞かれるのがオチだが、ほんのささやかな抵抗をしたつもりの紹介ではなんの効果もなかった。どうして息子のことになると親父って面倒くさいんだろうか。
「またまた〜。こんな美人さんを連れてるなんて、照史君も隅に置けないな〜。」
「美人さんなんてそんなぁ!」
「いやー!本当に美人な彼女さんだ!いつもゲームばかりだから父さん心配してたけど、これで安心したぞ!」
「彼女じゃねぇつってんだろ?!」
本当に人の話を聞かない。ちょっと女の子と一緒にいるとすぐこれでかったるいたらありゃしない。と嫌気がさした。
「でも、相澤さんはどうなの?」
「照史くんが良ければいつでも歓迎ですぅ!!」
「「フゥー!やるぅ!!」」
おふざけ男子高校生のノリの親父たちと俺とでは多分精神年齢が逆転している。杏果も杏果でかなりノリノリの様子だし、この場でまともなのは唯一俺だけだ。
「杏果!話を拗らせないでくれ!」
「おっ?照史が下の名前で呼ぶのは真実ちゃんくらいじゃなかったか?」
「あっ…、これにはすこしわけが…。」
「…そうね…照史くんとは…きゃっ…。」
「おぉー!!!」
こいつら本当に揚げ足をとるのだけはうまくて腹立たしい。顔を赤らめながら両手で頬を覆ってそっぽを向いた杏果の反応はすこし可愛いと思ってしまったがここでは勘弁願いたい!
「頼むからへんなリアクションはしないでくれ!」
「でも、キス…しちゃった、よねっ?」
「ちょっ!あれはちがっ…!」
横目づかいで頬を赤らめた笑顔の杏果の衝撃の発言。親父と叔父貴の顔がキラキラァと輝き始めて、ニタニタァとさらにウザい顔になった。しかもあれはキスではない。
「やるじゃねぇか照史ぉ!!」
「一人前の男になったな!照史君!」
「ちょっ、痛い!」
言葉を被せて叔父貴と親父が背中をバンバン叩いてくる。地味に痛くてウザいからやめてほしい。
「父さん、真実ちゃんと付き合って結婚するんじゃないかと思ってたが!照史はこういう子がタイプなんだなぁ!!」
「急に話を飛躍させるな!!」
いきなり何を言い出すこの親父は!隣で杏果が赤くなって指を絡ませてもじもじし始めた。
「いいんじゃないかなぁ?照史君と杏果ちゃんの二人でいつかはここを経営するってのも。」
「ちょっと待て。なんの話ですか?」
嫌な単語が聞こえた。経営?
「晴人はどうするつもりだ?お前の息子だろ?」
「もともとここは藤堂家共通財産だからな。お客さんが来てくれる方がいい!晴人は料理人目指して絶賛修行中だ!終わったらここの板前になってもらおう!」
「杏果ちゃんは人前出るの嫌いか?」
「いいえ〜!だいじょーぶですよぅ!」
「「おぉー!」」
「照史!よかったな!お前の将来決まったな!」
「勝手に俺の将来決めるな!!」
理由も中身の説明もなく勝手に最後まで話が勧められて俺の将来が決まったが、俺からすればたまったもんじゃない。そういうことを言うとかえってやりたくなくなるって事を知らないのではないだろうか?
「あーもう!他のお客さんいるんじゃないのかよ!!」
「おぉー!そうだなぁ!そっち行くかぁ!部屋は藤の間だよ。これ鍵。」
「それじゃあ照史!また後でな!杏果ちゃんもね!」
「はぁい!」
「はよいけっ!」
「「おぉー怖い怖いっ!しししっ。」」
キリがなくなるのでお客さんをだしに追い返す。男二人はトテトテ〜とこっちを最後までニヤニヤしながら奥に消えていった。今日は精神的に疲れることが多い。「はぁ…。」と一つため息をついた。
「お疲れっ?」
「おそらく今日一…。」
「ごめんねっ?」
「そう思うならやらんでくれや…。」
くったりとしながらほとんど埋まった靴入れの空きに靴を入れて鍵を抜き、あがり込む。「藤の間」のある本館2階を目指す。従業員のほとんどが顔見知りなので一言二言挨拶を交わしながら、漆喰や板でできた、向こうでいう大正ロマンを匂わせる館内を進む。大和と日本は歴史が違うのでほぼ同じ感じでいてもわずかに違いがある。だからこの旅館を向こうで例えるなら昔、家族で行った『渋温泉の金具屋』に似ている。あの旅館は街の風景からどっぷりと大正ロマンに浸ることができた。もう行くことは叶わないが、願がわくばもう一度…。懐かしい風景がフラッシュバックして涙腺が決壊しそうになった。
「懐かしいな…。」
「何がっ?」
「いや、なんでもない。」
「おっ!照史じゃないか!立派になったな!」
「ん?あぁ、お久しぶりです。姉御。」
立っていたのは仲居筆頭、近藤明代だった。27という若さで凄腕客さばきの能力を認められて満場一致で中居筆頭を預かるところになった。特徴ある男勝りの口調と気の強さが顔に現れ、そこらの男よりもイケメンだ。
「姉御って呼ぶなっての!」
「あいたっ!」
ガツン!と音が出そうな力で頭を叩かれた。別に悪ふざけで言っているわけではない。彼女のオーラや振る舞いが自ずとそう呼ばせるのだ。
「まぁいいや。あんたらの荷物は部屋に運んであるよ。」
「ありがとうございます。」
「はいよ。照史、暇になったら手伝いに来たっていいんだからね。こっちが手が足りないのは知ってんだろ?」
「はい。暇になったら行きます。」
「期待してるぞ。」と言って去っていくその姿をずっと見ていた。やはり、若くして筆頭レベルに登りつめるような人の後ろ姿には正に「背中で語る」という言葉がよく似合う。そんなことを思っていたら隣から吹雪が吹き始めた。杏果の目が死んでる。
「あのー?杏果?杏果さん?」
「照史くン。あァいうのが好きナノ?」
「はい?」
「だって姉御って呼んでたもんっ!私はおねぇちゃんって呼んでくれないのにっ!!!」
「はいぃ?!」
『嫉妬ですか?!』という言葉は飲み込んで、朝言っていたことを思い出したかのように子供がだだこねるみたいに抗議する杏果に『そんなことはすっかり忘れていた。』なんて言葉は間違いなく悪化するのでしまい込む。だが、ここまで原因がわかっていれば対応は簡単。
「はいはい、ほらはやく行くよ。おねぇちゃん。」
「うんっ!はやく案内したまえっ!弟よっ!」
チョロい。まさに残姉ちゃん。ちょっとリップサービスするだけですっかり吹雪を収めて俺の後をご機嫌についてくる。しかし、扱いが楽なことに越したことはないと思う。
「ここだ。」
頭の上に『藤の間』と書かれた看板がついたドアを開ける。中にはいかにも和風旅館のように座椅子、テーブルにテレビ、奥には障子を隔てて椅子と机が置かれていた。
「すごいところだねぇ…。」
本日何度目の感心か、杏果は再び惚けてしまった。今見ている窓の外の風景もこれまた一等品だ。本館が敷居から少し離れているので祭り会場の喧騒も気にならない。遠くに聞こえる宮囃子がこの和風の部屋の味を引き立出せる。
「そりゃそうさ。なにせこの花祭の宿泊施設の激戦区で生き残れるほどクオリティーは高いんだから!」
自分の『身内』の旅館だからこそ贔屓して自慢してしまう。一年で一度しか繁盛期が来ないここではここで集客するほか、普段から利用してもらえるくらい繁盛しないと簡単に潰れてしまう。その中ではウチはそれなりにイケてる方だ。少なからず「めっちゃ忙しい時期」か「忙しい時期」かのどちらかしかなくて閑古鳥の声は聞いたことがない。
「ここってポットか急須ってあるかなっ。」
「ん?お茶なら冷蔵庫にあると思うぞ?すでにいれてもらってあるから。」
「違うわっ。これよっ!」
杏果が先送りの荷物のキャリーバッグから取り出したのは銀色の筒状の何か。「それは?」と聞いてみても「ふふふっ。」と笑って誤魔化されてしまう。
「…急須とポットならそこにあるぞ。お湯は…なかったら洗面台の水だ。ちなみにそのポット、大和茶のために80〜70度という親切設計。」
「ありがとっ。お湯は…あるわっ。」
キュポンっと軽い音がして筒状の何かが開けられた。中身を急須に入れていく。
「何を入れてるんだ?」
「それは後でのお楽しみっ。アレルギーってなんかある?」
「んー?花粉だな。食いもんはなんもない。なぜだ?」
「ちょっとねっ!ないならいいのっ!」
ずっとこんな調子ではぐらかされる。すごく気になってきた。いたずら心全開でそっと忍び寄ってみる。
「わわっ。ダメだってっ!」
いち早く感知した杏果に見つかって怒られた。急須を手で覆い隠して、小さい子供に「めっ!」と言いいそうな口調だ。さすがにこれ以上は無理があろう。一度引き下がって窓の外に目を向ける。三徹明けの体力ではもうそろそろ限界が近い。ふかふかな一人がけソファと春の日向がポカポカが眠気を誘う。
「ここの景色もいいねっ。」
急須の作業を終えたのだろう。茶葉の開くまでを待つように俺の向かいの椅子にやってきた。
「だろ?毎年この景色を見ることなく働いてるんだから今年は特別だなぁ…。働かないって、なんかズルしてる気がしてきた…。今から手伝い行こうかな…。」
「まさかのワーカーホリックっ?!」
「冗談だよ。そこまで社畜精神は芽生えてない。」
軽口を叩く元気はある。しかし、ほかの人がパタパタ甲斐甲斐しく働いているのをただみているのでは客とはいえ気がひける。その後二、三会話を交わしつつ、時間が来たのか、杏果が急須の中身を白い茶碗に入れて持ってきた。しかしお茶にしては長い気がする。
「これは?青?」
中には鮮やかな青の液体が揺れていた。着色料らしくない、自然に出された青だ。小さい時につくった植物の色水を思い出した。
「ハーブティーのマロウよっ。ほんとはティーポットでやりたいところだけど、ないものは仕方ないわっ。何度もいれていたから感覚でやってみたけど成功ねっ!」
「ハーブティーというと…。」
「自家製っ!資格持ってるお母さんに教えてもらって頑張ったんだから!」
少し自慢げに話してくれた。姫宮はかなり紅茶をいれるのが上手いがハーブティーはついぞ飲んだことがない。青いハーブティーを少し飲んでみる。無味かと言われれば決してそんなことではないが控えめで、緑茶や紅茶と違って味があるというよりもかすかに香る香りを楽しむものという感じでハーブティーがいれるときの見た目を楽しむ嗜好品として広く人気がある理由がわかった。
「いい香りだな。とても美味い。」
「そう?ならよかったっ。あんまりマロウは味も香りもそんなに強くないから飲む人を選ぶの。」
「効能とかはあるのか?ハーブティーといえば大体カモミールの安眠効果ってイメージだが。」
「喉がいがつく時とかに効果があるわ。かのヒポクライテスも風邪を患った人にマロウを処方したって言うくらい古くから知られているわっ。」
ヒポクライテス、向こうでいうヒポクラテスに相当している人物だ。なんか少しずつ向こうとは違うから頭が痛くなってくる。もう考えるのはやめて、そういうものだと受け止めてしまうに限るだろう。
「そんな古い時代から…。ハーブティーって2300年前から飲まれているのか…。」
「興味でたっ?古典古風が好きな照史くんならと思ったんだけど…。」
杏果がずいっと机に手をついてこちらに身を乗り出してきた。そのまま倒れてくるんじゃないかと思うほど体が近くてドキッとした。花を意識してから、杏果の髪や服、肌からも花の匂いがしている気がする。
「少しな。」
「そうっ!ならもう一つ。マシュマロってあるでしょ?」
「あの、白くてふわふわの?」
「そうっ!あの『マロ』って『マロウ』がなまって『マロー』から来ているって言われているわっ!」
「詳しいんだな。」
これもまた俺の興味をひく内容だった。語源というものは面白く、古典を読み漁ったりしているといろんな言葉の語源に出会う。代表的なのは『富士山』だろう。『不死の山』が語源で出典は『竹取物語』だ。他にも『八橋』という地名は『伊勢物語』にその理由が書かれていたりなど実際に読んでみると納得できるものが多いので古の心に触れるという経験はとても貴重なモノだと思っている。
「家がお花屋さん兼ハーブティー専門店だからねっ。」
「言われてみればそんな感じするわ…。」
申し訳ないが、育ちがいいお嬢様然とした雰囲気も、しばし見せる乙女なところも、頭のネジが別方面に緩そうな両親がいそうだ。勉強する習慣がなくて知性がなければそれこそ杏果はシンデレラガールになってそうなところがしばし伺えると思う。
「お父さんが心理学者で視覚からの影響がどれだけ精神面の病気に効くかを研究していて、お母さんが薬学者で無薬療法のためにハーブを研究してたら、お母さんのつくったハーブと一緒にお父さんが花が視覚からの影響にいい影響を与えると思って始めたのがウチのお店。そのうち惹かれあって結婚したんだって。」
「…ロマンチックだな…。」
違った。バリバリの天才の子だった。よく考えれば子供が親の背を見て育つというなら杏果が見てきた背中はそれなりのものであるなんて簡単に予想がつく。さっきまで考えていた無礼なことを心で詫びた。
「眠くなってきた…。」
ポカポカ陽気とフカフカソファーの挟み撃ちでそろそろ俺の精神は限界を迎えていた。
「ふふっ。そうね…。そろそろ効果が出るものね…。」
「なっ。…何を…飲ませ、た…。」
「今は気にしなくていいわ…。ゆっくりおやすみなさい。」
意味深げな言葉を余裕げに発した杏果に問うが、もうすでに言葉が途切れ途切れになっていた。意識が切れかけの蛍光灯のように切れたり繋がったりを繰り返しているが、落ちていくことだけは止められない。抗うことは敵わない。
「フフフッ…。」
と笑う杏果の声が耳朶に響くことまでは認知して、俺の意識は際限なく落ちていった。
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