《33》早見葵という女
皆さんこんにちは!
当作品を開いていただきありがとうございます!
突然だが一般陰陽師諸君、女友達と遊んでいたらクラス全員の嫉妬を買っていたなんていう経験はおありだろうか?おありならば是非とも気をつけてほしい。式神という名の手頃な使い捨ての友人でも使役できないと俺の二の舞になることは避けられないだろう。
朝の恋愛裁判から昼のちょっとした騒動にしろ、今日は丸一日をかけて精神と体力を削ぎに削がれた。俺は最後まで教室掃除の刑を免れることはできず、当番に当たっている奴らと一緒に掃除をしていたのだがそのうちの1人が杏果で、2人で話していたらまた周りの男子生徒から嫉妬の砲撃を受けていたうえに「また明日ねっ!」なんて休日の前の日言われてしまった俺の刑罰はさらに増加しそうになっていたがなんとか詭弁を弄して回避した。
疲れ切って死んだ目をしながらキーコキーコと自転車を漕いで帰路につく。途中でカトーヨーカドーに入り食品を買い足す。相変わらずの鮮度だ。鮮魚売り場に並べられた死んだ魚の目が眩しい。俺よりも生き生きとしているので腹いせに二、三尾ほど買い、追加で適当にポテチとヘップシの次弾装填し再び帰路へ。
大きな川の流れの横を通る。川はいい、泡沫にしろ芥にしろたとえゴミの流れる様であっても朝な夕なと眺めていて飽きない。何か疲れたことがあったらここに来て階段から足を水につけてボケーとすることもいいのだが、この時期のこの時間では風邪を引くこと待った無しだ。いや、バカは風邪を引かないんだ、むしろ少し試してみるのも一興。風邪引けたら掃除当番休めるし。…ゲームしたい。
「うおっ!?」
まるで俺の前進を拒むように足元がガクン!と止まった。なんとか投げ出されずには済んだが、朝のスピードなら顔面が瓦礫に大根の如くすりおろされていただろう。手に浮かんだ紋様が5日ぶりのアビスの再来を告げている。
「お出ましですかい…乗り気じゃないんだがなぁ。」
時間の止まった自転車を降りて、ワイシャツとズボン以外を外して自転車にかける。河川敷に立ち、トレンチコートのような防具と小手を剣製する。もっともこれは攻撃を防ぐというよりも地面に叩きつけられた時に傷を減らすのと服の消耗を抑える程度にしか機能せず、狼になんて一発で喰い千切られる程度の防御力だ。連中が鱗とか牙とか落としてくれれば鍛冶屋に持って行っていいもの作ってもらえるんだろうけどな。
感覚強化を行いどこから来るかを把握する。
全身強化を施し戦闘に備える。
—じゃりっ。
どうやら俺の後ろから来たようだ、ストーカーのように後をつけて。
踵を返して相手を捉える。そこにいたのは予想もしていないものだった。
「嘘だろ…。」
愕然とした。そこに立っていたのは人間、「早見葵」。何度も見た「人間」が「人間の動けない空間」を歩いている。なにがどうなっているかなんて全く理解できなかった。
「……!」
「んっ?!」
早見が俺を捉えた途端、ふらぁっとバランスを崩すように無言で金槌で殴りかかってきた。無論、難なくかわすことはできたのだが、頭の状況整理が追いつかない。
「早見!!」
「〜〜!!」
大声で呼びかける。なにか話がしたい。しかし早見は何も答えず再び襲いかかってきた。軽くいなす。命中こそしないが知っている人間を相手に取るのは気がひけて前に出れない。
「早見葵!!」
諦めずに名前を呼ぶ。されど彼女は前髪に隠れた目と同様、何も語ることはなく、俺に向かってき続けた。早見を巴投げで背中から地面に叩きつけた。
「ォオ…。」
「えっ?」
背中を向けた早見から小さく何かの声が聞こえた。それは普段彼女から聞く事がないような奇声。早見の姿をした猛獣か化け物かの何かと言われた方がよっぽど信憑性がある声だった。
「キョォオォオォッ!!!」
「うわぁっ!…はっ、あれは!」
早見が奇声の絶叫を上げておよそ人間の動きでは無いようにグリンとひっくり返った。振り乱された前髪の間から見えた早見の目はほかのアビスと同じ青紫色だった。今度は先ほどとは打って変わって人間の出せる速度を優に上回る速さで地面から飛び上がって襲ってきた。
「キャァァアァァッ!!」
「何が!どうなってる?!」
杖を剣製して襲いかかる早見の金槌をはじきかえす。早見の細腕から放たれているとは思えないほど重くて反動が尾を引く攻撃だ。
「はァっ!」
「キュォオッ…!」
金槌を弾きあげた一瞬の隙をついて肩口に杖を振り下ろす。右肩を強く叩き込み早見から悲鳴が上がる。怯んだ瞬間に鳩尾に拳を打ち込み地面に転がす。しかし地面に打ち付けられた痛みなど全くないように早見は機械のようにぬるりと立ち上がった。
「どうなってやがる。こいつ人間か?」
困惑した。アビスと俺しか動けないのに俺以外が動ける人間がいることと、どうして早見が人間性を失っているかわからなかった。アビスであればここに出現した時点で他人を無視して俺を狙ってくるので俺が死ぬまでは他人に被害はでないはずだ。だから俺にはこの早見は人間ではないのかもしれないという憶測が頭をよぎった。
「グギャァァアァッ!!」
「ぐっ…!」
再び殴りかかってきた。杖をしまって腕で受け止める。ずっと単調な動きを繰り返している。まるで何かに操られているみたいに俺に殴りかかり続けるだけだ。
「ウゥ…!ウァァ…!」
「はや…み…っ!」
クロスした腕と金槌を持つ手の鍔迫り合い。至近距離に見える早見の髪の奥の目に青紫の炎が揺らぐのがわかる。
「はっ!!」
「ヴギャァ!」
全身で早見を押し返す。早見が下がっている間に俺も一気にバク宙で飛び上がり間を開ける。
「クッソ、あれが早見でなければいいが、もし早見なら下手に武器を使ったら殺しちまう。」
「ァァ…ウァァ…。」と声を上げて早見はふらり、ふらりと不気味に揺れる。彼女がどうなっているかをよく観察する。
ドスッ!ブシュゥゥ!!!
「…?!ぐぁぁ!?」
一瞬、理解が追いつかなかった。俺は左目から後頭部までを目に見えない「何か」に貫通させられていた。がくりと片膝をつく。
「ぐぁぁあっ!!!いってぇっ!」
目に伸びる「何か」を手で掴んでその手の中にメスを剣製して切り断つ。ボフゥッと「何か」が青い火の粉になって散る音と、それが肉を焦がす感触がした。手が返り血で青くなった。
「なんなんだよっ!」
「ギャァァアァア!!!」
「うぅっ?!」
毒づいて体勢を立て直そうとした刹那、早見の振り上げた金槌のくぎぬきが俺の首を抉った。気管を血が流れる熱さが伝う。
「アァァッ!」
「しまっ!やめろっ!うぐっ!がはっ!」
何度も振り上げられた釘抜きが頭や肩にめり込む。吐き気を催すのような痛みが全身を抜ける。頭を殴られ倒れた俺に馬乗りになって早見は全身を滅多打ちにする。俺の体から鮮血が幾度も吹き上がった。再生も追いつかずだんだん視界が狭まり、意識が薄れていく。
「もう…ダメ…か…。」
「(助けて…。照史…。)」
「えっ?」
落ちると思ったその時、早見の声で確かに俺を呼び、俺の意識を繋げた。
「キョォオォオォオ!」
とどめと言わんばかりに振り上げられた釘抜きが夕日を反射して襲い来る。急いで左腕を貫かせて受け止め、体重の軽い早見を投げ飛ばす。
「はあっ…はあっ…。」
ビュン!ピュ!
「ぃった!」
動けなくなった俺に再び見えない「何か」が襲ってきた。気配をとって辛うじて心臓や頭は逸らしたが、頬や防具がはだけたところを掠め、まるでヤスリで引っ掻いたような痕跡が残った。
なんとか立ち上がり全身に精神力を回して移動部位から再生を急がせる。ピシシッと音を上げて骨がもどった。再生するまで動けなかったら厳しいことになっていたことだろう。
「助けて?そういったよな?」
あんだけ恨み言を言っていてもやっぱり早見は「藤堂」の俺を忘れられずに…。…助けないとな!
「ハァァァ…。」
早見が蜘蛛のように高速で地面を這って寄ってくる。石を蹴り上げ、早見の背中の上を飛んで場所入れを替える。獲物を失った蜘蛛がゆらりと立ち上がった。
「とことん人間の動きじゃないな。…ん?」
早見は全身に俺の返り血を浴びていた。そして一部の血が空中に、いや、早見の頭上や肩の前にとどまっていた。
「これは?あれか?操られているタイプか?」
ゲームあるあるのヒロインが操られる系の展開、そんな様子に酷似している。不気味な蒸気が上がりそうな呼吸をして早見がこちらを振り向く。ぐっしょりと血糊がついたワイシャツやネクタイとは別の管のような「何か」が伸びているのが見えた。
「さっきの目を貫いてきたのはアレか。さしずめ、俺を狙うために攻撃手段として早見を獲得したってことか。」
そうなれば問題はそれが「早見に伸びている」か「早見から伸びている」かだ。前者なら本体が別にあるし、後者が取り外せそうならまだ救いようがあるが、もし外せなければ…。
「あの様子からして怪しいのは…胸だよな。ネクタイの裏だ。」
流石に女子の服を切り裂くのは躊躇いがあるが、今はやらねばなるまい。立ち上がって刀を剣製した。
「許せ。後で怒られてやるから。」
「ギャァァアァア!」
「はぁっ!」
早見が突っ込んできたタイミングでこちらも突っ込む。振りかぶられた金槌に一瞬テンポを早めてタイミングをずらし、刀を手首を返して切り上げ、すれ違う。
「どうだっ!」
刀の切っ先は見事に下着も含めた服を全て裂き、早見の肌を外気に晒させた。そこに取り付けられた物や、肌を割って出現しているものがない、女性らしい綺麗な上体が露わになった。
「…本体が別にあるな。」
その姿を見て俺は確信した。しかし目に見えない敵を斬るなんてことはやったことがあるはずがない。どうやって斬ればいいかわかりようがなかった。
…一つだけ思いついた。
「先輩…、力借りますね。」
手に剣製をせずに燃え上がる炎をイメージして精神力を回す。
この神器の本質は「イメージの武器を神通力を使って顕界させる」ことにある。そしてその武器はアビスごと早見を殺してしまうが、応用して「神器を介さずに神通力を顕界させれ」ばそれは神通力の塊となって現れ、精神の塊でしかないソレは人間の早見には全く無害のはずだ。
左手の中に白紫の炎が現れた。先輩が時間神たちに放とうとした黒い炎の色違い。これなら…と右手にレイピアを剣製する。
「今、助けてやるからな…。」
地面を抉って懐に飛び込む。左手を振るって炎をまき散らし、早見を炎で包んだ。するとその空間に炎の燃え広がらない「何か」が4本あった。
「でゃぁ!」
「ギャァ!」
殴り掛けられていた早見の金槌を躱して四閃、全ての「何か」一気に断ち切る。「何か」に解放された早見は意識が抜けたように倒れかかってきた。レイピアをしまい早見を受け止めその場を瞬時に離れる。
「あき…と。」
微かに俺を呼ぶ声がした。
「大丈夫か?んっ?!」
目に見えない「何か」は早見の体にご執着のようで再び高速で伸びてきた。刀を剣製し、早見を刀と体で守るように刀を盾にする。刀に飛び込んだ4本の「何か」は上下に真っ二つに切り開かれた。青い血潮が刀を濡らした。
「さて、決着としますかね?」
早見を地面に寝かせてコートを掛け立ちあがる。
早見がズボンの裾を摘んできた。
「ねぇ…?照史なの…?」
消えそうな声が聞こえた。
これについてはどう答えようか?今の姿で「藤堂照史です。」なんて言えないもんな。
「分からん。お前はお前の恋した相手が誰がを信じればいい。」
そう言って二本前に出る。
さぁ、最後の決戦だ。
再び左手に炎を灯す。早見を背に一歩も引けず、ミスも許されない。
「そこだっ!」
「――!!」
辺り一面に火炎放射器のように炎の波を何度も放ち、浮かび上がった「何か」に大剣を剣製して叩きつけた。青い血しぶきが吹き上がる。
「ちっ、仕留め切ってないな…。」
高速で何かが動くのはわかる。風に揺れぬ草の音が、川の流れぬ水の音が俺に影なきその存在の居場所を教えてくれた。炎を消し、刀を両手で構えて目を閉じる。
「〜〜!」
—-見えたっ!この一刀で終わらせる!!
「ぜりゃぁ!」
ザンッ!と刀が「何か」を一刀両断した。その鋭さたるや刀に血糊を残さなかったほど。音なき断末魔がした後はボワァッと青い炎が一瞬吹き上がり気配が消えた。人を操るアビスは消滅したのだった。
「ふぅ。」とため息を吐いて刀をしまう。振り返るとまた早見は意識を落としてしまっていたようだ。俺が切り裂いた早見の血濡れたワイシャツを剥がし、裸体の上に俺のものを掛け、俺は五限にあった体操服に変える。近くの草はらに早見を運び隣に腰を下ろして順調に真人間の回復が進むように時間が進む世界へと戻る。
「ん、んん。」
「お、起きたか?体は平気か?」
早見が起きたのは月が昇ってからだった。俺の声に反応した早見が飛びついてきた。
「ありがとう…こわかったよぅ…。ごめんなさい。何度も何度も襲いかかって…。」
「大丈夫だ。」
体を利用されれば怖いのは当たり前だ。泣きつくのも無理もない。そう思って早見を受け止めた。
「襲いかかって…。」
俺の腕の中で泣いていた早見の顔色が急に何か悪いことを思い出したようにみるみる青くなった。
「おそい、かかって…!わたし…!いやぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!!」
「なっ!落ち着け!」
いきなり早見は錯乱し始め顔を抑えて絶叫を上げた。どうやら操られてるときの記憶があるらしく、自分がなにをしたかを覚えているようだ。
「照史!照史照史!ごめんなさい!ごめんなさい!許して!ごめんなさい!違うの!あれはわたしじゃないの!いやぁ!!きらいにならないでぇ!」
「落ち着け!落ち着くんだ!大丈夫!大丈夫だから!」
このままじゃ自殺しかねないんじゃないかと思うほどパニック状態になってまくし立ててくる早見をなんとか落ち着かせる。
「照史!顔!体は?!お願いよ!死なないで!」
「もう戻った!ちょっと特殊体質になったおかげであの程度じゃ死なんよ!」
俺の言葉を聞いて全身あちこちペタペタ触り、俺の胸に耳を押し付けた早見を俺は優しく抱きしめてやる。
「心臓が…動いている…。うぅ…。」
再び、早見が静かに泣き出したので何も言わずに撫でてやる。勝手に操られた上に「昔」好きだった相手を滅多刺しにした挙句、頭を貫かれたところを見せられて正気を保てるなんて大したものだと感心する。
泣き止んだあたりで「もう大丈夫か?」と声をかける。真っ赤になった目を夜風で冷えた手で冷やしてやる。
「ありがと。やっぱり照史は照史だね。」
「ん?」
顔を上げた早見の顔はとても綺麗だった。さっき服を切ったとき前髪も少し切ってしまったようで、長い前髪からはたいそうな大和撫子が出てきた。確か、「貞子」も亡霊になるまえは美人だったなと心で呟いた。声もいつものように小さく途切れ途切れの聞き取りにくい声じゃなくて心地よい鶯のような美しい声だった。
「なんでもない。」
「そうかい。俺は偽物じゃないのかい?」
「照史がわたしが恋した人を信じろって言ったんだよ?だから少しだけ照史を信じてみる。」
そう言った早見は少し幸せそうだった。ここ最近すっかり見なかった笑顔がそこにあった。
「さいで。それと覚えているだろうから言っておくが、すまないね。前髪少々を切ちまった。」
「ふぇっ?!」
「あっ!ストップ!」
「前髪を切った」という言葉に反応して早見が引き下がるように立ち上がろうとした。早見に掛けただけのワイシャツは当然ずり落ちる訳で、陶器のように美しく白い肌が月光の下に露わになった。さっきとは逆にみるみる早見の顔は今度は真っ赤になっていった。
「いやぁ!見ないでぇ!」
「その、すまん!これはその、不可抗力?ってやつだ!悪気はない!」
うずくまってしまったが耳まで真っ赤なので照れてるのはわかった。早見が少し睨むようにこっちを見て言い放った。
「いいから後ろ向いてぇ!」
「は、はいぃっ!」
そう言われて後ろを向くと衣摺れの音がし始めた。俺のワイシャツに袖を通しているとは言うまでもなく。
「見たの?」
本日二度目の冷たい声がふってきた。もうどうにでもなれと思った。
「はい。そのー、服脱がす時とか、あとー…。」
「見たのね。」
「はい。」
「照史に裸を見られた…。」
「他意はない!不可抗力だ!」
「でも、」そう言って俺の前に来た。「見たものは見たんでしょ?」となぜかハニカミながら言われた。仕方なく「はい。」と認めたら「うふふ」となにか嫌な予感がする笑いをされた。そのあとに「どうだった?」と感想を聞かれたので丁寧に誤魔化させていただいた。意外と早見は茶目っ気たっぷりなのかもしれない。
「…この傷。」
少しだけボタンを外して見せてくる。どうやらさっき服を斬ったとき、服だけを斬ることには散々失敗してしまっていたようだ。前髪のみならず肌も極浅いものではあるが、実力不足を実感する。
「あー、すまん。服を斬るとき一緒に切っちまったみたいだ。」
「…照史にキズモノにされた…。」
「ちょっと!その言い方は誤解を招くんだが?!」
「でも事実。」
「ぬぐぅ…。」
そのあとは駅まで送って行った。服については俺のを渡す形に。早見の服は綺麗にスッパリ切れているし、血みどろなので自宅には持って帰れなかろうと提案したところ、「多少の紆余曲折」はあったが一人暮らしの俺がもって帰ることになった。
俺も少し急がなくては、と自転車にまたがる、明日の支度が間に合わなくなる上、生鮮食材が腐りそうなので、結局朝と同じ速さで自転車を漕ぐことになった。
ここまでご一読頂きありがとうございます!
感想等ございましたらツイッター、感想欄にてお待ちしております!




