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3. 月の光は星を生む

◇◇◇◇◇


 お月様が輝いていました。おや、お月様から赤ちゃん星が生まれました。


「ーーなさい」


 お星様はくるくるとお月様の周りを回っています。楽しそうに。嬉しそうに。


 だけどある日、お星様は動かなくなりました。お月様は必死になってお星様を助けました。


 やったー、お星様はまた動いたぞ!


 だけど今度は、お月様がいなくなってしまいました。お星様はくるくると何もない空間を回ります。回ります。回ります。


 いつまでも……いつまでも……



「ーー起きなさい!」

「ふにゃ!?」


 先輩の鋭い声が私の耳を突き抜けました。私はこれまでにないスピードでメイド服へと着替えました。


 私のパジャマを拾い上げながら、先輩はうっかりメリーを叱ります。


「いつまで寝ているの。もう、ライト様は朝の鍛錬を終えているわよ」


 ※朝の6: 00


 基本的に、メイドは主人が起きてからがお仕事。寝るまでがお仕事。例え真夜中でも何かあればすぐにお仕事。


 とんだブラックである。ただし、たいていお給金はかなり良い。


「ご、ごめんなさい! この頃寒くて、ベッドの中にずっと住みたかったんです! いやーそれにしても変な夢を見たような……楽しくて、微笑ましくて。でも悲しくて」

「その眠りを永眠にしてやるわよ」

「もうしません!」


 メイドとしてあるまじき失態です。普通なら減給まっしぐらなところ、ロメルド様は次から気をつけるようにと言いました。申し訳なかったです。


 気を取り直して、ライト様のお部屋に向かいます。いつも通り、ライト様は本を……おや? 本ではないです。


「うーん、おかしいな」


 ライト様は自室で紙とにらめっこしていました。さっきからそんな風に、おかしいおかしいと口にしています。


 勘違いでなければ、誰かの意見も聞きたい。つまり私の意見を聞きたいというニュアンスです。ライト様の心を読んださとりメリーは、すぐに行動に移します。



「どうかしましたかご主人様?」

「ああ、これは父上の物なんだが、どうもしっくりこなくてな……見てくれ」


 見ました。さっぱりです。



「すみません。私には数字ばかりで何が何やらよく分かりません」

「む、そうか……」

「そうだご主人様。こういう時は、絵にしてみればよいかと。ほら、時々お食事をしにお店に行くと、メニューに絵が載ってあるように。そうすれば私にも理解できるかもしれませんよ!」

「なるほど。やってみよう」

「頑張ってください!」

「……」


 ライト様は新しい紙を取り出して、無言でスラスラと何かを書き始めます。


 何度かの失敗の末、ライト様は見事完成なされました。


 ほんのりと自慢げに渡されます。


 見ました。さっぱりです。


「これは何でしょうか? 線?」

「さっきの数字を視覚的にシンプルな二次元で表現してみたんだ。つまり……」


 説明の為、ライト様の顔がぐいっと側にまで寄ってきます。私はなるべく絵に集中するよう努めました。


 ライト様はこちらなど気にせず、その絵を指差しながら私に教えてくれました。


「この縦の部分が定期的に報告されてる収穫量で、横がその時間だ」

「……うーん」

「つまり、交差した部分がーー」


 おバカさんな私の為に、ライト様は必死になって簡単な言葉を使い教えてくれました。その結果……ようやく私は理解しました!


 ライト様は喉が渇いたようなので、お水を差し上げながら私は自分の考えを言います。


「さっきの線、ちょぴっとずつ下に下がってましたね」

「……そうだ。確かに、そうだった」

「それって多分ダメなことですけど、でもあれだけ少しなら別にいいのでは?」

「そう、かもしれない。ただ付け加えるとすれば、今の絵は情報を縮小しているだけだ。……あー、つまり目で見てわかる以上に数字はデカイんだ」


 これも絵にするか。円がいいかな。と言うライト様を慌てて止めます。これ以上は私の理解力がもちません。


「こうしましょうご主人様! ご主人様が納得するまで、この絵を長くするのです! えーっと、これには10年前までの事しか書かれていませんよね? だから、もっと前のことも同じような絵にしてしまいましょう!」


 それだったら、私もなんとか理解できる!


「いい考えだ。しかし、問題なのはそんな前のものを父上が残しているかだが……ここは父上を信じて確かめてみるか」


 ライト様は私に「ついてこなくていい」と仰るとピューンとどこかへ行ってしまわれました。


 チクタク チクタク。


 勢いよく扉が開かれ、ライト様がお帰りになりました。手にはたくさんの紙が握られていました。


「あった、あったぞ!」


 とても嬉しそうです。


 ……良かったですね、ご主人様。


「全く父上ときたら自分の管轄ではない年の情報まで集めていた。面倒な事をする。おかげで俺は助かったが、埃にまみれていたことを鑑みるに何も活用していない。これは後で叱ってやらないとな」


 世界広しといえど、ロメルド様を叱る事が出来るのはライト様くらいでしょう。


 心なしか嬉しそうに、ライト様は早速それを絵に直します。途中、元々の情報が秩序なくバラバラに載ってあったりしたので、鬱陶しそうに計算しながら、遂にライト様は長い絵を完成させました。


 私も一緒にそれをにらめっこ。


 見ました。一目で分かりました。


 多分これマズイやつだ、と。


「下がってます、ね」

「下がってる、な」


 もちろん、そんな事は最初から分かっていましたが。こうして絵にすることでもっと理解してしまいました。


 1年2年程度ではちまちました差も。5年、10年、20年と比べれば一目瞭然。試しにライト様が凝縮した絵を作ってしまいました。きゃあ45度。


「これって、この線をずうっといけば……いつかゼロになってしまうんでは?」

「……」


 ライト様は難しい顔になっていました。それはきっと、私の思う以上に良くない事なのだからでしょう。


「あ、お館様にお話になればどうでしょう?」

「父上に、か。いや……ダメだ」

「どうしてです?」

「どうしても、だ。少し黙っていてくれ。いや、1人にさせてくれ。考える」

「……分かりました」


 私は言われた通りにします。


 何故でしょう。似たような事は何度もあったはずなのに、今日初めて感じてしまいました。


 ーー拒絶された、と。


 しゃべり過ぎちゃったんでしょうか? 図々しかったんでしょうか? 結構、思い当たる節があるのがどうにもならないところです。


 胸に鋭い痛みを感じながら、私は意気消沈。そんな事だから、目ざとくミレイさんに見つかってしまいました。


 ミレイさんとは、マナミーさんの妹で私と同じメイドです。ミレイさんはもっぱら掃除専門。今もモップ片手に、私の顔を覗き込んできました。


「どしたのー?」


 私は事の顛末を話しました。先輩からなら多分、お叱りの言葉が一つ二つと飛び込んでくるところでしたが、ミレイさんはのんきに笑って言いました。


「それくらい別にいいでしょー。ただ考え事に集中したかっただけだって。だいたい、ご主人様って滅多に怒らないし」

「そうだといいんですけど」

「気にし過ぎてもいいことないって。向こうからしたら、何でそんなに深く考えてるのか意味わかんないーって感じだよ。きっと」

「おぉ、凄いです。ミレイさんのおかげで気が楽になりました」

「そりゃ良かったよ。まあ、メリーっていっつも気楽そうだけど」

「……あれ? 今馬鹿にされました?」

「んん、全然」


 なるほど。性格、と。


「だけど本当に、メリーはもっと楽にしていいよ。他の所ならともかく、ここでは。っていうか昨日まではちゃんと出来てたよね。もしかして、誰かからなんか言われた?」

「あ、アリサさんから、少し」

「それだよ、それ。まあアリサってあんな歳なのにめっちゃしっかりしてるからね。私たちはその分、軽めに生きるのが丁度いいんだよ」

「……何か大丈夫な気がしてきました!」

「そう! その調子!それじゃ私はもう行くね。お姉ちゃんに怒られちゃう」

「あ、頑張ってくださ〜い!」


 私はライト様のお部屋だけ綺麗にしているけれど、ミレイさんはそれ以上の場所を私以上に綺麗にしているんでしょう。


 つまり、やる時はやる。これですね!


 反省メリーはまた一つ成長しました。


 しばらくして、ライト様のお部屋の扉が開きました。なんとライト様は外行き用の服に着替えていました。


「お着替えなら私が手伝いましたのに!」

「着替えはいつも1人でやる……これは言ってなかったか?」

「むむぅ、それもお一人なのですか。ますます私の存在意義が……いえ精進あるのみですね!

 ところでライト様、どこへ行かれるので?」

「部屋で考えるのは限界がある。こうなったら、現地に行くまでだ。幸い時間ならたっぷりと持て余してるからな」

「現地、ですか。……あ、外に出るのならもう少し厚めの服も用意しておきますね。最近寒いですから」

「寒い? もう夏が近いのにか。そういえば朝は肌寒かったような……まあいい頼んだ。ああそれと、メリー、馬車の用意を!」

「は、はい!」


 初めて命令らしい命令をいただきながら、私は言われた通りにします。何人かの護衛を連れて、私も一緒に外出です。


〜〜〜〜〜


 後日談ですが、ライト様はこの問題を無事に解決なされました。何やら、例の絵を他のデータにも採用したところ、気温の変化と丁度一致したようです。


 つまり、寒くなっている。


 たったそれだけの事でした。


 皆が気にしていたようで誰も気にしなかった些細な変化を、ライト様は見つけ、答えを導き出したのです。


 今はひんしゅかいりょー、とやらに取り組んでいるとか。私には到底考えの及ばない領域ですが、上手くいくことを願っています。


「上手くいくさ」


 部屋に入ってくるのと同時に、ライト様の父、ロメルド様は自信満々に言いました。


「お館様……その根拠は?」

「私の息子だからね」

「妙に説得力のあるお言葉」

「そして妻の息子でもある。決して楽な事ではないが、最後には上手くいくと信じているよ」


 私も、そう願っています。


「ところで、息子はどこかな?」

「1人にさせてほしいと。だから私はここで待つように、と」

「ふむ……そうか」


 1人にさせてくれ。これは全然珍しい命令ではありませんでした。結構、ライト様は静かな空間を好まれるのです。部屋を離れて、どこかで何かしているのでしょう。最近それがわかっただけでも私は一安心。本格的に夏になってきたのもあって、二つの意味でほっとメリーです。


 ロメルド様はは所在なく部屋の中をうろちょろとして、ふと、机の上に置いてあった一つの紙を手に取りました。


「これが、例の絵か」

「そうですね」

「……やはりあいつは、商人としてやっていける才能がある」

「そうですね?」

「そうなんだよ。私とは全く毛色の違うやり方だが、素晴らしい」


 ロメルド様は微笑みを浮かべながら言いました。自嘲げな笑みでした。


「もしも私なら今回の件どうしていたと思う? 」

「え……ライト様と同じように、では?」

「違うな。私なら切り捨てていた」


 それはバッサリとした言葉でした。商人としてのロメルド様がそこにいました。


「私も実は気にしていた。が、ここまで収穫量が減っていたのはこの場所だけだ。今はね。だから私なら、この時点では切り捨てていた。商人ロメルドの仕入れ先はごまんとある。正直な話、ここ一つ失ったところで、痛くもかゆくもないんだよ」

「それは……何だか悲しいですね」

「そうだね。でも現実的な話、息子が問題を解決したとしよう。長期的に見ても、そこに儲けはないんだ。こんな大事を小規模でやるには、問題解決に費用がかかりすぎるからだよ。だったら切り捨てた方が遥かに楽で、懐も暖かい。そういった意味で息子と私は違う。私は根っからの商人で……あいつのやり方は、とても素晴らしい」


 私はホッとしました。商人ロメルドはもちろん凄い人なのですけれど、親としてのロメルド様がそこにいたからです。


「私には出来ない事が、あいつには出来る。ライトの選んだ選択肢はとても温かいと私は思うよ。お金なんかよりも大事なものが、そこにあるんだ」

「私も、私もライト様のやり方は好きです。今回のライト様は、何だかとても楽しそうでしたから」

「……きっと君のおかげだね」

「私? いえ私なんて! ちょこちょこっと邪魔をしたくらいですよ!」

「そんな事はない。あいつはかなりの引きこもりだからな。滅多に外に出ない。だからあんなにも積極的に動いたのは、少なからず君の影響があったからだと私は思うよ」


 ロメルド様は、商人の勘だがね。と可愛く付け足しました。


 私は……そんなはずないんですけど。


 そうだったらいいなぁ、と思いました。


「さてと。じゃあ、小賢しい私にも今回の件では大きな収穫があった。今日のところは君に息子を任せて戻るとするかな」


 そう言いながら、紙を大事そうに握りしめて、ロメルド様はどこかへ行ってしまわれました。


 ーー私は知らない話ですが、ライト様のお書きになった例の絵は「アルジトメイド」と呼ばれる事になり、大きく地味に世に貢献したそうです。


 数字の羅列が基本だった現在。そんな中でも今まで似たような絵はありましたが、縦と横というたった二つの基盤から組み立てられたあれは、むしろ今まで何で思いつかなかったんだろうというくらいに簡単で分かりやすく、アルジトメイドの様々な派生系が生まれた後世の歴史にて、第一発案者のロメルド様はこう語られます。


 曰く、彼は全て(万物)()である、と。

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