Scene85『VS阿修羅』
三面六臂の本物の阿修羅像とは違い、顔が増えてはいないが腕は翼自身のを含めて六つに増えていた。
それどころか新たな装甲・腕鎧と呼べる状態になったものまで合わせるのであれば、一体どれだけの数が付いている直ぐにはわからない。
(阿修羅って言葉に囚われて六本の腕だけに警戒するのは多分駄目だと思う)
(肯定します。あれらはナノマシンにより一時的にスーツに癒着しているだけに過ぎません。その着脱と操作は自由だと推測されます)
(迂闊に接近戦を挑むのは危険か。救援も呼ぼうにもきっと同じことになる)
(肯定します)
狭間の森の武霊使い達が武霊ネットを通して操っている改造守り人達はまだ部屋の外にいる。
無力化したでぃーきゅーえぬ達を運ぶのであればさほど手間でもなく、通常稼働しているガーディアン系達がこちらに来ないように誘導しているのもいるので、まだまだ無事な戦力は存在していた。
だが、翼が見せた新たな攻撃はあまりにも改造守り人と相性が悪過ぎる。
武霊でなければ視認できない糸による有線クラッキング。
機能的にどうしても劣ってしまう今の改造守り人では防ぐことも避けることも困難だった。
(せめて切断できれば)
(否定します。一瞬で全てを断ち切れる隙はありません)
(そうだね……)
カナタにより視覚化されている糸は翼の全身から出ており、サムライスーツに現れている幾何学的な模様と繋がっている。
しかも今は、鎧のように守り人の腕が巻き付いているので、大本をダイレクトに攻撃することも難しい。
(補足します。糸もまたナノマシンで構築されていますので、切断するだけでは直ぐに修復されるでしょう)
(となると、僕ができることは一つだけだね)
(肯定します)
((接近して斬る))
尊とカナタの思考が重なると同時に、周囲に展開していた腕達が動き出す。
エインヘリャル達が持っていた武器は拘束時にその場に放棄されており、身柄の安全性から回収は後回しにしていた。
それらを腕達が複数で抱え構えだし、尊が前に飛び出すと同時に銃撃が始める。
初撃は精霊領域による急加速によってか直前までいた場所を貫くだけで済み、対面にいる腕達の近くに着弾した。
中には直撃を受けて銃器が壊れ、同士討ちになるのもあった。
が、雪の中から這い出す数は秒単位で増えており一向に構う様子はない。
翼の切り札と、素材を取り尽くしたが故に廃棄せざるを得なかった守り人達が埋もれているこの部屋はあまりにも相性が良過ぎた。
尊の意図としては、部屋の各所に隠している改造守り人の存在を誤魔化すためにあえて集めていたというのに、完全に予想外の裏目に出てしまったのだ。
とはいえ、今それを後悔してもしょうがいないとわかっている尊達は、ただただ一点、翼に向けて突き進む。
距離にして十歩。
「僕達が望むのは」
ガイドワードを唱え始める尊の前へ、それを阻止せんとばかりにグレネードランチャーが叩き込まれる。
爆発に行く手を塞がれるが尊は構わず前へと進み、襲い掛かる破壊力をカナタは精霊領域で強引に相殺し始めた。
九歩。
「我らを拒絶し」
カナタのガイドワードと共に水蒸気と爆炎の中に突入する。
八歩。
「受け止める」
間髪を入れずに叩き込まれる弾丸の雨を両腕の多重シールドで防ぐ。
「黒く」
七歩。
次々とシールドが破壊され、その速度は切り替えて休ませることを許さない。
「白き」
六歩。
籠手に付けたシールドの半分が魔力切れとなる。
「引力と」
五歩。
精霊魔法が二人の一言で完成するタイミングで尊は煙の中を抜ける。
が、一気に間合いを詰めるべき相手が既に目の前にいた。
(速い!?)
一瞬前まで間合い外にいたはずの翼。
その速度は足に纏わりついている守り人の腕達が一斉に彼女を押し、更に引っ張ったことにより作り出されたものだった。
振るわれるは六つの拳。
精霊魔法を使うために集中していたこと、これまでと同様に遠距離攻撃をしてくると思い込んでいたことが重なって、刀の間合いより深く入られ赤い攻撃予測線しか現れない。
その窮地が尊の深く沈める。
普段であれば回避の行動を取るはずの刹那、尊はただただ冷静に状況を捉え、前に進んだ。
零歩。
六つの拳は尊の横を通り、そのまま彼を包み込まんと動く。
「斥力の」「道」
しかし、先に触れたのは尊の右手だった。
「「蔓!」」
圧殺するほどの力が込められた抱き着きは、トリガーワードと共に全て直前で止まる。
尊の身体と翼の腕達に斥力の白が現れ、互いを反発させ合ったのだ。
そのままであれば尊の身体もはじけ飛ばされ、銃弾の雨の中に叩き込まれる。だが、そうはならなかった。
互いにの胸に引力の黒が現れて引き合っていたからだ。
結果として二人の距離が更に縮まり、尊の右手を挟んで胸と胸が接触する。
少女であっても女性らしい膨らみはしっかりとある翼だが、その間に腕の鎧が入っているため硬質な感触しか伝えない。
それでも年相応の少年少女であったのなら、恥じらいの一つでも浮かべそうだが、出てきたのは全く持って互いに違う反応だった。
「口付けでもしてくださるのかしら?」
「……」
今の状況をからかうような問う翼に対して、ゾーン癖が発動している尊は無反応。
そこにロマンスなどなく、ただただあるのは互いにどう攻撃を届かせるかのみ。
翼の腕は精霊魔法により強制的に広げられ、力を抜けば直ぐにでも折れる。
火器を持つ腕達はあまりにも近い距離であるためかどれも狙いを付けたまま動かない。
対する尊の刀は左腰下・下段の構えで固定されている。
黒姫黒刀改の異常な切れ味があるとはいえ、その刃は振るえなければ攻撃力を持たない。
触れ合うほど接触したベーゼの距離で二人は睨み合う。
死ぬことはない世界で死の抱擁をするために。




