Scene83『改造守り人』
「知り合い……なんですか?」
尊は少しためらいつつも、ヴァルキューレを組み伏している守り人に問い掛けた。
「知り合いといえば知り合いじゃが、実際に会ったのは数回程度かの。もっとも十年前の話じゃから、ただ単に動揺を誘っただけだろうがな」
冷静な総一郎の言葉に対して、鋼鉄の乙女からは小さな笑い声が出る。
「あら失礼なことをおっしゃりますのね。わたくしちゃんと覚えておりますのよ? 親に連れられたパーティで、わたくしに色目を使って奥様に張り倒された瞬間を」
「ええ、ええ、あの時は光源氏などと戯言を言っていましたからね」
同じ守り人から発せられた彩夢からの追加情報に尊の目が若干冷たくなる。
「ば、バカを言うな! あれは世辞だ世辞!」
「ですが、つい最近、思った通り綺麗になってるのぉ。やはりあの時にくっくっくっとおっしゃてるのを私は聞いてますのよ?」
「お、お前どこで聞いてたんだ!?」
「まあ、政治家の嫁ですもの。影日向となって常にお守りしていますのよ?」
「元だからの! お互いに!」
「嫁はあなたが死ぬまで続きますのよ? なんでしたらこの場で元にいたします?」
「ぬうううう。本体の頭蓋を掴むな! 今フルコンで身動きとれんのじゃぞ!」
「いや、お二人とも、今そんなじゃれ合いをしている時ではないんですけど……」
見えないところでなにやらやっている二人に尊は困った表情を浮かべるしかない。
彩夢に師事を受けている間も時折こんなことをやっていたの多少の慣れはあるが、いい年した老人達がすることではないのでどうにも受け止めきれないところがある。
「フルコンということはフルコントロール。セミVR技術を応用しているのかしら?」
やかましいやりとりを上でされながら、ヴァルキューレは平然と問いを発す。
「余裕があるのは、リスタート転送を掌握しているからですか?」
「質問に質問を返されても困るわ」
「わざわざ敵に情報を与えるほど僕は幼くないです」
「それは知っているわ。でも、それは私も同様」
互いに小さく笑い合う少年と少女。
その状況的には既に尊側の完勝に見える。だが、誰もがこれで終わったと思っていない。
だからこそ、狭間の森で彩夢は夫を本当に邪魔するほどまでのことはしていなかった。
尊が考えた作戦は大きく分けて二つ。
一つは融合魔法サンフレアバーストを起点とした地上部一掃作戦と、もう一つは自身を中心とした地下制圧作戦。
地上は残っているプレイヤー達が担当して動き、ギルド単位から個人までそれぞれの役割だけを指示され、最終的に融合魔法によるプレイヤー側の被害を抑えるように考えられていた。
火事場泥棒やプレイヤー間でのいさかいなどの好き勝手に動いているように見せたのは、物資と人員を地下に避難させるため。
これまでにプレイヤー達が集めていた素材などは個々人の異空間収納に収められているが、既に加工が終わった物などはそれぞれの拠点に残されていた。
それらがフェンリルに回収されて使われるのは更なる強敵を作り出すことに繋がり、かといってそのままにしておくのは今後を考えれば惜し過ぎる。
加えて、そうやって手を加えた拠点に愛着を持つプレイヤーも多く、そこに籠っている者達を言葉だけで魔物が跋扈する地下に避難させるのは難しい。
だからこそ、非難せざる得ない蛮行をわざとしていたのだ。
そうして地上からプレイヤー全員を避難させ、武霊ネットワークを使って一気に融合魔法の方法を伝える。
これが地上で行われていた作戦の全容だった。
そこに至るまでの手段が個々人やギルドで違っている上に、本人達自身も最終目的を知らされていない。
だからこそどんなに情報を集めても、それらから地上を全て焼却するなど考え至れる者がいるはずもなく、知っているはずの尊から直接頼まれた者達でさえ不安を覚えてしまうほど徹底されていた。
もっとも、あまりにも皆がバラバラであったため、地上や地下一階などでは本当のトラブルが多発した事態を起こしてしまっているが、そこは多数のVRゲームを股にかけて治安維持を行っている盾の乙女団の活躍もあり、結果として地上は成功した。
もっともいくら手馴れていても地下の作戦を手伝えるほどの余力は作り出せず、フェンリルの工作員に情報が漏れることを恐れて尊から詳細を伝えられていないことも重なって幾分かプレイヤー達を不安にさせていたりもしたが。
とはいえ、尊とルカの二人、それぞれの武霊を合わせればたったの四人で行うには難し過ぎると思われていた作戦は、地上の心配をよそに順調に行われた。
最初はリビングウォーターや新種のガーディアン系に出会って苦労させられてはいたが、二人の教師による武霊使いとしての練度が高まることによってそれらの対応は簡単になっており、それに伴って人手も増えていたからだ。
現在尊達がいるVR空間は一部の法則は違ってもほとんど地球と同じ物理で動いている。
つまり、現実でできることは仮想の中でもできるのだ。
加えて武霊ネットワークの誕生。地下に豊富にいるガーディアン系魔物。色々なことができる紋章と精霊魔法。
連想するのは人専用自動兵器コントロールシステム。
そして、尊は確認した。
ガーディアン系達をこちらだけが使える自動兵器にできませんか? と。
ルカを始めとした生産系のプレイヤー達はその問いに可能だと答え、短期間で実用化もさせてみせた。
狭間の森にいるプレイヤー達による疑似セミVRシステムによる改造守り人のフルコントロール。
精霊領域を周りに展開して空中に浮かびながら視界を守り人に同期させ、その動きをルカの手により改造された守り人に伝える。
そうやって狭間の森のプレイヤー達を戦力に加えた尊は、守り人を狩りつつ地下ダンジョンを順々に制圧し様々な罠を用意した。
実際に使った使えた物は僅かで、守り人達を投入するのは奥の手だったのだが、例え強化でぃーきゅーえぬ達が予想以上の強敵になりえていても対処できるぐらいの余力はあった。
なんせ鼠算式に増えた改造守り人の数は四千を超えていたのだから。
後々のことを考えてこちらが戦力の補充ができることを知られるのはまずいのと、武霊達とついでにでぃーきゅーえぬ達助け出すために尊が囮になるという無謀が最終的に認められたのはこれがあるからだった。
そして、二つの作戦は見事に成功し、不測の事態である空想科学兵装も制圧した。
そして、残されたのは最後の一手のみ。
このままなにごともなれば……
二人の子供が年相応ではない笑い合いをし始めたからか、老夫婦のじゃれ合いは止まった。
「……子供らしくなくなったな日暮 翼ちゃん」
小さな咳払いの後に続いた言葉に、尊とヴァルキューレは笑うのを止める。
「日暮家の顛末を知ってなおそんな言葉を口にしますの?」
「詳しくは知らんよ」
「ええ、そうでしょうね。QCバブルの煽りを受けて倒産した電子ネットワークの会社なんていくらでもいますもの」
「あの当時は第四次世界大戦の混乱が続いていた頃だったからの。どうしてそうなってしまったのか、第四次を契機に引退してしまった私には顛末以外は知り得なかった」
「語りましょうか?」
「いや、いい。どうせまだ語れん」
「それは難儀ですわね」
二人の話は尊にはわかりえないものが多いが、一部には心当たりがあった。
第三次世界大戦を終戦に導き、第四次世界大戦にて世界中に真の意味で普及し終わった量子コンピュータとそれによるネットワークは、社会に良いことばかりに起こしたわけではない。
特に悪影響を及ぼしたのは、電子ネットワークに関することだった。
第三次で壊滅し、それが復旧し終わる前に代替のようにQNが一気に普及したが故に、電子ネット関連会社の多くは倒産している。
(その中の一つに日暮家があった?)
勤勉な尊であっても、流石に数多く潰れた会社のことまで詳しくは知らない。
とはいえ、倒産しただけ運営をしていた一家の娘がどういう顛末を辿ればここに至るのか。
(小河さんの口ぶりからすると、制約の範囲に入ってる?)
元総理に自由に喋らせないなにか。どうにも不安が増す尊だったが、どちらにせよ。もう時間稼ぎは終わりだった。
(マスター。解析は終了しました)
カナタからの思念通信と同時に、それまで徐々にゆっくり近付いていたヴァルキューレこと日暮翼との間合いを一気に詰める。
精霊領域によって強化された飛び込みの威力が乗った刺突。
それは守り人達によって押さえ付けられていた翼に避けることも防ぐこともできない。
エインヘリャル達に至っては会話中に部屋の外に運び込まれている上に、羽根型寄生機すら破壊している。
翼もなにかしらの目的をもって時間稼ぎを狙っているような雰囲気があった。
が、なにかあったとしてもこの状況下で彼女に防ぐ術はない。
はずだった。
黒い刃が翼に突き刺さる前に止められる。
彼女を拘束している改造守り人達の手によって。




