Scene20『VSペケさん』
閉じ込められている部屋の前で待つこと十数秒。
少し離れた位置にいたのか、通路の奥から音を発ててペケさんが駆け寄ってくる。
既に正眼に構えていた尊の目に、赤い半透明な攻撃予測線が映った。
一気に間合いと詰めるペケさんは腰に右手を当て、まるで居合抜きのような動作を見せる。
(ここにきて初めてのパターン!?)
若干驚きつつも、カナタが予測した赤い線に合わせるように刀身を動かすと、ほぼ同時にペケさんの接近速度が上がり、間合いが一瞬で詰まった。
白い腕に幾何学的な文字が浮かび上がり、白い木刀が抜刀されるかのように現れ、ギリギリで間に合った黒い刀身に当たって滑り上がる。
丁度尊の頭上に上がってしまった木刀を、ペケさんは両手に持ち一気に振り下ろす。
カナタの予測で事前に知っていた尊は軽くバックステップ。
瞬間的な精霊領域補助によって高められた跳躍力は、軍用兵器が元であろう守り人の斬撃より早く尊の身体を後ろに下げさせた。
空を切った白い木刀を目で確認しながら着地し、頭上に上げていた黒姫黒刀改を正眼に構え直す。
離れた距離はいつもの五歩分。
補助された尊の脚力では、ほんの少しのジャンプであってもこれぐらいの距離はなんてことなく飛べる。
一回仕切り直せたと考えられなくもないが、尊は少しだけため息を吐いた。
(思ったより飛んじゃった。もう少し小さく飛べれば反撃できたのに)
尊もカナタも今だに精霊領域による身体能力補助をものにしていなかった。しかし、最初に使った時より過度に飛ぶことも、周囲に影響を与えることもないので、それだけでも十分な成長といえる。
単純に、求めるものが、地上で見たRS持ちのプレイヤーなのだから、どうしても不満が生じてしまうということなのだろう。
なんにせよ。もはや瞬殺される尊はこの場にはいないことに変わりない。
その事実は、尊自身はもちろん、ペケさんにも認識された。
だからこそ、尊が次に行ったペケさんと戦い始めて初めて見せる行動は、一気に状況を変化させる。
「攻撃に転じるよ!」
「了解。斬撃予測線展開」
尊の目に、青い半透明の線が展開される。
黒姫黒刀改の刀身から伸びるその線は、上下横と無数の線となってペケさんへと延び、必殺の一撃へと繋がる可能性の限りを尊に伝えてくれた。
「ここから思考制御に切り替えるよ」
(了解しました)
武霊は契約主であるプレイヤーのVR体を一時的に本来のQCから管理を預かっている。それはつまり、武霊側からある程度、VR体への干渉が可能ということ。
そのことに気付いた尊は、リビングストーン戦での経験も加えて、相互思考制御通信ができるのでは? と考えた。
そして、カナタに確認して見ればあっさり可能と答えたため、状況的に口頭での指示が向かなくなる戦闘中は思考制御に切り替えるようにしているのだ。
ただ、問題なのは余裕があると余計な雑念までカナタに伝わってしまうため、できる限り使いたくないというのが年頃な尊の正直な気持ちだったりする。
そんな恥かしさを抑えつつ、思う。
(最短攻撃!)
尊の思考に応え、無数にあった青い攻撃予測線が一気に消え、一つだけ残った。
剣先からペケさんの胸へと延びるその線と共に、足に精霊領域を展開するイメージが伝えられる。
刺突。
イメージが二人で共有された瞬間、尊は思考を挟まず駆けた。
一気に間合いを詰め、放たれる必殺の突き。
それはペケさんに何度もやられたものと全く同じモーションだった。
この五日間で盗み取った技が、一直線に白い胸に伸びる。
ペケさんは白い木刀で長そうとするが、その突きは足に加え、腕にも込められた領域補助によって尊の小さい身体ではありえないほど重い一撃となっていた。
僅かしかずれない黒い刀身は、ペケさんの右肩へと突き刺さる。
しかし、剣先以上が入り切る直前でその侵入は止まってしまう。
(か、身体が動かない!?)
(魔法現象確認)
(え!?)
視界の隅にVRA画面が展開され、尊とペケさんを俯瞰で映し出す映像が現れる。
(光の盾!?)
白い光の粒子が直径五十センチメートルの楕円形となってペケさんの拳の前に展開され、尊のそれ以上の移動を阻害していた。
精霊領域による保護を受けていたため、なにも接触を感じられなかったことが仇になった形だ。
「くっ! この!」
足に力を入れるが、それ以上はどうしても進まない。それどころか、
(回避を)
カナタの警鐘を受け、反射的に後ろに飛び退くと同時に、ペケさんの白い木刀を握る両手が若干下がり、光の盾を使った打撃が襲い掛かる。
既に宙に浮いていたことにより、その衝撃は尊の身体を後ろに吹き飛ばすだけで済んだが、後一歩遅れていればどれほどのダメージを受けていたか。
打撃と共に振り下ろされていた白い木刀に肉体的ダメージはないと思っていても背筋を寒くする尊は、再び正眼の構えを取りながらペケさんを見る。
すると、VRAでペケさんの両手の甲に赤い矢印が現れた。
そこに着目すると、拡大画面と共に『シールド』の紋章魔法と表記が出る。
いつの間にかペケさんの手の甲に白い球体が出現しており、それがシールドであることを窺わせるが、初めて見る尊にはそれがどんな魔法か名前から予測ができても詳しくはわからない
(説明お願い)
(解説します。この魔法は一種の空間湾曲です)
(空間が曲がっているから、盾みたいに防げるってこと? そんなの持ってるなんて聞いてないよ?)
(聞かれませんでしたので)
(ええっ!? そ、それはそうかもしれないけど……ああ、もう! 今はそんなことより、もしかしてガーディアン系は必ず持ってるの?)
(肯定します。そして、個体によりその効果と範囲は内蔵されている魔法装置によって変わるそうです)
(守り人の場合は?)
(回答します。手の甲から一メートル以内に直径五十センチの円形シールドを展開可能です)
(そ、そんなのどうやって突破するのさ!? こっちは刀しか攻撃手段がないっていうのに!)
(強調します。ただし、普通の空間状態ではない以上、常時元の状態に戻ろうという力が働いています。そのため別の物理現象を上乗せすれば、より戻る力が高まり、シールド維持に掛かる魔力が増大し、内包魔力が尽きるのが早くなります)
(内包魔力?)
聞いたことがない単語に困惑していると、ペケさんが新たな動きを示した。
尊に向けている白い木刀の剣先が音を発ててスライドしたのだ。
現れたのは白い球体。VRAがそれを紋章魔法と教え、僅かに遅れて生じた赤い攻撃予測線が額に繋がる。
(もっとよく紋章魔法のこと聞いとければよかった!)
今更な後悔をしながら頭を横に振ると同時に、光の線が尊の頬を横切る。
(レーザー光線!?)
若干遅れて遠くから爆発音が聞こえたことに尊の顔が引きつる。
(こんなの今まで使ってなかったじゃん!?)
(推測します。マスターが攻撃に転じたことで脅威度が上がったのでは?)
(そ、そんな!)
などと心の中でやり取りしている間も、ペケさんは光線魔法を連射してくる。
ほとんどが頭部狙いであるため、避けることは容易だったが、撃つたびに僅かに近付いてくることが視覚内に表示されている相対距離数でわかるため、これはあくまで牽制でしかないのだろう。
とはいえ、これで僅かな時間が得られた。
(くっ! とにかく、内包ってことは、精霊魔法みたいに魔力ってのを消費しているんだね!?)
(肯定します)
(その回復はできるの!?)
(肯定します。この世界には普遍的に魔力が存在し、その中にあれば内包している魔力を使い切った紋章魔法は自動的に周囲の魔力を吸収して回復します)
(その間の使用は!)
(基本的に不可です)
(ならやることは一つ!)
あと二歩といった距離まで近づいた瞬間、白い木刀が元に形に戻る。
間髪を入れずに放たれるのは喉を狙った突き。
それを攻撃予測線で知っていた尊は腰を落とし、回転しながら胴を狙って切り上げる。
しかし、胴に届く直前、光の盾がペケさんの脇に出現し黒姫黒刀改の斬撃は防がれてしまう。
(固い! でも!)
防がれた状態を維持したまま、尊はそれを軸に回転し、ペケさんの横を滑るように抜け、背後を取る。
そのまま流れるように上段に構え、一気に振り下ろす。
背中に叩き込まれる直前、左に半歩振り向いたペケさんから光の盾が現れ、それも防がれてしまう。
(何度だって斬り付けるだけだ!)
まるで素振りのように尊は何度も振り上げ振り下ろすを防いだ光の盾に向って繰り返す。
ここ数日幾度も繰り返し、そして、精霊領域補助が加わった上段振り下ろしは、ペケさんにシールドでの防御以外の行動を取らせないほど早く重かった。
当然、全てシールドに防がれている以上なんのダメージも与えられないが、狙いはそもそもペケさんではない。攻撃を防ぐたびに消費されるであろうシールド魔法の限界を狙っているのだ。
しかし、そんな思惑を見透かしているかのようにペケさんが新たな行動に出る。
両手で持っていた白い木刀を左手だけに持ち替え、右手を尊へと向けた。
(魔法反応!)
カナタの警告に、尊はバックステップで飛び退くが、完全に離れるより早くペケさんの新たな魔法が発動する。
掌に埋め込まれていた紋章魔法から、白い網が飛び出したのだ。
宙に浮いている尊に向けて一気に広がり包み込もうとするそれに、尊は反射的にターゲット変更の指示を思考。
応えたカナタが斬撃軌道を展開し、飛び退いている最中という不安定な体勢でありながらなんとか合わせて尊は黒姫黒刀改を振り抜いた。
だが、それによってもたらされた結果は尊の予想に反するものだった。
「粘着性だったのか……」
刀身に纏わり付く白い塊を、着地と共に確認した尊は囚われている部屋に飛び込む。
どう考えても切れ味が鈍るどころじゃないと判断したからだ。
だが、それと同時にある不安も抱いていた。
「……やっぱり完全無力化に切り替えてるね」
「肯定します」
これまで囚われている部屋に戻れば追ってこなくなったペケさんだったが、尊が僅かでもダメージを与えてしまったためか元の巡回ルートに戻らず、部屋の中に入ってきたのだ。
入り口で立ち止まり、部屋の真ん中にいる尊へ正眼で木刀を向けるペケさん。
「……精霊力は?」
「半分を切りました」
「この状態で斬れる?」
「不可能です」
「再武装化は瞬時にできる?」
「可能です。強調します。ただし、そのためには精霊力を限界まで消費する必要があります」
「一気に赤か……」
視線をペケさんに向けながら、小さく息を吐く尊。
「やって」
「了解」
一瞬だけ黒姫黒刀改が白と黒の粒子に変わり、纏わり付いた粘着性の網を吹き飛ばし部屋の壁に四散させ、元の刀状態に戻る。
それと共に、尊の視界に赤となった精霊力ゲージが現れた。
ドクンと心臓が高まるのを尊は感じる。
(一撃……どんな攻撃でも後一撃受ければ強制転送されてしまう。またこんな状況になるなんて……攻撃を受ければ攻撃的になるって思い付かなかったのは僕の落ち度だね)
そんなことを考えながら、直前までの戦闘で乱れた呼吸を整えるためにゆっくり深呼吸する。
(左側のシールドどれくらい削れたかな?)
(不明です)
(でも、そこしか突破口はないよね)
息が整調されると同時に、尊はゆっくりと黒姫黒刀改を上段に構える。
(この一刀に全てを賭けるよ!)
(ご武運を)
部屋の真ん中と入り口で約三歩の距離で対峙する尊とペケさん。
尊は上段に、ペケさんは正眼に、構え、互いに時が止まったかのように一切動かない。
いや、違う。
僅かに、本当に僅かに互いが申し合わせているかのようにゆっくり前に進んでいた。
もはや尊とカナタにミスディレクションの間合い詰めは効かない。
尊自身がそれを身に付けつつあることと、カナタがなにかしらの誘導があったとしても即座に知らせるからだ。
当然、元から持っているペケさんにそれが効くはずもない。
純粋に攻撃のタイミングを計った早撃ち対決のような状態になっていた。
駆け寄って斬れば、振う行為に余計な力が掛かり、僅かに隙が生じる。
既に振う構えになっている一人と一体がその隙を見逃すはずもない。
もっとも最適なタイミングで、もっとも最大効果を発揮する場所で、しかも相手より早く確実に。
じりじりと距離が詰められ、三歩が二歩に、二歩が一歩になろうとした。
その瞬間、状況が動く。
剣がではない。
あまりの緊張に吹き出し始めていた額の汗が、表面張力を越え尊の右目に一気に垂れてしまったのだ。
もし尊が百戦錬磨の剣士であったのなら、その程度で目を瞑ることはなかっただろう。
だが、彼はほんの五日前までVR空間ですら戦ったことがないほどの素人なのだ。
故に、反射的に目が閉じられてしまうことを致し方ない。
しかし、決定的な隙を探っていたペケさんが、それを逃すはずもなかった。
既に距離は刀の間合いを越えている。
必殺の突きが放たれた。
一直線に尊の喉に向けて進む白い木刀。
目を瞑っている尊にそれを認識できるはずもなく、避ける間もなく叩き込まれる。
その寸前、尊の身体が僅かに横にずれた。
首と腕を少しだけ擦りながら刀身が通り過ぎ、精霊領域を張っていなかったのか赤い筋を作り出す。
「つぅううっ!」
強い痛みを感じたのか、閉じた目が涙と共に一気に開かれる。
今度はこちらの番だとばかりに、尊が全身全霊を込め黒姫黒刀改を振り下ろす。
狙いはペケさんの頭部。
精霊領域により瞬間的に補助された斬撃は、瞬く間も与えずに黒い刀身を叩き込む。
寸前、白い木刀から手を放していたペケさんの両手が間に入る。
手首で交差され、手の甲を内側に向けられ、二つのシールドを発生させていた。
光の盾による真剣白刃取り。
空間湾曲による物理防御は強力な上に、挟まれてしまったことにより尊の連撃を封じられてしまう。
捕まえているペケさんの方はまだ余力があるらしく、ゆっくり手首を回転させ、粘着投網を放出する紋章魔法が埋め込まれている掌を尊へと向けようとし始める。
その瞬間、なにかが砕ける音がした。
左手の甲から発せられている光の盾が、まるでガラスのように粉々に砕け、光の粒子となって消えたのだ。
受け止められたその瞬間から、尊は精霊領域補助を全開にして黒姫黒刀改を押し込んでいた。
これによって魔力消費を蓄積させられていた左のシールドが耐えられずに消失。
そして、解放された黒い刀身が、右のシールドに押される形で振り落とされ、ペケさんの肩へと吸い込まれ――斜めに白い身体を両断した。
振り抜き、床に黒姫黒刀改の刀身が突き刺さる寸前、その姿崩れ、一気に白と黒の粒子となってしまう。
両断されたペケさんと、集中力が切れた尊がほぼ同時に後ろに倒れると共に、宙で武装化からダークエルフな姿にカナタが戻る。
「うにゃ!」
何故か主の胸に落ちてきたカナタによって、潰された尊だったが、本人が疲れ切っていることと怒るべき相手が即寝てしまったことも重なってただただ力なく床に寝そべる。
暫くぼーっと天井を見ていた尊だったが、急激な眠気に襲われてしまう。
心身共に疲れ切ってしまったのか、勝利の確認をせずに意識を失うかのように眠ってしまうのだった。




