Scene21『紋章と精霊の魔法』
尊が次に目覚めた時、既にカナタは目覚めてまたしても膝枕をしていた。
「ふにゃ?」
「挨拶します。おはようございますマスター」
「う、うん。おはようカナタ……てことは、VR耐性限界になっちゃったんだ……たった一戦だったのに」
現状の恥ずかしさから逃れるためか、つい別のこと・六日目に突入していることへと思考を向けてしまう尊。
「推測します。人型との本格的な戦闘だったからでは?」
「それはそうかもしれないけど……」
ゆっくり体を起こすと、尊の視界に白い物体が目に入った。
思わずビクッと身体を振るわせてしまうそれは、左腕と肩から脇を切断されたペケさんだった。
「あ……」
動かなくなった白いマネキンを確認して、尊はどうして自分のVR耐性が限界を迎えたのかを悟った。
「……僕は……ペケさんを……こ……」
殺した。壊した。そんな言葉が浮かぶが、口にすることを躊躇われる。
自分がしてしまったことだというのに、改めてそれをまざまざと見てしまうと、するまで考えていなかったその意味を突き付けられてしまう。
「確認します。どうしましたマスター?」
小首を傾げて問うカナタに、尊はペケさんだった物体から目をそらせないまま心中を吐露し始める。
「ペケさんとね。ずっと戦ってたよね」
「肯定します」
「正直、怖かったし、何度もやめたいって思ったんだ。戦いないなんて望んでしたいって今まで思ったこともないし、これからだってずっとそうだと思う……でもね。それだけじゃなかったんだ。なんていうか……楽しかったんだ」
「疑問に思います。そのような様子はありませんでしたが?」
「そりゃ、だって、あの時は必死だったしね。どうやってもなんどやっても、なかなかペケさんに届かなかったし……でも、繰り返していく内に、どんどん近付けるようになって……どんどん強くなっていくのがわかって、届くって確信を持てるほどまでになって、実際に届いて……その過程は間違いなく楽しさを感じていたんだ。そして、ペケさんのことを好きになっていた」
「確認します。好意を抱いたのですか?」
「う~ん……というより、親しみを感じだというか、友達みたいに勝手に感じてしまっていたんだと思うんだよね。だんだんと。でも、自覚はなくって……動かなくさせてしまってからこの気持ちに気付くだなんて……僕は……勝手過ぎるね」
天を仰ぎ、目を瞑る尊。
その目尻には涙がこぼれ、頬に伝う。
「自分が変わることばかり考えて、かもしれない可能性のために動いて、そんなことをしなければペケさんはこんなことにならなかったのに」
「疑問です。ぺけさん。守り人はガーディアン系魔物です。モデルとなったと思われるノーフェイスを含め、そこに自我は無く、意思もありません。ただただ命令に従っているだけの機械です」
「うん。そうだね。でも、そうじゃないよ」
「確認します。そうじゃないとは?」
「自我も、意思も、自分だけじゃ確立できないんだ。他が在って、他を認めて、他を求めて、初めて生じる。その他はなにも自我が在って意思があるものだけが対象にならない。心を傾け注いだものならなんだって確立対象になる」
「考察します。つまり、マスターはペケさんを同一の存在と誤認していると?」
「誤認とは違うかな? そうだと思いたい。思ってる。ううん。願ってた」
「理解不能です」
「そうだね。僕もよくわからないや……でも、人ってそういうものなんだよ。人形に魂が宿っているとか、家族のように大切にしたりとか……だから、この感情はどうしようもないんだ……どうしようも……」
暫く静かに泣き続けた尊は、深くため息を吐くと、正座に座り直した。
頬に残る涙をタキシードの袖で拭き、鼻を少しすすってからゆっくり土下座する。
「ごめんなさい。ありがとうございました」
そんな尊の様子に無表情のまま小首を傾げるカナタだった。
心の底から土下座の後、暫くぼ~っとした後、唐突にパシッと顔を両手で叩いて立ち上がる。
「うにぁ!? し、痺びびれ」
が、長時間正座したために足が痺れたため、ずっこけて悶える羽目になる。
「確認します。大丈夫ですかマスター?」
「う、うん。で、でも、ちょ、ちょっと待って……うー」
少しして、痺れが取れた尊は、今度こそ立ち上がる。
「行こう。地上に」
「了解しました」
頷くカナタに手を差し出し、武装化を手早く済まし、ペケさんの遺骸の脇を通り抜けようとして、尊はふと思う。
「そういえば、戦闘時じゃなくてもこのまま持ってないといけないの?」
今更なことに気付いた尊がちょっと困ったように黒い刀身をゆらゆらとさせる。
抜身でこのまま持つには危険であり、安全に持ち続けるには筋力が足りないことをここ数日の修練で痛感しているのだ。かといって、それだけのために精霊領域補助を展開するのも精霊力の無駄でしかない。
「これが現実だったら、僕の身体も少しは成長したり発達したりするんだろうけど……寝る度にリセットされちゃうしね。かと言ってその度に武装化を解くのも」
「肯定します。これに納刀してください」
カナタの言葉と共に尊の右腰に光が集まり、真っ白な鞘を形成した。
それは尊の身体に付いているのではなく、直ぐ傍に浮遊しているようだった。
「解説します。精霊領域によって固定している鞘です。自由に位置を変えられます。また、補助のように要求される精霊力は通常状態と変わりませんのでご安心ください」
「そうなんだ。じゃあ、え~っと……」
右手で黒姫黒刀改を持ち、左手で鞘を安定させて納刀しようと試みる尊だが、自分の身長の半分以上もある刀身であるため、どうにも剣先がプルプルと震えて上手く入らない。
「は、入らない」
む~っと若干ムキになっていると、鞘が勝手に動き、震える剣先に合わせて入れてくれる。
「あ、ありがとう……カナタ」
若干複雑そうな顔になりながら、すらーっと全て収めた尊は、改めてペケさんを見る。
何度見てももう二度と動くことがない。
どうしても深いため息が出てしまう尊の目の前で、唐突にペケさんの身体に変化が起きた。
黒い楕円形のなにかが現れ、瞬く間に白いマネキンを包み込み、消えてしまう。そこにあったはずの物を含めて。
「ふえ?」
あまりにも唐突な現象に間抜けな声を出して固まってしまう尊。
「確認します。どうしました?」
「え? え? だって、ペケさんの身体が……」
「再度確認します。『異空間収納』に収納しただけですが、なにか問題がありましたか?」
「異空間収納? なにそれ?」
初めて見た現象が自身の武霊が行っていると知り、尊は戸惑うしかないが、カナタは平然と言葉を続ける。
「事後報告します。既に一度使っていますが?」
「へ? そうなの?」
全く覚えがないためキョトンとする尊の前に、白い円が現れ、そこから見覚えのある真っ二つに割れた真ん丸の岩石がボトリと落ちる。
「リビングストーン!?」
尊は穴の中央に見覚えのある虹色の円があることに、それが狭間の森で倒した魔物であることに気付くがちゃんと確認する前に、落ちた床に黒い円が現れその中に消えてしまう。
「え? ええっ!?」
戸惑うしかないチラ見せだったため、しばらくポカーンとする羽目になったが、少し間を開けハッとなって黒姫黒刀改を見る。
「いつの間に!?」
「回答します。走り出した時にです」
「背後でしてたの?」
「肯定します。異空間収納は、精霊領域が展開できる範囲のみに使用できる機能ですので、あまり離れると使うことはできません。また、初期設定では初心者プレイヤーの取り忘れを防ぐために戦利品は必ず回収するように設定されています。なお、異空間収納は、精霊力によって維持されています。そのため、VR体の安全を優先した強制転送を引き起こせば、強制転送範囲外の異空間収納は強制的に消滅させられ、中に入れられているものがその場に残されてしまうので、ご注意を」
「え? それって持っているアイテムを失うってこと?」
「肯定します。ただし、強制転送範囲は変更可能であるため、意図すれば異空間収納にある物も一緒に強制転送することは可能です。勿論、その分の必要精霊力が増大し、武装化時間が減ることをご留意ください」
「うん。わかった……けど、そういうことができるなら、というかしているなら、説明して欲しかったな……」
「疑問提起します。説明済みですか?」
「ええっ!? い、いつ?」
「回答します。契約直後です」
「あ~……なるほど……余裕があんまりなかったからな……」
始めて自分が参加したサプライズ型イベントCM。と思い込んでいた一週間前のことを思い出し、尊は苦笑した。
「なんだかあの時のことが随分昔のように感じるよ」
「疑問提起します。体感時間で一週間ほどのことですが?」
「うん。そうなんだけどさ。色々あったし、今も色々続いているし」
「疑問です。よくわかりません」
「ん~ここら辺は人とナビの感覚の違いって奴なのかな?」
「不明です」
カナタのそっけない返答に苦笑してしまう尊だったが、ふと思う。
「ペケさんの身体を回収したのは、内蔵されている紋章魔法があるからってのはわかるけど、リビングストーンの身体を回収したのはなんで?」
「回答します。様々な魔法具の素材になるからです」
「あの岩の塊が?」
「可能です。強調します。ただし、最も素材として有益なのは、中央にあるコアです」
「あの虹色の?」
「肯定します。リビングコアは魔力の塊であり、それぞれが集める素材の基礎的属性魔法が込められています。そして、紋章魔法はそれを基礎に造られたものです」
「基礎? ああ、そういえば、紋章魔法の大きさとリビングコアの大きさってほとんど同じだね。つまり、紋章魔法のベースになるんだ」
「肯定します」
「となると、もしかして、リビングストーンのコアを使って新しい紋章魔法を作れちゃったりする?」
「可能です」
ワクワクと聞いてみると予想通りな答えが返ってきたのでパーッと顔を輝かせる尊だったが、
「強調します。ただし、現状所有している素材ではリビングストーンの保有魔法を再現する程度のものしかできません」
「え? それって……」
「回答します。岩石を吸着するのみの魔法です」
「……うわ、いらなさすぎる」
思わずガクリと項垂れてしまう尊に、カナタは更に止めを刺す。
「追加補足します。また、紋章魔法の製造レシピはプレイヤー間で最も価値があることであるため、多くのことが秘匿されているようです」
「ってことは妖精広場で公開されているレシピはほとんどないってこと?」
「肯定します。基礎的なもの以外は確認できませんでした」
「武霊のナビとしての能力でなんとかならないの?」
「思考します……素材があればある程度のことは予測可能ですが、ティターニアワールドに組み込まれている魔法法則と武霊が使う精霊魔法はアプローチの仕方が全く異なるため、完全な出来上がりを予測することは不可能だと推測されます。強調します。ただ、紋章魔法の製造経験を重ねればそれはある程度改善される可能性はあります」
「なるほど……ちなみに精霊魔法と紋章魔法ってどう違うの? 紋章魔法は、この世界の魔法法則そのものを利用したもう一つの魔法ってのは聞いたけど、精霊魔法に付いては使えないからほとんど聞いてないよね」
「肯定します。それでは、説明します。精霊魔法は、武霊のナビとしての情報改変よって強制的に具現化される現象です」
「情報改変? QCティターニアが構築しているこの世界にそんなことできるの? ナビってそんなことまでできるんだ」
「肯定します。強調します。ただし、一定の権限を与えられている必要があります」
「まあ、演算能力が違い過ぎるだろうしね」
「肯定します。強調します。もっとも武霊は、他のナビと少し事情が違います」
「うん? どんな?」
「QCティターニアは元々この世界を構築するだけでその機能の全てを使っています。そのため、私達武霊やプレイヤーを受け入れるには負担が大きく、それを低減するためにティターニアワールドの一部の理を司るという形で武霊に代行させています」
「VR体の管理も代行してたよね?」
「肯定します」
「武霊さん達も結構大変なんだね……」
「否定します。それが私達の役割ですから」
「うん。まあ、そうなんだけど……え~と、とにかく、確かにそれなら精霊魔法と紋章魔法は全然アプローチの仕方が違うね。全く別物って言ってもいいかも」
「肯定します」
「そういえば、リビングコアの素材には基礎的属性魔法がって言っていたけど、やっぱり魔法には属性があるの?」
「肯定します」
「精霊魔法は?」
「存在します」
「武霊ごとに違うの?」
「肯定します。武霊が代行しているのは演算能力の違いから理の一部しか請け負うことができません」
「それが司る属性になるわけだね? ちなみに、属性の違いがあるとどんな感じになるの?」
「回答します。得意不得意が存在します」
「ん~っと、炎なら炎を生み出したり防いだりするのが得意になって、その反対、水とか氷とかを生み出したり防いだりするのが苦手になるってこと?」
「肯定します」
「不得意だとどうなるの?」
「回答します。精霊力の消費が大きくなります。警告します。妖精広場によると、この属性は普通のRPGのように考えでは駄目だそうです。あくまで司っているものから物理法則的に遠いか近いかが影響するようです」
「火なら火で起こせる現象、光や熱。起こせない現象、闇や冷って感じ?」
「肯定します。また、司っている属性は、精霊領域にも影響が出ます」
「ああ、なるほど、精霊領域も要するに情報改変の一種なわけね? となると、火を司っている武霊の精霊領域なら熱気に触れてもそれほど精霊力を消費しないけど、冷気に触れると倍の消費になるってことだよね」
「肯定します」
「ん~精霊魔法がQCティターニアの演算し続ける現象の一時的な書き換えであるなら、どんなことでも出来そうだけど、担当している理以外には干渉できないの?」
「可能です。強調します。ただし、司っている理の領域から間接的に干渉しなければいけないため、精霊力消費が離れれば離れるほど高くなります」
「その消費量に属性以外の増減要素はある?」
「例を上げます。規模・威力や、書き換える現象がティターニアワールドの世界法則から外れれば外れるほど消費は増加します」
「火種がない所に火を生じさせようとすれば、火種のあるところに比べて倍以上の消費を強いられるって感じ?」
「肯定します」
「そうなると、武霊さん達がなにを司っているかとても大事っぽいね……まあ、今の僕にはあんまり関係ない気がしないでもないけど……ここから先、もしかしたら、属性系の攻撃をしてくる魔物に出会うかもしれないよね?」
「肯定します。妖精広場には、ガーディアン系以外の魔物との遭遇例が存在しています」
「だよね。となれば、ちょっと今更な感じがあるけど、カナタが司っている属性ってなに?」
「回答します。引力・斥力です」
「それってちょっとカッコイイかも! そっか、引力と斥力か……ん? ちょっと待って! 司っている属性って、精霊領域にも影響が出るんだよね?」
「肯定します」
「それって、もしかして、影響を与えることもできるんじゃないの!?」
「肯定します」
立ってられないほどの衝撃を受け、思わず床に四つん這いになってしまう。
「確認します。どうしました?」
「いや、つまりさ、精霊領域に引力と斥力の性質を加えることぐらいはできるってことだよね? 攻撃魔法は使えなくても」
「肯定します」
「だよね……それを知っていれば、楽にペケさんを突破できたんじゃ?」
「可能性はあります」
「ど、どうして教えてくれなかったの?」
「回答します。聞かれませんでしたので」
「ま、またそれ……ん~やっぱりまだまだ自主性はないってことなのかな?」
小さくため息を吐きながら、尊は立ち上がった。
「とりあえず、色々と試しながら上を目指そうか。考えてみれば、ペケさんから紋章魔法も手に入るわけだしね。ついでに、天井の照明も持ってこうか? 地下一階は確か真っ暗だったはずだし」
「了解しました」




