第二十六話 無くしたもの、残されたもの(前編)
ギルド本部の訓練場では、今日もサクラとシェリーが激しい特訓を繰り広げていた。
「どうしたのサクラ、動きが鈍いわよ!」
「まだまだ!」
振り下ろされるサクラの大剣をいなし、合間合間に槍での反撃を加えていくシェリー。
その光景はいつもと変わらない訓練風景にも見えた。
だがサクラからは普段よりも激しい気迫が感じ取れ、シェリーも少し戸惑っているかに見えた。
「先輩物凄く気合が入ってますけど、どうかしたんでしょうか?」
「それは……」
脇で見るハーミルもその只ならぬ様子に気付いたのか、困惑した顔を見せていた。
時計塔での一件からだ、サクラが何かに追い詰められたかのように特訓に熱を上げ始めたのは。
「流石に疲れたわ、今日はこれくらいにしましょう」
「私はまだまだ出来ますよ!」
そのまま数時間もぶっ続けで特訓は続けられ、流石のシェリーも音を上げていた。
「何があったか知らないけど、焦っても仕方ないわよ」
「そう……ですね」
シェリーに諭され、冷静さを取り戻したサクラ。
そのまま今日の訓練はお開きになり、俺とサクラは共に家路に付いた。
「ただいまー!」
「お帰りサクラ、随分と訓練に精が出ていたようじゃないか」
元気よく家のドアを開けたサクラに、エイラが問いかける。
訓練に集中していて気が付かなかったが、いつの間にか外は薄暗くなり、時刻はもう夕暮れ過ぎであった。
「そ、そうですかね」
「心境の変化でもあったのかな?」
「それは……内緒です」
エイラさんの問いかけにも、言葉を濁すだけではぐらかすサクラ。
普段なら隠し事をする気配すら無いサクラがこんな風になるなんて、一体どうしたのだろうか?
「ヒカル、君に何か心当たりは無いか?」
「心当たりですか……」
エイラさんもそんなサクラの様子を心配したのか、俺にそう問い掛けて来た。
恐らくサクラがああなった原因は――
「大剣の鎧騎士……か」
「あいつと戦ってからだと思います、サクラの様子が変わったのは」
同じ大剣使いに負けた事で、何か感じ入ることがあったのだろうか、それにしても今のサクラの様子は、明らかに何かがおかしいと感じられるが。
「ふむ、その魔人について、何か気になったことは無いかな」
「そういえば……サクラに酷い事を言っていました」
俺は鎧男が去り際に残した言葉を思い出す。
「お前は向いてないからもう辞めろ……みたいな」
あの時はサクラを守ることで頭が一杯だったから気に留めなかったけど、敵にあんなことを言うなんて、あいつは一体どういう考えだったんだ?
「……まさか」
「エイラさん?」
「いや、多分私の思い過ごしだろう」
俺の言葉に、何事か思い当たる節を見せたエイラさんだったが、俺の問いかけには答えず、深刻な表情を浮かべて暫し考え込んでいたのだった。
三人揃っての夕食の時間、何時もなら皆の賑やかな話し声が響く食卓。
だが今日は誰も口を開くこと無く黙々と食事を続けていて、張り詰めたような緊張感が漂っていた。
「……エイラさん」
不意に沈黙を破り、サクラが普段からは想像も出来ない真剣な声で話し始める。
そのエイラさんを見つめて動かない目からは、内心に深い決意が秘められているのを感じられた。
「何だい?」
「教えて欲しい事があるんです」
一旦言葉を切り、深く息を吸ってから、サクラはその言葉を告げた。
「十五年前、何があったのか」
「サクラ……!?」
戸惑う俺を他所に、サクラは話し続ける。
「あの時何が起こって、どうしてお父さんが死んだのか、はっきりと知っておきたいんです」
「どうして急に……なんて言うのは野暮かな」
サクラを優しげに見つめ、そう感慨深く告げるエイラさん。
「ずっと気になっていたんだろう?」
「気付いていたんですか!?」
「伊達に十五年以上も君と一緒に暮らしてないさ」
エイラさんの言葉からは、俺には計り知る事の出来ない積み重ねられた思いが感じられた。
「まあ、今日行き成り聞く気になった切っ掛けは、流石に気になるけどね」
「それは……」
言葉を失うサクラ、恐らく理由はあの大剣使いとの戦いだと思うけど、サクラはあの戦いから何を感じ取ったのだろう。
俺にはまるで見当が付かなかった。
「じゃあ俺はこれで……」
「行かないでください、ヒカルさん」
部外者の俺がここに居るのは不味い、そう思って退出しかけた俺だったが、縋るような視線を向けるサクラに引き止められてしまった。
「でも、俺は」
「いや、君も聞いてくれないか」
「エイラさん……?」
渋る俺だったが、エイラさんにも引き止められてしまい、そのまま席に腰を下ろした。
「君も虹光旅団の一員として、この家で暮らす一員として、知って置いて欲しいんだ」
「あの時、何が起こったのかを……」




