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第二十四話 十五年目の亡霊

 街外れの廃墟、外壁には何かの植物の蔓がびっしりと張り付き、誰も好き好んでは近付かない不気味な場所、その中に人二人分程はある大きな黒い繭の様なものが横たわっていた。

 それの周りには、幾つもの巨大な蟻の死骸が折り重なって力尽きていた。

 あのキュウキが命の途切れる間際に、蟻に命じて地下から運び出したのだ。

 

「キュウキも逝ったか……」

「……は」


 その繭の周りに立つのは、頭を垂れ平伏した格好の男、その格好はいかにも武人といった感じで、無骨な漆黒の鎧を身に纏い背中には自身の身長ほどある巨大な大剣を装備していた。

 そしてもう一人……


「だが、彼女は役割を果たしてくれた」


 廃墟の中に芯の通った声が響く、声自体は青年のものの様にも聞こえるが、悠然とした口調からは長い時を過ごした老人の如き風格が漂っていた。


「トウコツもそうだ、奴の手によって既に下準備は終わった」


 立ったまま武人風の男に語り掛けるのは、一見キュウキ達と同じ黒いローブを身に付けた男。

 だがそのローブは、キュウキたちのそれとは違い、各所に金地の美しい装飾が施され、装着者が高い身分である事を窺わせた。


「奇遇な事に、あれから人の暦では丁度十五回程年が巡っていたらしい」


 そう告げた男の声は、どこか喜色を含んでいるように思われた。


「始められるので?」

「ああ、舞台の幕は、私自ら開けるとしよう……」 


 最後にローブの男がそう言った次の瞬間、黒い繭と共に、二人の男は廃墟から忽然と姿を消したのだった。 


 サクラの家で料理を手伝っていた俺だったが、不注意で指を包丁で切り付けてしまった。

 意外に深く切ってしまった様で、指からは少し驚くほどの量の血が流れ出ていた。 


「だ、大丈夫ですかヒカルさん!?」


 その様子を見て、当事者の俺以上に慌て出すサクラ。


「これくらい別に……」

「駄目ですよちゃんとしないと、包帯取って来ますね」


 放っておけば直ると言う俺を軽く嗜め、サクラは自室へと救急箱を取りに向かった。


「これは……」


 その間することも無く傷口を眺めていた俺だったが、その俺の目に予想外の光景が映し出された。

 指の傷が、まるで映像を逆再生するかのように……


「持って来ましたよー!」

「ってあれ? 傷は……」


 駆けつけたサクラは、俺の指を見て不思議そうな顔をする。

 そう、俺の指には傷など無く、あれ程流れ出た血液でさえ、跡形も無く消えていたのだった。 


「サクラが大袈裟過ぎるんだよ」

「そ、そうみたいでしたね……」


 自分の早合点だったと思ったのだろう、サクラは少しだけ落ち込んだ様子でまた料理に取り掛かった。

 サクラが見間違えたのではない、確かに俺は傷を負い、血を流した。

 だがその傷は一瞬で治癒し、一旦は外に出た血液でさえも元通りに俺の体内へ戻っていったのだ。


「もう、時間が残ってないのかもな……」

「ヒカルさん? 何か言いましたか?」

「いや、なんでも」


 既に俺の体は、人間とは別のものに変わり始めている。

 自身の体の変質を自覚した俺の呟きは、誰に聞こえるでもなく騒がしい台所の中に消えていったのだった。


 時は夕刻、イーレンから王都へ続く街道、石畳の道には西日が差し、通り掛かる人々も疎らになる頃。

 イーレンギルド協会会長が乗る馬車が定期報告の為王都へ向かっていた。

 その四方には、上級ギルドの精鋭が騎乗して護衛を務めており、過剰なまでの警護体制の下、旅路は予定通りに進んでいる、かに見えた。


 と、前触れもなく馬の驚いたような雄叫びが響き渡り、前触れもなく馬車が急停止した。


「どうしたのかね?」

「申し訳ありません、魔物の群れが道を塞いでいたようで……すぐに排除します!」


 会長の問いかけに、馬車を庇うように陣形を整えた護衛が答え、そのまま魔物の群れへと突進していった。

 多少のアクシデントがあったものの、護衛の実力を考えれば問題なく魔物を掃討してまた走り出せるだろう、会長はこの時そう考えていた。


 だが、十分程経っても、護衛の帰ってくる気配はまるで無かった、流石に不穏に思った会長が御者に問いかけようとした、その時。 


「貴様何を……!?」


 その声を最後に、御者の気配は消え、馬車の扉が一瞬で跡形もなく消滅した。

 力による破壊ではなく文字通りの消滅、扉の破片一欠片すら、そこには残っていなかった。  


「失礼する」

「な、いきなり押し入ってくるとは、何事じゃ!?」


 そして現れたのは、黒字に金の装飾の入った豪華なローブに身を包んだ不穏な気配を漂わせる男だった。


「失礼だと言ったはずだが?」

「ええい、誰かおらんのか、誰か!」


 動揺した会長の呼びかけにも、誰一人として答えるものは無い。


「無駄だ、既に生きているのは貴様のみ」


 その男の言葉通り、周囲の護衛は男によって一人残らず消滅させられていたのであった。


「貴様……一体……」

「ふむ、この姿では分からないか」


 呆然とした表情の会長とは対照的に、落ち着いた態度を見せる男。


「何を言って……」

「では、これならどうかね?」


 その言葉ととも、ローブを脱ぎ去った男の姿は……


「まさか……有り得ない!」

「ほう、覚えていてくれたとは嬉しい限りだ」


 会長の反応を目にし、皮肉めいた笑みを浮かべる男。


「十五年目の……亡霊……」


 その言葉を最後に会長の乗った馬車は深い闇の中へ消え、後には月明かりに照らされる街道と、自由になった馬が残されたのだった。   


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