第十話 白浜の大決闘(後編)
アクシオス海岸での依頼も二日目を迎え、俺達は今日こそ海獣を見つける為に張り切っていた。
「今日こそ見つけますよ!」
「おおー!」
サクラの気合の入った掛け声と共に出発し、散り散りになって村の全域を探索する俺達。
だったのだが……
「どうだった?」
「いや、さっぱり……」
お昼にまた全員で集まって成果を報告し合っていたのだが、何処を探しても伝説の海獣の影も形も見当たらなかった。
「ふーむ、何か巨大な影を見た、という証言はあるのだが」
「やっぱり伝説は伝説なのかのぅ……」
皆が落ち込みムードの中、特に沈んでいる様子だったサクラの事が気になった。
何時もの元気はどこへやら、終始心此処にあらずといった感じであった。
「まあ、サクラもそんなに落ち込まないで」
「あ、いえそれも有るんですけど、探索してる時誰かに見られてたような……」
俺の励ましに、サクラは一瞬ハッとしてから、不思議そうな顔で答えた。
「誰かって?」
「いえ、多分気のせいですね」
そう言ってこの話題は此処で終わったのだが、サクラの感じていた視線、何か気になるな……
昼食を取ってから今度は全員で海岸を探索、ついでに村長に頼まれた海岸のゴミ拾いをしていた時。
「あれって……」
特に意識するでもなく水平線の方を見た俺の目に、信じられないような光景が飛び込んできた。
「どうしたのよ、手が止まってるわよ」
その俺の様子を不思議に思ったのか、シェリーが話し掛けてきた。
「いや、俺の目がおかしいのかもしれないけど、あそこ」
俺が指差した先には、まるでそこが普通の地面であるかのように悠然と直立する、黒い神秘的なローブ姿の何者かの姿があった。
その者が纏う異様な雰囲気に、俺はまるでその空間だけ夜の闇に包まれたかのような錯覚を覚えた。
「何も見えないわよ?」
シェリーの返答に、もう一度その場所を確認するが、そこには誰も立っていなかった。
「今確かに海面の上に誰かが立って……」
俺が不思議に思って周囲を探ろうとしたその瞬間。
「何だ!?」「地震……?」
海岸に立っていた俺達を、一斉に激しい揺れが襲った。
「海が……あれは!?」
そしてその揺れの中、水平線の向こうに巨大な水柱が幾つも立ち昇りったかと思うと。
「あれが、伝説の……海獣!」「エラビガニンって…」
そこに居たのは、距離感が狂うほど馬鹿馬鹿しいしい大きさの、巨大な海獣だった。
二等辺三角形の帽子を被ったかのような頭頂部、体の半分ほどを占める細長い頭、そして最も特徴的なのは、一本一本が大理石の柱かと思う程巨大な十本もの長い足。
それはまさに……
「イカじゃねーか!?」
勝手に名前から甲殻類のイメージを持っていたこちらも悪いのだが、その想像とあまりに違う姿に、なんだか釈然としない思いを抱えてしまった。
だが、呆気にとられている場合ではない。
「変身!」
RIDE ON! RIDE HERO! SRASH!
簡易的にポーズを取り、俺は一気に変身を完了させた。
「私達も行きましょう!」
「その足全部、切り落としてやる!」
サクラ達とともに、こちらに急接近してくるエビラガニンを迎え撃とうとしたが。
「うぉっ!?」
「イカの部下……!?」
その俺達を、突如現れた小型のエビラガニン、つまり成人男性ほどの大きさのイカ型魔物の群れが、一斉に襲い始めたのだ。
「サクラ達は雑魚を頼む! 俺はあいつを!」
その集団をサクラたちに任せ、俺はエビラガニン本体へ向け、一気に突撃した。
「流石に、この大きさは……」
触手攻撃を回避しながら、的本体に何とか接近しようとするものの、自由自在に襲いかかる巨大な触手相手に、まるで距離を詰められない。
こちらに襲いかかってきたタイミングに合わせ、カウンターで二本目の触手を切り落としたその時。
「ぐわっ!?」
その切り落とされた触手に隠れるように潜んでいたもう一本の触手が振り下ろされ、俺はとっさに両手でガードしたが、その衝撃で後方へ弾き飛ばされる。
俺達は互いに攻め手を見つけられず、戦いの状況は膠着していた。
「大爆裂斬!」「剛槍撃!」
振り降ろされた大剣から発せられる衝撃波が、振り回される槍が、砂浜を埋め尽くすように蠢くイカを吹き飛ばして行く。
ヒカルを見送った後、サクラ達はそれぞれ小型イカ魔物と戦闘していた。
「サクラ、中々やるようになったじゃない!」「シェリーちゃんこそ!」
ヒカルの加入はサクラ達にとっていい刺激となっており、サクラ達は飛躍的に実力を伸ばしていた。
「わらわは陽の光が苦手なのじゃー!」
アイリスは昼間では影を使った攻撃がほぼ使えず、ただイカから逃げまわっているだけだったが……
「そう言えば、ナタリアは?」
「あれっ!? いませんよ?」
そんな戦闘の最中、全く姿が見えないナタリアに二人が気付いた。
「こんな時に何やって……」
「私を呼んだかね!」
シェリーが呆れ顔で呟いたその時、彼女たちの上空から空中に浮かぶ巨大な魔法陣の上に乗り、仁王立ちするナタリアが現れた。
「ナタリア!」
「あの荷物は……!?」
魔法陣の上に立つナタリアは、ヒカルが苦労して運んできた、あの大きなな箱を背負っていたのだった。
「こんな事もあろうかと、しっかり準備をしてきていたのだよ!」
その箱に入っていたのは、一見ただの土砂の塊のように思えたが……
「準備って、只の土じゃない!」
「フッ、私を侮ってもらっては困るな!」
シェリーの突っ込みにも全く動じず、ナタリアは何事か呪文を唱え始め、それと同時に魔法陣が眩しく発光し始める。
「土塊よ!」
「あれは……!」
その発光とともに、土の塊は次第に形を成して行き……
「巨……巨人!?」「で、でっかいのじゃ!」
地響きとともに砂浜に降り立ったのは、全長百mはあろうかという程巨大な土色の巨人であった。
後で聞いた話だが、この巨人"ゴライアス"は、ナタリアの使い魔の中でも最大の大きさと戦闘能力を誇るものの、その現出には質の高い黒土が大量に必要で、いわば奥の手とも言える術だったらしい。
「さあ、攻撃開始だ!」
その巨人の右肩に乗ったナタリアが意気揚々と支持を出すと、巨人は小型イカを吹き飛ばしながら、エビラガニン本体へ向け凄まじい勢いで突撃した。
「フハハハ! 凄い、凄いぞ! 私!」
「どっちが悪役だか分かりやしないわね……」
そしてその巨人はエビラガニンに組み付くと、片手で三本ずつ、両足で一本ずつそれぞれその巨大な触手を抑えこみ、完全にエビラガニンの動きを止めたのだ。
「今だ、ヒカルよ!」
ナタリアの言葉に続き、俺は一気に巨人の体を駆け登ると。
「ああ、スラッシュブレード!」
SRASH BLADE!
蒼剣を激しく発光させ、全身のエネルギーを右腕に集中させた。
「スラッシュ・ダイレクト!」
SRASH DIRECT!
そして俺は巨人から飛び上がり、落下の勢いも追加した唐竹割りが、一気にエビラガニンを真正面から真っ二つに切り裂いたのだった。
「やったぁ!」
そのサクラの言葉とともに、エビラガニンは巨大な爆炎を上げ、完全に消滅したのだった。
海岸からの帰り道、俺はまた伸し掛かる程重い荷物を背負いながら、皆とイーレンへ向かって歩いていた。
「これで一件落着ね」
「皆さん喜んでくれたみたいで嬉しいです!」
あの後、村長は俺達の予想以上に喜んでくれ、快く報酬と、おまけの海産物も山盛りになる程俺達に譲ってくれた。
それは良かったのだが、お陰でナタリアの黒土が減った分軽くなるはず俺の荷持は、行きと変わらないか更に重くなっていたのだった。
「ああ……」
「どうした、浮かない顔だが」
「やっぱり持ちましょうか?」
何処か心ここにあらずと言った表情を浮かべ、黙々と歩く俺を心配したのか、サクラが俺に不安そうに話しかけてきた。
「いや、何でも無いさ」
俺は荷物が重いことを気に病んでいたのではなく、エビラガニンが現れる前に一瞬見えた、あのローブの男のことが気に掛かっていたのだった。
あの後皆に話を聞いても俺以外に目撃者はおらず、ただの見間違いだろうということになったが。
俺の胸には、何か大きなことが始まろうとしているような、そんな不穏な予感が渦巻いていたのだった。




