第九話 白浜の大決闘(前編)
俺達は、イーレンから長い道のりを経て、夏の海岸を訪れていた。
「ヒカルさん、海ですよ、海!」
ようやく見えてきた海を前に、興奮を抑えきれない様子のサクラ。
「流石アクシオス海岸、綺麗な白い砂浜ね」
冷静に海岸を観察するシェリーと。
「人は何故、夏になれば海に行きたくなるのか、ふーむ……謎だ」
何故か夏と海について考察しているナタリア。
「わらわは日の光が苦手じゃと言ったであろうに……」
一人分厚い日傘を挿して不機嫌そうな顔のアイリス。
「お、重い……」
そして全員の荷物を背負い、ここまで必死で歩いてきた俺。
こんな事になるのなら、見栄を張って荷物は俺に任せてくれなんて言わなきゃ良かった……
何故俺達が海に来る事になったのか、時頃は少し前の日付に遡る。
「ギルドの人数も増えたことだし、そろそろ遠方の依頼も受けてみてはどうかな」
「遠方……ですか」
そのエイラさんの言葉に、俺は戸惑いがちに頷いた。
ナタリアやあれから済し崩し的に仲間になったアイリスと一気に二人の団員が増え、虹光旅団はそれなりにギルドとしての体裁も整うようになって来ていた。
「ああ、今ギルドは新種の魔物が出たとかで忙しい様でね、私達のような下級ギルドでも、それなりの依頼が回って来るようになっているらしい」
何でも人の形を模した今までより強力な魔物が各地に急激に出没するようになったという事らしいが、それって……
「新種の魔物……」
俺はこの世界で何度か相対した、あの特撮怪人のような魔物達の事を思い出す。
「ヒカル君、何か心当たりでも?」
「……いえ、何でもないです」
俺の見ていた特撮なら、怪人を使って世界征服を企む悪の組織が背後に居るんだろうけど、流石にそれは無いだろうしな。
何かの偶然だろう、と俺は気楽に考えていた、この時までは。
そして俺達は、イーレンから少し離れた海辺の村、アクシオスでの依頼を受けたのだった。
宿に到着した俺達は、荷物の整理をしながら、今回の依頼について話していた。
「伝説の海獣かぁ」
今回の依頼は、遥か昔に滅んだと言われている伝説の海獣、その名もエラビガニンが復活したかもしれないので、調査して欲しいと言う依頼だった。
その海獣は人間より遥かに大きく獰猛で、かつて方々の海を荒らしまわっていたらしいが、その存在は伝説でしか確認されておらず、依頼者の村長も本気で信じていると言う訳では無さそうであった。
最近この村で観光客が行方不明になったり、収穫しておいた海産物が倉庫ごと奪われたりと事件があった事は確かで、巨大な爪後が海岸に残されているのが確認されてもおり、何かがこの村で起こっていることは事実なのだろうが。
「正直眉唾物だけどね」
「でもでも、本当に居るとしたら、浪漫がありますよね!」
信じられないと言った様子のシェリーとは対照的に興奮した様子のサクラ、その目は爛々と輝いており、伝説が本当であることを全く疑っていない様であった。
「わらわはここでゆっくりしていたいのじゃが……」
「あんたねぇ……」
そう言ってうつ伏せになってベッドに埋まるアイリス、どうやらまだ怠惰な性格は直っていないようだ。
「ふむ、新種の魔物の話といい、何やら物騒になってきているのかもしれないな」
そんな俺達から少し距離を置いて、大きな箱を広げながら考え込むナタリア、
「で、その大荷物は何なのよ」
その人一人が入れそうなほど大きな箱に入っていたのは布に包まれた何かで、正直俺がここに来るまでに相当苦労したのはこの箱のせいが大半だったりする。
「ふふ、まあ現時点では見てのお楽しみ、とだけ言っておこう」
その布に包まれた物体を確認しながら、ナタリアは嬉しそうに笑みを浮かべていたのだった。
「……正直不安しか無いんだけど」
そんなやり取りの後、俺達は取り合えず全員で海を調査してみる事になり、いち早く着替えを終えた俺は、砂浜で女性陣が着替え終わるのを待っていた。
「ここで待っててって言われたのは良いんだけど、もう結構待ってるよな……」
女の子は身支度に時間が掛かると聞いた事があるが、多分三十分以上は待ってるんだけどなぁ……
「ヒカルさーん! お待たせしました!」
そんな俺に、背後からサクラの能天気な声が掛けられた。
「ああ、遅いよサク……ラ」
一言文句でも言ってやろうかと思って振り向いた俺だったが、サクラの水着姿を見て、そんな考えは吹き飛んでしまった。
「どうかしましたか?」
今まで何となくしか意識していなかったが、サクラは相当スタイルが良い。
その大きな胸が、サクラの髪の色と同じ薄紅色のフリル付きの水着からはち切れんばかりに主張しており、また下を見ても、健康的に軽く日焼けした細い腰や足が目に入って、俺は始めて間近で見たビキニ姿の女の子に、かなり動揺してしまっていた。
「いや、えーっと……に、似合ってる……よ」
「本当ですか、ありがとうございます!」
俺のありきたりな褒め言葉でも、満面の笑みを浮かべて喜んでくれるサクラ、どうしよう、物凄く可愛い。
「何見惚れてんのよ、このスケベ」
「な、ななな!?」
そんな俺の浮ついた考を見透かすようなシェリーの突き刺さるような視線と言葉に、心臓が止まりそうなほど驚く。
「全く、男ってのはどうしてこう……」
「ちち、違うってば!」
完全に軽蔑した目線で俺を見るシェリーにどうにか弁解するが、焼け石に水状態であった。
「はいはい、まあそういう事にして置くとして……その、どうよ」
「え、シェリーも似合ってるけど」
急に顔を赤らめて意見を求めてきたシェリーに、俺は素直な感想を返した。
「何よそのついでみたいな……」
「いや、本当に似合ってるってば」
何故かシェリーは不満そうだったが、眩しい黄色の水着に身を包んだシェリーは、先程のサクラに勝るとも劣らないほど魅力的で、俺は平静を装うのが精一杯であった。
「はぁ……まあ、あんたに雰囲気なんてのを求めるのが間違ってるんだろうけどね」
褒められたのにも関わらず、そう言って機嫌を損ねたまま返すシェリーに、俺は訳が分からず困惑するばかりであった。
「ふふ、見せてやろう、この私が独自に考案した、最も効率的な水着の姿を!」
次に現れたナタリアが着ていたのは、紺色のワンピースタイプで、ぴっちり肌に張り付く感じの素材の水着。
その水着は、明らかに俺の世界で言う所の……
「いや、確かに凄い似合ってるんだけど……」
「けど?」
そう、その水着は俺の世界に存在する、あの学校用のスクール水着そのものであった。
「何か卑猥な感じがするのよね……」
「な、何故だ!」
幼児体系のナタリアがそれを着ると、物凄く似合ってはいるのだが、どこか犯罪集がすると言うか……
この世界にはスクール水着文化が存在していないはずだが、それでもシェリーはその姿に何か如何わしい物を感じたようであった。
最後に現れたアイリスは、先程と同じ黒のドレスのゴスロリスタイルに日傘姿で、全く泳ぐ気は無さそうであった。
「アイリスちゃんは泳がないんですかー?」
「わらわは日の光と水が苦手なのじゃ」
サクラの問いに、さも当然と言った様子で答えるアイリス。
「そうですか、残念ですー」
サクラは寂しげな顔でそう返したのみに留まったが、俺は……
「そっか、アイリスの水着、見てみたかったけどな」
「何言ってんのよこの変態は」
「そ、そういう意味じゃないってば!」
俺は単に、アイリス一人だけ仲間外れみたいで嫌だっただけなのに……
「……そうかえ? 本当に見たいのかえ?」
しばし間を置いた後、真剣な表情で問いかけてくるアイリス。
「うん、アイリスなら、きっと凄く可愛く似合うだろうから」
「むぅ……」
その俺の言葉に、アイリスは暫く考え込んでいたのだった。
それから各自思い思いに海を楽しんだ後、サクラがどこからか運んできたあの果物を手に持ち、皆に集合を掛けた。
「ほーらヒカルさん、スイカですよスイカ!」
それはあっちの世界でも夏の代名詞となっている果物、緑と黒の縦縞に包まれたそれは、間違いなくあのスイカであった。
「異世界でもスイカ割りの習慣はあるんだ……」
遠く離れたこの世界、しかも日本風ではなくヨーロッパ風の文化が息づくこの地でも、何故かスイカ割りの習慣は確かに存在している様だった。
「何不思議な顔してんのよ、ほらほら、さっさとこれ巻いて」
「しかも俺が割るんだ!?」
困惑する俺を他所に、テキパキと目隠しが巻かれ、右手に木の棒を持たされる。
「頑張ってくださいね!」
「張り切りすぎて転ぶんじゃないわよー」
その応援の言葉と共に、俺はゆっくりとスイカへ向け歩き出した。
「ヒカル、私の言葉を信じれば間違いないぞ! そこから南西の方角に0.7歩、更に南南東の方角に0.3歩だ!」
「指示が細かすぎるよ!?」
ナタリアのさっぱり把握できない指示に惑わされ。
「そっちではないぞヒカルよ、ええい、だからこっちだと言っておろうに!」
「何が何だか……ええい、ここだ!」
アイリスの必死なのは分かるが全く伝わらない指示にも負けず、俺はなんとかスイカの地点(だと思われる場所)に到達し、勢い良く棒を振り下ろした、果たしてその結果は。
皆で海辺に横一列に並んで座り、先程割ったスイカを分け合って食べる。
「凄いですヒカルさん、ドンピシャです!」
「まあ、今回は素直に褒めざるを得ないわね」
何と俺の放った一撃は、見事にスイカに直撃し、綺麗にスイカは粉々に割れていたのだった。
「私の的確な指示のお陰だ、そうだろう?」
「このスイカという果物、初めて食べたが中々じゃのう!」
皆が好き勝手な事を言いながらスイカを食べているのを横目で見ながら。
「こっちでもスイカの味は変わらないんだなぁ……」
俺はしみじみと夏の風物詩を体感していたのだった。
スイカを食べ終わり、スイカ割りなどの後始末をした頃には、すっかり黄昏時を迎えていた。
「そろそろ夕暮れですねー」
「こうやって海で見る夕日も、なかなか乙な物だな」
「確かに、美しい光景じゃのう……」
皆で海に沈む夕日を見ながら、俺達がすっかりその壮大な景色に浸っていた、その時。
「って、私達普通に遊んでるじゃない!」
「ああー!?」
シェリーの唐突な突っ込みに、俺達は一斉に現実に引き戻された。
「皆さっぱり忘れてたな……」
こうして、一日遊んだだけで終わってしまった俺達。
果たして、伝説の海獣を退治し、この村に平和を取り戻すことは出来るのか、そもそも、そんなものは本当に存在するのか。
様々な謎を抱えたまま、俺達の戦いは取り合えず次の日へと持ち越されたのだった。




