第三話 陰陽術
5歳になった、桶狭間まであと数ヶ月といったところだろうか。やっと普通に話しても「多少利口な子ども」程度で済まされる年齢だ。俺への訓練も本格的に始まった。言葉遣い、礼儀作法、内政、算術さらには古文学から和歌など学問だけでなく公家が学ぶ一般教養のようなものを佐渡守が教える。礼儀作法や和歌はともかく、歴史学者、それに中身大人にとってこんなものは朝飯前だ。なお、武術や兵法や陰陽術を権六が教える。二人とも教えるのがうまくて、教わっていても楽しい。え?陰陽術とは何かって?説明しよう。……俺はこの世界に来て色々と驚かされてきた。だが、今回が一番やばい。俺の歴史知識が通用するのかすら怪しい。簡単に言えば、異世界小説なんてものでよく出てくる「魔法」が一番近いだろう。歴史小説とかで見る「祓い給え、清め給え、〇〇におわす大いなる」的なやつではない。例えば「火之迦具土神よ、我に力を与え給え。『火球』!」的な厨二病満載の詠唱をすると、小さな火の玉が手から出てきて、対象に飛んでいく。ちなみに中級は、炎弾と言って、「火之迦具土神よ、我に力を与え給え。穿ちて放て、炎弾!」、級が上がると詠唱も長くなり、厨二病チックになるのだろうか。そんなことはさておき、遠距離攻撃の手段が、弓、鉄砲に加え、陰陽術もある。俺の持っている歴史知識が通じない理由はここにある。戦において、遠距離攻撃の精度が趨勢を決めると言っても過言ではない。例えば、元寇、元軍の集団戦法、弓、そして『てつはう』などの新兵器が、従来の日本側の戦い方を大きく動揺させた。陰陽術、実践ではどれだけ役立つのだろうか。
「では、若、こちらの的に向けて、お好きな初級の陰陽術を。」
そんな中、初めて実践を行う。権六が持ってきたのは、俺が弓の練習に使う、子供用の弓の的。よしよし、俺が生き残る方法が見つかるかもしれないし、とりあえず、実験がてらいっちょ撃ってみるか!
「わかった。」
「火之迦具土神よ、我に力を与え給え。『火球』!」
ドォン!
思ったより威力が出たな、木の的が消し炭になったぞって――
「あぁ!か、壁に、焦げが!ど、どうすればいいのだ!権六!」
的の奥の石の壁に焦げがついていた。権六があんぐり口を上げてる。
「お、おい、権六!しっかりしろ!」
「さ、さ、ささささ、佐渡守殿ぉぉぉぉお!」
佐渡守が駆けつける。
「ど、どうした権六!若になにかーー!若、権六!その壁の焦げは!」
「さ、佐渡守、殿。わ、若の『火球』が、的を消し炭にし、奥の、壁、まで…」
「な、なんだと!若!本当にこれを貴方様がやったのですか!?」
え?何か、悪いことした?あ。壁を焦がしたから父上に怒られる的な?だとしたらやべぇ。
「す、すまん、うまく威力調査ができず、壁をーー」
「「お、おぉぉぉぉぉお!」」
「佐渡守殿!これは、これは!」
「あぁ、権六よ、ある意味一大事じゃ!学問、武術、ともに並大抵ではないと思っていたが、ここまでとは!わ、わしは殿を連れてくる!その間、若をよろしく頼むぞ!」
「はっ!!!」
そういうと、佐渡守は走り去り、勝家が泣きながら俺を抱き上げる。
「若!この、柴田勝家!感服いたし申した!内政の知識も十分にあり、計算も速く、更には槍や刀や弓といった武芸まで、10の子どもかと同じ程度に十分にできると思っておりましたが!よもや、ここまでとは、うおぉぉぉぉぉお!うおぉぉぉぉぉお!」
…あれ?もしかして、結構やばめ?
同時刻、信長の自室
「ん?帰蝶、吉乃?いまなにやら大きな音がしなかったか?」
「そうですか?」
「私にも聞こえませんでしたが…。ん?」
ドタドタドタドタドタドタドタ!
「殿!濃姫様!生駒の方様!」
「どうした佐渡守、騒々しい。」
「い、一大事にございまする!奇妙丸様が!奇妙丸様が!」
「奇妙丸じゃと?あ、あの子に何があったのじゃ!」
「あ、あの、奇妙丸様が、奇妙丸様が鍛錬で!」
「だから奇妙丸が鍛錬でどうしたんじゃ!」
「佐渡守、落ち着きなさい。」
「殿もそう焦らせるから佐渡守が話しにくくなるのですよ。」
「む、それもそうか、すまぬ。それで、何があったのじゃ。」
「奇妙丸様が、陰陽術の訓練のさなか権六に言われ、的に「火球」を放ちましたところ、その、的が消し炭になり、更には壁まで焦げるほどで!」
これを聞いた3人は数秒固まった。
「は、はぁぁぁぁあ!?なんじゃと!」
「佐渡守!それは真ですか?それに、き、奇妙丸は!あの子は無事なのですか!」
「な、なんと…あの子は何処にいるのですか!?」
「濃姫様、生駒の方様、ご安心なされ、奇妙丸様に傷は何一つありませぬ。今は、権六がそばにおりまする。」
二人は安心して胸をなでおろす。
「佐渡守、今の話、真か?」
「はっ!もちろんでございまする。」
「そうか、そうかそうか。クックックックック。良かろう、佐渡守、案内せよ!帰蝶、吉乃、お主らもついて参れ!」
「「「はっ!」」」
「誠に、若君がこれを?」
「権六殿は見ていたそうじゃが。」
「いや、でも魔法の殿の才にあふれる殿の御子息とはいえ…」
「にわかには信じがたいがな。」
「しかし、権六でも初級でその威力が出せるとは思えん。」
「若君がやったのなら、これは一大事だぞ。」
はい、どうも皆さん、こんにちは、佐渡守が帰ってきたと思ったら、その後ろに父上と、母二人がついてきてしまったという状況に陥り、それを聞きつけた他の家臣が集まってきており、大人複数人、いや数十人に囲まれ、対応に悩んでおります。視線が痛いです。お?なんだ?どうした?大人複数人でよってたかって俺をいじめて楽しいか?いい度胸だなぁ?こちとら一回射殺されとんねん。俺に怖いものなんぞねぇ。かかってこいやぁ。第六天魔王がなんぼのもんじゃい!
…………すいません。ふざけすぎました。やっぱりみんなの視線が痛いです。普通にパパ怖いです。探るような、なんとも言えない顔でこっちを見ないでください。その顔やめてください。……怒ってんの?怒ってないの?どっちなんっだい!筋肉◯ーレット!…すいませんまたふざけました。けっして、某筋肉芸人の真似をしたいわけじゃないです。って、そんな場合じゃないんだよ。某筋肉芸人のマネして現実逃避している場合じゃない!!俺はこの鬼パパへの言い訳を考えなきゃいけないんだよ。どうする?コントロール、じゃなかった、制御できませんでしたって言うか?でも怒られるよな。やべぇぇえ。マジでどうし――
「奇妙丸、佐渡守の言う通り、これは、真にお主がやったのか?」
「は、はい。」
くそ、父上その顔やめてくださいって言ってるだろ!あーもう!あやまって、少しでも怒りを!
「申し訳ございませぬ!術式の制御ができず、斯様なことに――」
「奇妙丸、お主、なにか勘違いしておるな。まぁそれも当然か、まだ齢五の童だものな、怖がるのも当然じゃ。奇妙丸、わしはお主に対して、何も怒っておらん。」
「え?」
え?あれ?父上、怒ってない感じっすかね。…耐えたぁぁぁぁ!良かったぁぁぁぁぁ。
「むしろ、わしは誇らしいぞ!ほれ、奇妙丸、もう一度できるか?やってみせよ。」
え?父上ぇ?そんな純粋無垢なキラッキラの目でこっちを見つめないでください。あと母上に濃姫様に家臣の皆さん?あなた達もです。そんなキラッキラの目で見ないでください。
「ほれ、やってみせんか。」
えぇ、これ、やんなきゃいけない感じですかね。まぁやんなかったら権六と佐渡守が怒られて下手したら処刑されるし…やんなきゃなぁ。
「わかりました。やってみせましょう。」
ふぅぅぅぅ。さっきのとおりだ、さっきのとおり!
「そうだ、奇妙丸、せっかくなら、威力を最大限出そうと思ってやったらよい。誰ぞ、大きめの的を持って参れ!」
「はっ!」
家臣の何人かが的を持ってくる。
「待たせたな、奇妙丸、準備はできているか?」
おう!もちろんだぜ!と言いたいところだが、俺の魔法のコントロールミスで殺人とかゴメンだ。少し下がってもらおう。
「はい!でも、父上、某は陰陽術の扱いに慣れておりませぬゆえ、皆を巻き込むかもしれませぬ。ですので、皆を下がらせていただきたく。」
「それもそうじゃな。皆、数歩下がれ!結界も展開せよ!」
父上たちの前に何やら膜のようなものができる。へぇ、結界術なんてのもあるのか。おもしろい。まぁいい、やれることをやってみよう。威力を上げる…魔力を注ぎ込む量を足してみるか。
「火之迦具土神よ、我に力を与え給え。『火球』!」
ボン!的に触れる直前で、消えた。みんなこっちを見ている。いやいやいやいや!俺も知らない俺も知らない!なんで!なんで!あれ?なんか、気持ち悪い、それにふらふら…
「奇妙丸!どういうことじゃ!」
いや、父上、俺も、わから――
「「「奇妙丸!」」」
「「「「「「若様!」」」」」
奇妙丸の意識はそこで途切れた。
今回もお読みくださりありがとうございます。




