第34話:三十四階の決断、および内藤重工業のサボタージュ命令
神戸の金融街にそびえ立つ内藤ビルの34階には、コンクリートミキサー車のエンジンの咆哮こそ響いていなかったが、そこに漂う沈黙は下層の現場と同じように重苦しかった。港湾ネットワークの電圧低下により、空調システムは消費電力を抑えるために最小出力で運転されており、真新しいウール絨毯の匂いが、内藤慶次が次から次へと火をつけるジャワ葉巻の煙と混ざり合って、黒色ガラスのデスクの上に灰色の層を形成していた。
彼の前には、3人の取締役と建設会社の顧問弁護士団のトップが、ネクタイをわずかに緩めた状態で、子牛革の書類挟みを太ももの上で開いたまま立ち尽くしていた。金融端末の画面上では、『内藤重工業』の業績グラフが右肩下がりの曲線を刻んでおり、第7突堤のステータスは警告を示すアンバー(琥珀色)に点滅していた。通関ソフトウェアには、会社の社内アナリストがこれまでのキャリアで一度も目にしたことのないコードが記載されていた。――『特例都市事案技術監査に伴う予防的差押(保全処分)』。
筆頭弁護士:――内務省の地方部局から届いたばかりの書類のデジタル署名を人差し指で指し示しながら――「社長、神戸地裁に執行停止の仮処分(不服申し立て)を申し立てる手段はありません。この職務命令書は、2026年施行の『異常事態制御法』の前文によって完全に法的なプロテクトがかかっています。形式上、国家は造集組に対して刑事訴追を行ったわけではありません。山田を、インフラの物理検査権限を持つ『グループA・特任一級査察官』に任命したのです。同法第87条は、令状なしで現場の資材を証拠物件として差し押さえる権限を彼らに与えています」
内藤:――天井の化粧パネルに突き当たって滞留する青白い煙を吐き出し、国家の給与台帳のヘッダーに刻まれた『山田武』の名前を小さな落ちくぼんだ眼で見つめながら――「リクはどうした? なぜ知事があんな採用申請書(発令書)に判を押しやがったんだ。神戸の資材台帳(利権)に手をつけさせないために、あの男の兵庫県知事選の選挙資金を全額裏で持ってやったんだぞ。あの非常勤は、横須賀のホウ素の底に永久に埋もれたはずじゃなかったのか?」
財務責任者:――金縁の眼鏡を直しながら、寝不足でかすれた声で――「リク知事には拒否権がなかったのです、社長。東京の国家安全保障委員会が、彼をトカゲの尻尾として使いました。山田は地下4階の縦穴から300万キロワット時を超える電力を吸収し続けていた。正午までに首都圏の在来線がストップしていれば、東証株価指数は400ポイント急落していたでしょう。政府は、関東の電力ネットワークの技術的破産を宣言するくらいなら、あの怪物を公安職の俸給台帳に組み込んで、その維持費(人件費)を我々の港湾請負予算(一般会計)に付け替える方を選んだのです。彼を我々の突堤に放り込んだのは、国費から『危険業務手当』を支給するのを避けるための、霞が関の財政ハッキングですよ。社長、我々は役所の身勝手な監査マシーンを飼い葉桶に投げ込まれたんです」
内藤はイタリア製の革椅子に深く身体を預けた。シートのスチール構造が軋む音だけが、執務室に響いた。日頃、税関長や機動隊の幹部たちとの宴席で見せる、脂ぎった笑顔は完全に消え失せ、その顔面は岩石のような強固な硬直へと収縮していた。
彼は目の前のシステム(構造)を完全に理解していた。文官官僚たちは、完璧な法的抜け穴を見つけ出したのだ。タングステンを融解させる熱力学的異常体を破壊するために、わざわざ習志野の第一空挺団を消耗させる代わりに、内務省の特別枠(俸給組織)へぶち込んで、タダで身内の汚職(泥仕事)を掃除させる。山田が坂出のモルタルの品質瑕疵を理由に、内藤重工業のサイロを破壊(監査)してくれれば、国家は銃弾一発、自衛隊の臨時予算一円も使わずに、神戸港の支配権を奪還できる。あの「非常勤の怪物」は、己の勤続年数手当(昇給)と社会保険の枠を死守するためだけに、書類を一枚ずつ、出荷伝票を一枚ずつ精査し、六甲人工島の基礎構造を文字通り根底からひっくり返そうとしているのだ。
内藤はブロンズの灰皿に葉巻を置いた。『犬』と呼ばれた稲葉は、分子レベルの局所凍結によって顔面の半分を壊死した角質組織に変えられ、組織の私立病院に収容されていた。そして第7突堤の会計士たちは、あの教師の腕の中で出荷記録簿がチョークの粉のように崩壊していくのを目撃した直後、全員が退職届を出して職場を放棄していた。
内藤:――両の手のひらをデスクの上に叩きつけ、弁護士たちを本能的に一歩後退させながら――「要するに、内務省の役人どもは、道路管理規則を盾にして、補償金(立ち退き料)も払わずに俺の利権を清算できると考えているわけだ。あの非常勤がタブレットにデジタル身分証を表示させているからといって、俺たちがサイロを開けて、人工島のセメントを大人しく点検させてやるとでも思っているのか」
筆頭弁護士:「もし港湾労働者や組織の人間を使って検査を妨害(執行妨害)すれば、SATは国家安全保障緊急コードに基づき、突堤全域を強制隔離する法的権限を有しています。社長、法律上……現在のあの突堤において、山田こそが『法』そのものです」
内藤:――1990年代の不法投棄の現場から大臣への恐喝を学んできた、あの産廃利権上がりの歪んだ、下卑た笑みがその唇の端を割り開いた――「法律上は、な。だがな、法律ってのはな、全員がひれ伏すと決めた紙切れがそこにあるから機能するんだよ。東京の政府が期末試験の採点基準を途中で変えて、セメント代の支払いを踏み倒すために『神』を雇用(雇用契約)したってんなら……、この入札のテーブル(取引)はここでお終いだ」
彼はゆっくりと立ち上がり、灰色の神戸湾を見下ろす巨大な全面ガラスへと歩み寄った。鉛色の空に向かって、ガントリークレーンが生命を失った鉄の骨組みのようにそびえ立っていた。
内藤:「あっちがシステム(規則)で汚く仕掛けてくるなら、こっちにもやり方がある。釜山港の連絡員に連絡しろ。フェーズ2用の『改質ミキサー車』の貨物をここで止める。内務省が六甲アイランドの基礎構造の強度監査をご所望なら、役所のファイルには永久に閉じられないような最高の『バグ(監査落ち)』をプレゼントしてやる。あの教師が第8突堤に到達する前に、未承認の粗悪ケイ酸塩を直接、海上自衛隊の護衛艦の喫水線(ドックの土台)の下へ注入しろ。あの非常勤がコンクリートの圧縮強度(積算基準)をどうしても検査したいって言うなら、港の底が割れる時、自衛艦隊の半分の質量をその玄武岩の背中で支えてもらう。――赤ペンを用意して待ってろと伝えろ。内藤の請負契約は、役所の窓口の手続き(書類仕事)くらいじゃ破棄できねえんだよ」
3人の取締役は一斉に頭を垂れ、地方支局の書記官のような素早さで書類挟みを回収した。第3章の構図が、この内藤ビルの34階で完全に確定した。神戸の極道は、監査官の身分証の前に屈するつもりは毛頭なかった。彼らは湾岸インフラの構造そのものを自己破壊することで、国家に対し、「山田による絶対零度の凍結」か「コンテナターミナルの物理的沈没」かの二者択一を迫ろうとしていたのだ。利権を巡る泥沼の戦争は、さらに上の階級へと跳ね上がり、官僚たちのマニュアル(対応マニュアル)には、これから訪れるインフラ崩壊の被害を隠蔽できるページはもう残されていなかった。
【作者より一言】
第34話をお読みいただき、ありがとうございます!
舞台は神戸の金融街、内藤重工業の本社ビル34階へ。ここでついに本作の「白い巨悪」である内藤慶次が、国家(内務省)の仕掛けた官僚的ハッキングの全貌を看破します。自衛隊を消耗させる代わりに山田先生を「一級査察官」として雇用し、予算を使わずにヤクザの利権を潰そうとする役人たちの泥臭い策略。
しかし、内藤もまた90年代の産廃利権から這い上がってきた修羅。国家のルールに対して、なんと「海上自衛隊の護衛艦ドックの土台に粗悪セメントを注入する」という、国家インフラそのものを人質に取った恐るべきテロ的サボタージュで対抗しようとします。
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次回第35話、第8突堤・自衛隊ドックを舞台に、最悪の「不意打ち監査」が幕を開けます!




