第32話:第7突堤の技術監査、および絶対零度の執行手続き
クリンカー粉塵――破砕プラントの内部で舞い上がる、石灰石と粘土のあの灰色で不毛な残渣――が、第7突堤の上空に粘ついたサスペンション(浮遊層)となって滞留していた。湾岸からの湿った強風をしても、その重苦しい空気を洗い流すことはできない。造集組のコーポレートカラーである深緑に塗装された『内藤重工業』の3台の巨大ミキサー車が、サイロの傍らでアイドリングの重低音を響かせ、直径2メートルに及ぶ巨躯なタイヤを亀裂の走るアスファルトに振動させていた。
グレーの警察車両が停止する前から、現場の空気は極限まで張り詰めていた。会社のナイロン製防寒ジャンパーの前を開け、ポケットから鉄製の荷役用手鉤の柄を覗かせた7人の港湾労働者たちが、技術用タラップの前に強固な人間の防壁を形成していた。彼らには横浜のテクニカン(技術員)のような小綺麗な身なりは微塵もない。彼らは内藤が港湾に配置した執行部隊(暴力装置)であり、ワイヤーロープの破断による古傷が首に刻まれ、乾燥したセメントによって拳を硬化させた男たちだった。
その先頭に立っていたのが、稲葉一雄、通称『犬』。かつて広域暴力団山口組の直系組織で幹部(若頭補佐)を務め、現在は建設会社の登記簿に『一級物流管理監査役』としてその名を連ねる男だった。稲葉は安全ヘルメットを着用せず、両手を黒いカシミアのオーバーコートのポケットに深く突き刺していた。そのウールの内側では、密輸されたトカレフ(TT-33)の銃身の無骨な膨らみが、生地を不自然に歪めていた。
内務省の2人の処理班が三菱製装甲車から降り立ち、彼らの『11式熱防護服』のサーボモーターが、リチウムバッテリーの最大出力による電気的な駆動音を響かせた瞬間、衝突(小競り合い)が始まった。
稲葉:――最初の処理班のタングステン製ブーツの足元に、メンソール味のガムを吐き捨てながら――「お巡りさんよ、この突堤区域は『国家緊急事態法』の適用下にあるんだ。岸壁の基礎補強に関する、内藤重工業の独占請負区域だ。内藤の社長が直々にサインした『立入許可書』でも持ってねえ限り、地方政府のしがない役人(公務員)ごときに、ここで命令を下す権限はねえんだよ。ミキサー車の生コンがシートの隙間から溢れ出す前に、そのおもちゃのトラックを反転させて帰るんだな」
内務省処理班(SAT):――ヘルメットの音声変調器を介した、厳格で金属的な声で――「荷役ペリメーターから全人員を退避させよ。我々は内務省による『特例都市事案技術監査』の命令を執行している。官報、第三類、都市汚染緊急コードの適用である」
労働者の一人――右手に長さ1メートルの鉄製バール(解体用バール)を握りしめた2メートル近い大男――が3歩前へ進み出ると、2人目の処理班の胸部装甲をその鉄塊で叩きつけた。鈍い、斧が肉にめり込むような衝撃音が響いた。11式熱防護服の肩関節のサーボモーターが激しい金属摩擦音(悲鳴)を上げたが、兵士は空気圧式ライフル(ニューマティック・ライフル)を構えようとはしなかった。プロトコルにより、化学物質が高度に集積された港湾区域での発砲は、知事の直接の許可がない限り厳格に禁止されている。
港湾労働者:「内務省の命令書なんてな、神戸じゃケツを拭く紙の役にも立たねえんだよ、警察官。ここのセメント(コンクリート)は俺たちの血金で回ってんだ。サイロの中身を覗きたきゃ、内藤のホウソ(硼素)輸送車でも持ってくるか、千代田区(本庁)へ戻って出張旅費(日当)の承認印でも貰ってくるんだな」
小競り合いは物理的な暴力へと発展した。さらに2人の労働者が押し合いに加わり、内務省の処理班を三菱製車両のリヤサスペンションのリーフスプリング(板バネ)へと力任せに押し込めていく。鉄製の手鉤の柄が、軍用タングステン合金の装甲板にリズミカルに衝突し、軍事廃棄物のような不快な金属音を周囲に撒き散らした。防寒スーツのバッテリーが、高音のアラーム(警告音)を鳴らし始める。熱手袋を摂氏40度に維持するための電力が、車両の内部から漏れ出し始めたあの恐るべき「冷気」の侵入によって、安全限界値を下回りつつあることを示していた。
その時、グレーの装甲車のサイドドアが、レールの枠組みごと外側へと脱落した。
それはスライドして開いたのではない。2インチ厚の鋼鉄の装甲板が、内部からの凄まじい質量によって外側へと圧搾され、墓石が崩落するような轟音とともに突堤の砂利の上に叩きつけられたのだ。
山田が、その暗黒の枠組みを跨いで姿を現した。
第7突堤に訪れた沈黙は、単なる音響的な静寂ではなかった。それは、分子レベルの断頭台だった。3台のミキサー車のディーゼルエンジンの咆哮が一瞬にして2000回転も急落し、燃料であるジェット燃料(JP-5)が燃料噴射ポンプの内部でドロリと泥状にゲル化し、駆動ベルトが異常な硬直によってロックされ、激しい金属摩擦音(悲鳴)を上げて停止した。大気中に浮遊していたクリンカーのサスペンション(塵埃)は、瞬時にガラス質の重い結晶へと凍結し、労働者たちのヘルメットの上に白い砂の雨となって降り注いだ。
怪物は2歩、前へ進み出た。
灰色に凝固した玄武岩の肉体と、インディゴブルー(藍色)の硫黄の静脈を持つその解剖学的構造は、正午の太陽光線さえもその体内に吸収(減衰)させ、アスファルトの上にまるで濃密な墨汁をぶちまけたような、輪郭の歪んだ影を落としていた。その胸部、3層もの硼素の封印蝋の下に埋没した教職互助会の段ボール箱のストラップを調整するために、黒いケラチン質の爪(指骨)がギチギチと軋んだ。熱で融解したプラスチック製のメガネフレーム、その唯一残された綺麗なレンズの向こう側から、硫黄のビー玉のような黄色の眼球が、廃棄された肉のロットを点検する検死官の冷酷な手際で、港湾労働者の群れを走査した。
内藤の男たちは、サイロの電源ケーブルに足を引っ掛けながら、蜘蛛の子を散らすように後退した。先ほどの2メートルの大男が握っていた鉄製バールは、伝導による超低温によって、すでに彼の革手袋の掌へと完全に融着(溶接)されていた。彼がそれを取り落とそうとした瞬間、指の皮膚が、強力なマジックテープを無理やり引き剥がす時のような、ベリベリという生々しい音を立てて肉ごと引き裂かれた。
稲葉だけが逃げ出さなかった。だが、彼のカシミアのオーバーコートは、わずか3秒の間に段ボール紙のようにガチガチに硬化し、睫毛は霜で白く染まり、教授のシルエットから放射される絶対零度によって唇はズタズタに裂けていた。ポケットの中で痙攣を起こす指を必死に動かしながら、彼は密輸品のトカレフをどうにか引き抜き、銃口を山田の禿げ上がった頭骨の中心へと向けた。その照準は、恐怖による手の震えで激しく円を描いていた。
稲葉:――肺胞の内部が、吸い込んだ極寒の空気によって凍傷を起こし、文字通り喉を焼かれながら、か細い絞り出すような声で――「お前……お前はあの、線路の非常勤(臨時職員)か。横須賀の縦穴にいた、あの……。だが、お前は処刑(免職)されたはずだ! 裁判所が……国がお前の公籍(身分)を抹消したんだ! 住民票(台帳)からも消されたはずだろ……!」
山田はその歩幅を一切加速させなかった。彼の前進は、地方の退屈な県立高校の廊下を、補習室(説教部屋)に向かって淡々と歩くあの事務的で、重々しい、教員の歩行そのものだった。
山田:――その声は声帯を震わせることはなかった。彼の胸部の硫黄の亀裂から直接、地鳴りのような咆哮となって噴出し、3台のミキサー車のフロントガラスを一斉に粉砕して、ガラス質の雹の雨を周囲に撒き散らした――「――その通りだ。そして、私はその刑期(任期)をすでに満了した」
稲葉が拳銃の引き金を引くよりも早く――その内部の潤滑油はすでに凍結し、硬化した錆の塊と化していたが――山田は右腕を静かに突き出した。そこには物理的な打撃も、格闘技の軌道(弾道)も存在しなかった。ケラチンと乾燥した灰で形成された彼の質量(手掌)が、物流管理監査役の左頬へと、直接、静かに『配置』された。
火は出なかった。しかし、稲葉の顔面は「燃えた(凍焼した)」。
負の熱力学の暴力的な移動が、1マイクロ秒(百万分の一秒)で彼の細胞からすべての熱量を強奪した。頬の組織は一瞬で灰色に変色し、次いで遠洋の冷凍マグロの死体のような不透明な白色へと変わり、側頭部の毛細血管がパチパチと乾いた音を立てて破裂した。稲葉の手からトカレフが脱落し、まるで壊れやすいガラス細工のようにアスファルトの上で2つに砕け散った。彼は両膝から崩れ落ち、凍結して死滅した自らの肉の穴(顔面)を両の手袋で覆いながら、肺の空気を呼び戻せない、獣のような地を這う呻き声を漏らした。
山田が手を引くと、稲葉の凍りついた皮膚の破片が3本のフィラメント(繊維)となって、彼の黒い爪からチョークの粉のようにハラハラと剥がれ落ちた。
トラックの巨躯なタイヤに背中を預けたまま、石化している残りの6人の労働者へと向き直り、この『禿げ上がった神(異形)』は、教職互助会の段ボール箱を自らの石の肋骨へと再び収まりよく押し付けた。
恐怖の権力は絶対だった。それは知事の署名も、国会の議事録も必要としない、究極の「職務命令」だった。港湾労働者たちは一瞬にして左右へと割れ、深緑のサイロの鉄板に背中をへばりつけ、頭を垂れ、両手を開いて、追試の教室に校長(執行官)が入ってきたのを見上げる劣等生のような、灰色の従順さで監査官(怪物)に道を譲った。
山田/宇宙の不死鳥:――その単一の思考(思念)が第7突堤の鉄骨に反響し、サイロの内部で流動していた液体ケイ酸塩を、タンクの底でカサカサと音を立てる乾燥した砂利へと強制的に結晶化させていった――『――ファイルを展開しろ、教師。内藤重工業の請負契約書に、都市インフラ部門の承認印(公印)は存在しない。この技術監査は――「熱的現金決済(エネルギーの強奪)」によって執行する』
山田は左右非対称の不均等な足取りで技術用タラップを跨ぎ、第7突堤の床面に、冷気で黒く焦げ付いた足跡の列を刻みながら前進していった。
新任の都市事案技術監査官による最初の「執務時間」が始まった。そして内藤の労働組合は今、この禿げ上がった神の残業代(超過勤務)が、決して窓口の書類仕事(手続き)では支払われないという事実を、その肉体で理解させられたのだ。
【作者より一言】
第32話をお読みいただき、ありがとうございます!
第7突堤に到着した山田先生、ついに内藤重工業の港湾労働者(実質、造集組のヤクザたち)との全面衝突です。内務省処理班の最新鋭スーツすら圧倒する現場のならず者たちを、三菱車のドアを「質量」でぶち破って登場した山田先生が文字通り一瞬でフリーズさせました。
銃のオイルまで凍りつく絶対零度の領域と、稲葉の顔面を掴んで熱量を強奪する「熱的現金決済(エネルギーの強奪)」。公務員としての職務(監査)を、異形としての圧倒的な恐怖のシステムで執行する山田先生の姿に、現場のヤクザたちも完全に「追試の部屋の劣等生」状態に。
「バールが手に溶接される描写の生々しさが凄い」「山田先生の『そして、私はその刑期(任期)をすでに満了した』のセリフが最高にシビれる」など、皆様からの熱い感想、評価ポイントやブックマークでの応援を心よりお待ちしております!
次回、第33話、内藤重工業のサイロの内部へ。黒色ケイ酸塩の不正運用の実態が暴かれます。どうぞお楽しみに!




