証言する母、見つめる家族
第四十三章 証言する母、見つめる家族
① もう一人の証人
金沢地裁での審理が進む中、被害対策弁護団から真田家へ新たな連絡が入った。
「真田さんの職場の店長さんが、証言に協力したいと申し出てくださいました」
その言葉に、栄子は一瞬意味がわからなかった。
圭一が聞き返す。
「店長が?」
弁護士はうなずいた。
「ええ。スーパーでの待ち伏せの件です」
「真田さんが惣菜部門の仕事を終え、帰宅しようとした際、教団関係者が店外で接触していた件ですね」
「その時の防犯カメラ映像も保全されており、店長さん自身が現場対応をしています」
「話の内容も含めて、証言していただけるそうです」
栄子は、その場でしばらく動けなかった。
家族が支えてくれるのはわかる。
弁護士や沢渡が助けてくれるのも、もう知っている。
でも、職場の店長が、自分のために証言台に立つと言ってくれている。
それは、栄子にとって想像以上に大きかった。
② あの日の映像
後日、弁護団の事務所で、防犯カメラ映像の確認が行われた。
スーパーの閉店前。
従業員通用口近くのカメラ。
そこには、パートを終えた栄子が店の外へ出ようとする姿が映っていた。
そして、その少し手前で立ち止まる。
通路脇にいた藤代美和らしき女性が近づく。
二人が短く言葉を交わし、栄子が距離を取ろうとする。
そこへ店長が現れ、自然な流れで栄子を店内へ戻す。
音声は入っていない。
だが、待ち伏せしていたことは、映像だけでも十分に伝わった。
弁護士が静かに言う。
「これは強いです」
「教団側が“本人の自由な相談”だったと主張しても、勤務先出口での接触が可視化されている」
「しかも接触停止の意思表示の後ですから、悪質性の立証にもつながります」
栄子は、画面の中の自分を見ていた。
あの時、自分は本当に怖かった。
でもどこかで、まだ
“自分が大げさに感じているだけかもしれない”
とも思っていた。
違った。
映像の中の自分は、明らかに身構えている。
教団側は、明らかに待ち伏せている。
そして店長は、その異常さを一目で察して介入している。
その事実が、映像として残っている。
それは恵子――栄子にとって、この上ない援軍だった。
③ 店長の証言意思
さらに心を打ったのは、店長自身の言葉だった。
「真田さん、あの時のこと、法廷で必要なら話しますよ」
その言い方は、いつもの穏やかな店長のままだった。
大げさに恩を着せるわけでもない。
ただ、当たり前のようにそう言った。
「うちの従業員が、仕事終わりに待ち伏せされていた」
「それを見て、放っておけるわけないでしょう」
栄子は、思わず頭を下げた。
「……すみません」
店長は首を振る。
「謝ることじゃないです」
「困っていたのは真田さんのほうです」
その言葉に、栄子の胸がまた詰まる。
教団はいつも、
“あなたが悪いわけじゃない”
と言って近づいてきた。
でも、その言葉の先には契約や献金や囲い込みがあった。
店長の
「困っていたのは真田さんのほうです」
には、その先に何もない。
ただ、現実を現実として見た第三者の言葉だった。
だからこそ、重かった。
④ 法廷で何を語るか
弁護団との打ち合わせでは、店長の証言内容も整理された。
その日、店外にいた女性が栄子を待っていたこと
栄子の表情や受け答えから、普通の知人同士ではない緊張を感じたこと
「少し話を」と引き止めようとしている様子があったこと
栄子を自然な形で店内へ戻したこと
その後、栄子から教団関係者であり、関わりたくない相手だと聞いたこと
職場として、今後も同様の接触には対応する方針を取ったこと
弁護士は言う。
「これで、“本人が喜んで会いに行った”という教団側の主張はかなり崩れます」
「自由意思ではなく、離脱後も執拗に接触していたという構造が見えてくる」
圭一も、横で強くうなずいていた。
待ち伏せ。
職場接触。
引き止め。
第三者介入。
こうした外形的な事実は、法廷では非常に強い。
栄子にとっても、それは救いだった。
自分の言葉だけでは
“気のせい”
“思い込み”
と言われる怖さがある。
でも、第三者が見て、カメラが記録している。
それは、教団の理屈よりずっと強い現実だった。
⑤ 栄子の中に生まれる支え
その日家に帰ってから、栄子は珍しく少しだけ表情がやわらいでいた。
香奈美が気づいて聞く。
「なんかあった?」
栄子は、少し迷ってから答えた。
「……店長さんが、証言してくれるって」
香奈美が目を見開く。
「ほんとに?」
「うん」
「防犯カメラも残ってるって」
圭一も、その場で顔を上げた。
栄子は続ける。
「うち、あの時、まだどこかで“自分が大げさなんかな”って思っとった」
「でも違った」
「ちゃんと見たら、普通じゃないって、他の人にもわかることやったんやね」
その言葉は、小さいけれど大事だった。
被害に遭った人間は、あとになって自分を疑いがちだ。
あれは気のせいじゃなかったか。
自分が弱すぎただけじゃないか。
もっときっぱり断ればよかったんじゃないか。
でも、第三者の証言はそこを支える。
おかしかったのは、あなたではなく相手だった。
それを外の人が示してくれる意味は、とても大きい。
⑥ 家族の見え方も変わる
この知らせは、真田家の中にも少し変化をもたらした。
圭一は、店長の証言が入ることで訴訟上の強さが増すと理解していた。
だがそれ以上に、栄子にとって“教団の外側にも味方がいる”という実感が増したことを重く見ていた。
香奈美もまた、母が少し違う顔をしていることに気づいていた。
罪悪感だけで縮こまっている顔ではなく、
“私は本当におかしなものに追われていたんだ”
と、現実を受け入れ始めた顔だ。
それは、家族だけでは作れなかった支えだった。
家族が何を言っても、母には“責められている”ように見えてしまう時期があった。
でも、店長のような第三者の存在が入ることで、その壁が少し薄くなる。
そのことに、香奈美も小さく安堵していた。
⑦ 証言する母、支える外の人
弁護団は、その流れを受けて栄子にもあらためて確認した。
「真田さんご自身の証言に加えて、店長さんの証言があることで、かなり立体的になります」
「相談会→高額契約→離脱意思表示→職場接触、という流れがつながります」
栄子は、前より少しだけ落ち着いた顔で聞いていた。
「……うちも、やっぱり話したほうがいいんですよね」
弁護士は、即答はしなかった。
「話すかどうかは、真田さんが決めてください」
「ただ、話せるなら非常に意味があります」
「そして、話すなら一人ではありません」
その“一人ではありません”には、
家族だけでなく、店長や弁護団や、同じ被害者たちも含まれている。
それが栄子には大きかった。
⑧ 教団側の焦り
もちろん、教団側もこの流れをただ見ているわけではない。
職場での接触に第三者証言がつき、防犯カメラまで出てくるとなれば、彼らにとってはかなり痛い。
“自主的に会いに来た”
“本人が納得して話していた”
という主張が、外形的な事実で崩されかねないからだ。
金沢支部側は、内部で慌ただしく対応を協議し始める。
待ち伏せではなく偶然の接触だったと主張できないか
店長の介入は誤解に基づくものだと言えないか
防犯映像に音声がないことを利用できないか
だが、そうやって理屈を繕えば繕うほど、逆に教団の不自然さが浮かび上がっていく。
もう、最初のころのように
“やさしい相談相手”
の顔だけでは済まなくなっていた。
⑨ この上ない援軍
その夜、栄子は一人で少し長く台所に立っていた。
食器を拭きながら、何度も思う。
店長が証言してくれる。
カメラ映像も残っている。
外にも、自分の言葉を裏づけてくれる人がいる。
それは、自分にとってどれほど大きいことか。
家族の支えももちろん大きい。
でも、家族は近すぎる。
感情が絡む。
怒りも、悲しみも、全部混ざる。
その中で、店長のような外の人が
「あれは普通じゃなかった」
と立ってくれることは、栄子にとって、自分が現実を見失っていなかった証明になる。
この上ない援軍。
まさに、その通りだった。
そして栄子は、その援軍を受け取れるところまで、やっと戻ってきたのだと、自分でも少しだけ感じていた。




