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第40話:暴挙と暴論(後)

年齢も国籍もバラバラの5人。

彼らの共通点は腰にバスタオルを巻いただけの上裸であること、そして各国の利害を代表していることである。


室温は80度を超えている。

この場にいる誰もが肌を赤くしつつ、しかし相手の言葉を聞き漏らすまいと注意深い視線を周囲に配っていた。

サウナストーブから放たれる熱気に肺を焼かれながら、グッドフレンドは機を伺っていた。

なぜモンスターの出る地階をたったの5人で探索しているのか?


――その疑問をこの場で口にして、果たしてマトモな答えが返ってくるだろうか?


自衛隊の動員制限とか、機密保持とか、それらしい理由はいくらでも思い付く。


「わたしとしても、グッドフレンド大使の考えには同意です。仮に経済支援を更新しようと思えば、人工の割り当てだけでは足りないみたいですね」


場に流れた数十秒の沈黙の後、最初に口を開いたのは中国大使、マオ=ジェンライだった。

対するタカシは、演技か本気か、意外そうに目を瞬いている。


「わたしは日本が信用できないと言っているのではありません。しかし、国家間の契約は信頼ではなく仕組みで成立するものです。それはこの場にいる全員が理解されてるかと」


マオの発言に、その通りと頷くアメリカとロシアの大使。

一方のタカシは、少し憮然とした様子で問いを発した。


「何かお考えがあるのですか?」

「考えている案は二つです。一つは、日本による石の最低供給数の保証です。我々の採掘が不首尾となった場合、日本が石を備蓄から供出するとします。この場合、過去3年半のこともあるので、すみませんが、ある程度厚めの保証を頂ければと思います」

「もう一つは?」


考慮に値しないとばかりにタカシがマオを促す。

マオは頬を上気させつつも、あくまで冷静な語り口で発言を続けた。


「先ほど却下されてしまいましたが、我々が地階に入れるようになるまで、日本も地階に立ち入らないとすることです。それなら、我々が採掘を始めた時に石が採り尽くされているという事態だけは避けれます」

「その方向性で進めるなら、我が国の人員を即刻現場に派遣する必要があるだろうな」

マオの発言に、チストフが言葉を重ねた。


――中露が裏で日本とどこまで繋がってるのか心配してたけど、この分だと連携はおざなりみたいだねぇ


交渉事は流れがあるうちに押し切るのが肝要。

グッドフレンドも、ここぞとばかりに煽りを入れた。


「アメリカとしても、仮に交渉を進めるならどちらかの条件は最低でも吞んでもらう必要があるだろうね。誰だってゴールドラッシュの後発組にはなりたくないもの……保証が無ければやってられないよ!」


大袈裟に肩を竦めて見せると、タカシが口元をギュッと結んで押し黙った。

隣の鵜川は、手ぬぐいでしきりに顔回りの汗を拭っている。

室内にしばしの沈黙が流れる。

あるのは、薪がストーブの中で爆ぜるパチパチという音だけ。


――どうやら、条件が折り合わないみたいだ。今日の所はこの辺にしておこう


事実上の勝利宣言。

それがグッドフレンドの喉から出掛かったタイミングで、一瞬だけ早くタカシが口を開いた。


「いいでしょう。あなた方の国が地階へアクセスできるようになるまでの期間、日本単独での調査は諦めます」


――勝った


今やっていることは、仮合意の仮合意みたいなものだ。

当然、支援国には一切の強制力が働かない。

その状況で日本側の動きを制限できるのなら、こちらとしては上々吉。

そう思ったのも束の間、続くタカシの言葉にグッドフレンドは思わず顔を顰めた。


「ただし、正式条約までの暫定的な枠組みとして、違反時の取扱いを明記した仮協定を4週間以内に締結させてください」

「はぁ!?」


グッドフレンドは、思わず声をあげた。

一方、中露の大使は声も出さずに固まっている。

室内の熱気が、じわりと重みを増していく。

鵜川が足したロウリュの蒸気が、今になって時間差でグッドフレンドの肌を灼き、呼吸を重くさせていた。


――いや、息が詰まりそうなのは、きっとこの熱気のせいだけではないのだろう


「今の条約があと半年残っているんだ。そんなに急ぐ必要あるのかな?」


グッドフレンドが努めて冷静に問い掛けた。


「あります。わたしは先程『日本単独での調査は諦める』と言いましたが、それは新条約を締結して米中露が地階へのアクセス権を得るまで、調査を凍結するという意味ではありません。新条約までの仮合意を可及的速やかに締結し、新条約の発効前から地階調査を進めるという意味です」


頭が痛くなってきたのは、場に立ち込める熱気のせいだけではないだろう。

少し考えただけでも、地階を外国が調査するとなれば大きなハードルがある。

なにせ、人間に攻撃的なモンスターが出現するのだ。


――まさか、ツルハシとシャベルで何とかしろとは言ってこないだろうけど……


ちゃんと「対策」しようと思えば、やはり武装した軍人を派遣する必要がある。

同盟国である米国はまだしも、中露の派兵を認めるなら法律的な枠組み整理に相応の時間がかかるはず。


――この男はそれを4週間で何とかすると言っているのか?


そんな心の声が聞こえているのかいないのか、タカシは頬を上気させつつも優雅に微笑んでいる


「これはあなた方にも利の有る話です。従来の採掘エリアの割当てより、皆さんは地階で行動できる人工の割り当ての方が嬉しいんじゃないですか?仮協定の内容に、現条約の残存期間を日割りで人工転換する条項を含めて差し上げます。そうすれば、現条約も無駄にならない」


タカシが一瞬だけチストフに目配せすると、髭もじゃの赤ら顔が小さく頷くのが見えた。


「あまり考えたくはありませんが、万が一島津政権が打倒された場合の話をします。そうなれば、現条約の失効まで実行を伴わない仮合意を結んだところで、その内容が本契約に正しく反映される保証がありません。表面的には仮合意をなぞったとしても、合意事項を骨抜きにする方法などいくらでもあります」

「ちょっと待ってくれ!」


堪らずグッドフレンドが声をあげた。


「日本の国民は、ダンジョンに対して未だに強い拒否反応を持っているんだろう?その状況で地階の開発を進めるなんて、政府の支持率を落とすだけなんじゃないのかい?」

「仰る通り、経済交渉をまとめた功績のプラスより、ダンジョン開発を進めることのマイナスの方が大きいかも知れません。一時的に支持率は落ち込む可能性はあります。彼らは地階調査の意味を分かっていないのです。甘んじて受け入れますよ。一時的にね」


――わけが分からない


その気持ちは本人以外、鵜川も含めた全員の一致するところなのだろう。

誰も何も言わず、静かにタカシの次の言葉を待った。


「選挙の前に公表しようと思っています……世間に対して、石の本当の効果を」


そのひと言に、思わずグッドフレンドは天を仰いだ。


――なんという暴挙……それは、日本が自ら火薬庫の蓋を開けるようなものじゃないか!?


人知を超える奇跡を起こす石。

4年前であれば、日本だけがそのような資源を占有することを、国際社会は絶対に許容しなかっただろう。

10年前、奇跡の石どころか魔炭の使い道もわかっていなかった時でさえ、軍の一部のタカ派はダンジョンを安全維持の名目で占領しようと計画していたくらいである。


――一方で、今ならどうだ?


大騒ぎとなることは火を見るよりも明らか。

ダンジョンの開放を求める声は当時とは比較にならないボリュームとなるだろう。


「石のことが知られたら、世界中の国がダンジョンに殺到するんじゃないかな?とても正気とは思えないけど……」


ひとたび日本対全世界となれば、日本は早晩膝を屈することになる。

下手をすれば第三次世界大戦だ。

グッドフレンドが煩いくらいに鼓動する心臓を無視して、なんとか発言した。

しかし言いながら、同時に脳裏には日本の意図が浮かんでいた。

既にダンジョン利権に噛ませている米中露と改めて条約を締結した上で、石の効果を『偶然の発見』として公表する。

そうすれば、ダンジョンへのアクセス権を求める国に対しても、経済支援してない外野は黙ってろとやり返せる。


――なるほど、欺瞞まみれの暴論だがその手があったか。しかし、それこそペンタゴンが再び騒ぎかねないけど……


そんなグッドフレンドの逡巡を余所に、マオが思案顔で口を開いた。


「日本は他国が嘴を挟まないよう、我々に防波堤の役割も期待しているということですよね?その分の見返りを頂けるなら、中国としては異存ありません」


マオの発言に、タカシは頷いた。


「ロシアとしては、我が国が一定量の石を確保した後であれば、効果を明かすことに反対はしない。非公開のままでは、使うことも売ることも容易ではないからな」

「その一定量をいくつにするかは、また後日ご相談させてください。できれば一桁前半でお願いできればと思っていますが……」


タカシの言葉に、チストフは鼻から息を吐いて軽く頷いた。


今日は見物、せいぜい練習。

そのように考えてこの場に臨んだグッドフレンドは、事ここに至っては己の過ちを認めざるを得なかった。

日本が中露を動かして、間接的に米国に圧掛けをする構図は4年前と同じであり、最初から既視感はあった。

しかし、自分さえ動かなければ、どの道日本は手詰まりだろうと、どこかで高を括っていたのだ。


――石の効果が世間に公表された時、アメリカがその利権を確保していないとなれば国民から責められるのは必至……となれば


「タカシさん、ちょっと訊きそびれちゃったことがあるんだけど……」

「はい、なんでしょう?」

「アメリカが経済支援を延長した場合、どれくらいの人工を割当ててくれるつもりかな?」


その質問に対して、タカシは今日一番の笑顔を見せた。

本話で第3章完結です。

ここまで書き進め、執筆と本業の両立について改めて考える時期に来ました。

第4章以降の構想はありますが、しばらくは更新を見合わせ、執筆体制を整える期間にしたいと思います。

再開の際にはまたお知らせします。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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