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国家を超える個人  作者: 福鳥シン
第1章:魔素噴火編
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第2話:黄色い石

過去10年間における、日本最大の出来事は何か。

そう問われれば、多くの日本人は二つの事件を思い浮かべるだろう。


一つは、世界で唯一の亜空間――ダンジョンの出現。

そしてもう一つは、当時現役の総理大臣だった今出川ヤスシの暗殺である。


ヤスシはその長い政権運営の中で、日本の社会構造を大きく変えた政治家だった。

その代表例が、成人年齢の引き下げである。

これにより、日本では義務教育を修了した満十五歳が成人と見なされるようになった。


中学校の教科書には、その目的として、労働力不足の解消、若者の政治参加促進、そして少子化対策が挙げられている。

実際、この政策によって社会は変わった。

高校へ進学せず、そのまま働くことを選ぶ若者は珍しくなくなったし、十五歳で働き、納税し、結婚することも、法律上は何ら不自然ではない。


もっとも――


十五歳を「大人」と呼ぶ社会が、十五歳に優しいとは限らない。

そんな社会の片隅で、シュウジは猫車を押していた。


集団の最後尾。隣にはハジメ。

ふたりとも軍手を嵌めた両手で、シャベルを載せた猫車のハンドルを握っている。


坑道は躙口前の広場に比べれば当然狭いが、それでも大人数人が横に並んで進める程度の広さがあった。

坑道内も天井から表出した魔炭の青紫色の光で照らされているため、ランタン等の光源を持ち込む必要はない。当然、天井部分の魔炭は採掘禁止だ。


無言で足を動かし、坑道から伸びた4つ目の支道を見送ったところで隣のハジメがシュウジに話を振ってきた。


「なあ」

「なに?」


ふたりともマスクをしていて声がくぐもっているので、会話は必然的に声を張ってのものになる。


「班長がいつも言ってる黄色く光る石あるじゃん。アレ見つけたら金一封って言われてるけど、実際にはいくら貰えるんだろうな」

「さあ……10万円とかじゃない?」

「そうか、10万円かぁ……10万円貰えたら超ラッキーだよな」


ハジメの皮算用に、シュウジはすぐさま現実的な反論をぶつけた。


「ホントに10万円貰えるかは知らないよ。それに、あの石って昼夜問わずこれだけの人数で何年もダンジョンを掘り返して、見つかったのはまだ数個とかでしょ?」


ダンジョン産の黄色い石は、仮に宝飾品として用を成すのであれば、その希少性からもっと値が付いてもおかしくない。しかし、魔素の塊で危険、かつ魔炭のような用途も見つかっていないとなれば、10万円の価値があるかだって怪しい。これまでに発見されたものだって、きっと政府は持て余してるんだろう。


そう思って口を開こうとしたシュウジの耳に、後方からハジメとは別の、酒焼けしたような嗄れた声が届いた。


「――黄色い石を見つけたら、10万円どこじゃ無いぞ」


声の主は高山タクだった。タクは小太りで全体的に肉付きの良い体躯なのに、眼窩だけは落ち窪んでいてどこか不健康そうな、古参の班員である。魔炭の採掘歴としては班の中でも最長だが、バイトに来たり来なかったりだから班長には昇格できない。そんな噂を、シュウジは過去に耳にしたことがある。


「タクさん……じゃあ幾らくらい貰えるんですか?」


後ろから声をかけられことには内心少し驚いたが、シュウジは冷静に言葉を返した。


「……1億か、下手したらそれ以上」


突拍子の無い金額にシュウジは無言になり、ハジメは食い付いた。


「1億円!?金一封ってそんな大金だったんですか!?」

「いやいや、金一封は金一封よ。間宮が言う通り、せいぜい10万くらいだろ。だがその昔、黄色い石を発見し、その美しさに魅入られて引き渡しを拒否した採掘員がいた。ソイツは黄色い石を握りしめて『何があっても渡さん』と、騒ぎを聞きつけて駆けつけた自衛隊員に包囲されても頑張ったんだとさ」

「……それで、その後どうなったんです?」


勿体つけているのか、言葉を切ったタクにシュウジが次を促した。


しばしの沈黙――


その隙間を、ツルハシが地面を抉る音、前方から響く野太い怒声、すれ違う猫車のガタガタといった音が埋めていく。


「具体的な額はわからんが、どうやら相当な金額で買取りになったらしい。事件の後、その黄色い石を握り締めてたヤツはここでのバイトを辞めたが、しばらくして美女を助手席に座らせてフェラーリ運転しているところを、同じ班にいたヤツが六本木で目撃したらしいからな」

「すげぇ!」とハジメは声をあげたが、シュウジは少し間を開けてから思ったことをゆっくりと口にした。


「……話としては興味深いですけど、いろいろおかしな点がありますよね。そもそも、ここでバイト始める時にサインさせられた契約書に、『ダンジョンで取得された物の所有権は雇用主に帰属する』って書かれてましたよ。そのせいで、ぼくたちが幾ら掘ったところで魔炭を買取って貰えないですもの。同じように、運良く黄色い石を見付けても、自分のものにはできないんじゃないですか?」

「かーっ、中卒のクセに小難しいことばかり言いやがる!コレだから間宮とは話したくねーんだ」


ハジメは確かに中卒だが、シュウジは未だ中卒未満。そしてタクは高卒だった。

高校どこか、ふたりにひとりが大学に進む時代に生まれ育ったタク。そのタクは、しばしばシュウジとハジメを捕まえては、”中卒”であることを当て擦ってきた。


事実として、ここ10年で高校進学率は低下の一途を辿っている。

それでもいい高校に行き、あわよくば大学まで進みたい。

そんな孤児の分際で分不相応な希望を、シュウジは胸の中に秘めていた。


実際にあすなろ黎明園を卒園した人たちの進路を見ても、大学まで進めた卒園生はほとんどいない。学力的な問題以上に、経済的なハードルが高過ぎるからだ。

だからこそ、シュウジは今の内から金を蓄財に勤しんでいる。


――今のうちに中卒と蔑めばいい。ぼくは、来年には高校生になってるはず


そんな内心を隠して黙っていると、タクは捲し立てる様に発言を続けた。


「俺がしたいのは契約書がどうなってるかなんて、チンケな話じゃねぇよ。言いたいのは『黄色い石は魔素の塊で危険だ』ってことになってるけど、実際は10万円どこじゃない、すげー価値があるってこと!」

「じゃあ見つけたら、誰にも知らせずにコッソリ持ち帰ります。そんで、ネットのオークションサイトに出品しますわ!」


ハジメが調子のいいことを言って、それでこの場でのおしゃべりは一段落が付いた。


持ち場に到着したシュウジとハジメは、そこからはひたすら猫車を押して採掘エリアと躙口前の広場を往復した。猫車には、当然魔炭が満載されている。

厚手の軍手越しでも、ハンドルは容赦なく掌に食い込んだ。


何往復したのかは、途中から数えていない。

採掘エリアに魔炭を溜めれば怒鳴られる。だから止まれない。

指のマメが潰れ、汗が顎先からぽたぽた落ちる頃には、シュウジは「もし一億円あったらこんな仕事、即辞めてやるのに」と、さっき聞いた与太話をぼんやり思い返していた。


やがてヘトヘトになり、「ここから先はどれだけ怒られてもゆっくりやろう」と密かな反抗心を胸に抱いたところで、待望の昼食休憩の時間となった。

躙口前広場に戻って来たシュウジは、まず給水機から水をがぶ飲みした。ダンジョン内は肌寒いが、ぶっ続けで3時間以上も肉体を酷使し続ければ全身汗まみれである。


それからハジメと並んで広場の隅に腰を下ろし、支給された仕出し弁当を広げて一緒に昼食を取ることにした。


「なぁ」

「なに?」


弁当の中身は唐揚げと白米、それに申し訳程度の千切りキャベツだった。それらを箸で口に運びつつ、シュウジはハジメの言葉に反応を返した。


「今日さぁ、いつもより魔炭の生成が多くない?」

「あぁ、それは俺も思った。それに魔炭の発光も心なしか強い気がする」

「班長に言った方がいいのかなぁ?」


ハジメの問いにどう答えたものか、シュウジは冷え切った唐揚げを咀嚼しつつ考えを巡らせた。


――これが魔素噴火なるものの前兆ならば知らせる必要がある。だけど、魔炭の生成速度はせいぜいいつもより早い程度だし、魔炭の明るさだって気のせいかもしれない


「魔炭の生成速度がいつもよりちょっと速くなってるのは、皆もとっくに気付いてるんじゃない?だったらわざわざ言わなくていいと思う」


そうシュウジがコメントしたのは、これだけ人数がいる中で、自分たちから面倒なことをする理由が見当たらなかったからである。


「と言うより、魔炭の生成が最近になってどんどん遅くなってるんでしょ?スローペース過ぎて、ここから採掘エリアまでの距離も延びる一方だから、今日くらいのペースで生成してくれないと困るんだけど」


以前なら、もっと近場で掘れた。

だが最近は魔炭の生成が遅く、躙口と採掘場所の間がどんどん開いている。

そのせいで、猫車を押す距離も伸びる一方だった。


「なんか先輩たちが話してたけど、ダンジョンは休眠期間に入った可能性があるって偉い学者さんが言ってるみたいだよ。そのせいで魔炭の生成ペースが落ちてるとか」


ダンジョンに休眠の概念があるなんて初耳だ。しかし、確かに言われてみれば、このバイトを始めた頃によく見かけた外国の研究者を、最近ではほとんど見かけない。


「それより黄色い石だよ。黄色い石がなんで億円単位のお金になるか、あの後タクさんに聞いたんだけど、ケンは知りたい?」

「そもそも1億円で買取りになったってのが与太話だと思うけど、一応聞いておくよ」


コイツ意外とサボってるなと思いつつ、シュウジは先を促した。


「なんと、黄色い石は実は人智を超えた奇跡を起こす魔石で、使うと不老不死になるんだってさ」

「使うって、どうやって?」


マジメ腐った表情の友に、シュウジはすぐさまツッコミを入れた。


「それはアレだよ、ほら、使いたいって念じるとか……念じただけで使えるから、自衛隊も力づくで石を奪えなかったんだよ」

「なるほど。仮にそれで使えて不老不死になれるとしたら、1億円じゃすまないだろうね。その100倍だってきかないと思う」

「100倍ってことは100億円かぁ。こりゃいよいよ魔炭なんて掘ってるよりも、黄色い石を探し回った方が割りが良いかも……」


シュウジは暗に有り得ないと言ったつもりだったが、ハジメの頭の中ではどうやら異なる前提で想像が広がっている様子。


「馬鹿なこと言ってないで、マジメにやれよ。ハジメだって給料が宝くじで払われるより、現金の方が嬉しいだろ?」

「そりゃそうだ!」


ふたりは腰を浮かせてお尻を叩くと、弁当ガラを片付けて採掘エリアに足を向けた。


午後の採掘は、ハジメの希望で班に割り当てられているエリアの中でも、最も奥まった場所で行うことになった。これには良し悪しがある。

「魔炭が豊富に残っていて採掘が楽」というのがハジメの主張だが、一方で猫車の回収スポットまで距離があり、運ぶのが面倒なのだ。

どっちもどっちだが、「なるべく人の手が入っていない場所で作業して、あわよくば黄色い石を見つけたい」気持ちも分かるため、シュウジはハジメの提案に同意した。


作業を始めてしばらくは、ふたりとも無言だった。

ツルハシで地面や壁面を砕き、青紫に発光する塊をスコップで掬って猫車に入れる。いっぱいになったら、猫車を回収スポットに運んでカラのものと交換する。

そんな作業を三度繰り返した後、ツルハシが地面を掘る「カン――カン――カン――」という断続的な金属音に被せて、シュウジが声を上げた。


「ここってさぁ、どれくらいの魔素濃度だと思う?」

「そんなのわかんないよ。俺もケンもピンピンしてるんだから、きっと基準値以下だろ?」


ふたりの作業場所は、躙口前広場から伸びる12本の本坑道の1つから分岐した、名も無き側道の奥部である。ダンジョンは一般的に奥に行けば行くほど魔素濃度が高くなる傾向があるため、いくら管理側から「健康にただちに影響は無い」とお墨付きを与えられたエリアであろうと、作業者からは敬遠されるきらいがあった。

その好き嫌いのバランスを取るために「黄色い石ボーナス」が設けられているのだろうが、周囲に自分たち以外誰も居ないところを見るに、今のところそれはあまり有効に機能していない様子だった。


「つーかさ、やっぱり黄色い石、無いな」

「そりゃあ、100億円の石だからな」


シュウジの皮肉が通じたのか、ハジメは返事をしなかった。


「……本当にあるとしたら、禁区の中かもね」

「そっかぁ。なぁ、この後ちょっとだけ一緒に――」

「絶対ヤダ。行くならひとりで行け」


シュウジは被せるようにハジメの提案を拒絶した。

禁区とは、お上が定めた有効採掘エリアの外、本坑道のより深い場所のことである。

禁区の境界線は立ち入り禁止のテープと注意看板が立てられているのみだが、魔素の恐ろしさは皆理解しており、それだけで人を遠ざけるにはじゅうぶんだった。


「ったくケンは冷たいよな〜」

「何とでも言え」

「まぁ、いいか……ちょっと運んでくる」


そう言ってハジメは魔炭を満載した猫車のハンドルを握りしめると、細長いトンネルの向こうに消えて行った。その背中を見送った後、シュウジはシャベルを置いてゴツゴツした岩肌に腰を下ろした。


やはり魔素濃度が高いせいか、どうにも倦怠感がある。


――どうせハジメも適当にサボってるんだろう。ぼくもアイツが戻って来るまでは休憩だ


自覚が無いほど疲れていたのか、シュウジの瞼は急速にその重さを増していった。

やがて音が遠くなり、意識が途切れ、自分でも気付かないうちに眠ってしまっていた。


目を覚ましたのは、誰かに呼ばれた気がしたからだ。

ぼやけた視界の中で、まず違和感を覚えたのは「光」だった。坑道の天井を覆う魔炭が、休む前とは比べ物にならないほど禍々しい青紫色の閃光を放ち、岩肌の影を不気味に揺らしている。


シュウジは周囲を見渡したが、しかしハジメの姿は見当たらない。

その代わり、本坑道の方から誰かが何かを叫んでいる声が聞こえた。

荒っぽい作業者の中には怒鳴るように会話する者は何人もいるが、本坑道までは結構な距離がある事を考えると複数の人間が同時に騒いでいることになる。


――ハジメがまだ戻っていないのなら10分も寝てないだろうけど、その間に何があ

ったんだろう


そんな呑気な考えは、頭に締め付けられる様な痛みが走ったことで吹っ飛んだ。

直後、かつて一度も経験したことのない、全身の肌にピリピリと粟立つような感覚が走った。


――これは、ヤバい


シュウジの脳内に特大の警報が鳴り響いた。

それが命に関わるものであることを本能的に理解したからだ。


――痛い。頭、それに胸も


今や、それまでに感じていた疲労や気怠さは全て引っ込んだ。

気付けばシュウジは、ダンジョンの出口を目指して全速力で駆け出していた。

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