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国家を超える個人  作者: 福鳥シン
第2章:お披露目編
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第17話:お披露目(1)

「嘘をつくなら、できるだけ大きな嘘をつけ」


これは20世紀に大陸欧州を席巻した、とある独裁者の言葉である。

いかにも一般大衆に響きそうな放言。 しかし、受け取ったのが確たる懐疑精神の持ち主であれば、この発言の根底にある、自分を大きく見せたいマチョイズムを嗅ぎ取ることができるだろう。


現実において、人は大仰な嘘ばかりをついている訳ではない。

それこそ小市民の常套手段は、現実の相似である個人的真実の中に小さな嘘を忍び込ませることである。


ひとつひとつの嘘は小さく、故に真実の水によく溶ける。


例としては、就活生が面接において必ず訊かれる「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」を挙げることができるだろう。

嘘が露見することを恐れてか、良心の呵責に悩まされるリスクを勘案してかはわからない。 しかし、就活の攻略本、内定を得た大学生、果てはキャリアセンターの相談員までが口を揃えて言う。


「実際にあったことを”盛る”のは良いが、完全な”嘘”はダメ」と。


その観点から言うと、シュウジの嘘はすっかりNGだった。 彼の存在そのものが、ひとつの巨大な嘘だからである。


偽りの経歴に、偽りの容姿。名前ですら、生来のものではない。


それまでの自分を剝奪され、代わりに降って湧いた新しい存在に成り代わる覚悟を決めたシュウジ。その新しい自分は、本人にとってはまだまだ他人に過ぎない。

つまり、頭でしか分かっていなかったのだ。 偽りの存在として生きる、その意味を。




お披露目会の日となった11月末日。

この日は今出川シュウジという虚像の運用が始まると同時に、真実を捨てて大きな嘘をつくことの意味を知る、最初の日となった。


安全なダンジョンの経済活用と次世代への責任を考える会。


それは、ダンジョン政策を推し進めてきた島津政権の要人や支援者、ダンジョン開発に利権や関心を持つ財界のVIP、及びその関係者が集う会合である。


開会予定時刻が迫る夕暮れ時。

焦らなければならない時間のはずなのだが、しかし、シュウジはタカシ、キョウコと共に車の座席に座っていた。

会場となる都内の某ラグジュアリーホテル、その地下駐車場でのことである。


「この時間は何ですか?」


車が目的地に到着したにもかかわらず、待機を命じられて十数分。

当初は覚えたはずのVIPリストに目を通して時間を潰していたシュウジだったが、流石におかしいと気付いて声を上げた。


「タイミングを計ってるんだよ。着くのが早すぎてもロクなことにならん」


座席に深く腰掛け、スマホに視線を落としながら呟く右隣のタカシ。

シュウジもスマホがあれば時間は無限につぶせるのだが、生憎とセキュリティを理由に許可されず、代わりにガラケーを与えられていた。そのガラケーに登録されている連絡先にタカシ、アイ、キョウコの3人のみ。

これでは手慰みに触る気も起きない。


「事前に出してた宿題、ちゃんと確認してあるんだろうな?」


画面から顔を上げたタカシが、思い出したように前方に問いを投げた。

このお披露目に先立ち、シュウジにはふたつの宿題が出されていた。

一つは、身なりを整えること。

今のシュウジは、先日アイと誂えた一張羅を着込み、直前には美容院に行って髪も完璧にセットしてある。よって、その宿題がクリアされていることは見ればわかる。

タカシの質問はもう一つの宿題、つまり「パーティーでの適切な振る舞いができるようにせよ」に関するものだ。


パーティーでの振る舞い、そのプロトコルは慣れている者にとっては当たり前だが、そうでない者にとっては一筋縄ではいかない。例えば、入場直後に渡されたウェルカムドリンクをどう扱うか、初対面の相手に対してどう挨拶するか。そんな基本的な挙措からして、シュウジは一から学ぶ必要があった。

加えて、VIPのプロフィール、政治・経済に関する基礎知識、想定される質問に対する回答等々、覚えることも大量にある。

問い掛けられたキョウコは、運転席から振り返って言葉を返した。


「わたしの方でテストはしてますが、大きな問題は認められませんでした」

「そうか……ま、お披露目とは言え今日のは気軽な会だ。おまえと同年代の参加者も多い。気軽にとまではいかないだろうが、緊張はしなくて大丈夫だぞ」

「……うん」


今回のパーティーは「次世代」と銘打つだけあって、VIPだけでなくその子女の出席も多数予定されている。顔見せには打って付けだし、「もしかしたら友達ができるかも」なんて淡い期待もシュウジは持っていた。


「さて、そろそろ行くか」


そのひと言で、3人は車外に出た。

会場となるパーティーホールはホテルの2階。

エレベーターを降りて廊下を歩いていると、正面から無地の黒スーツを着た中年男性が駆け寄ってきた。


「先生、急いでください!控室の皆様はもう会場に移動しましたよ!」

「おぉ、そうか――コイツは俺の公設秘書の荒タイヨウね」


誰?という視線に気付いたのか、タカシが言葉を補った。


「今出川シュウジです。よろしくお願いします」


今日だけでも、10回じゃ効かないくらい口にするであろうセリフを口にしながら頭を下げると、荒は心得顔で「よろしくお願いします」と挨拶を返した。


「ゆっくりお話ししたいけど、それはまた後ほど。

――それより先生、島津総理は別件で到着が遅れているとのことです」

「そうなの?まぁ、小細工しておいてよかったよ」


タカシはそう言って小さく笑うと、ずんずんと入口に向かって廊下を進んだ。

シュウジ、キョウコもそれに続く。


「先生、来賓用の通用口はこちらですが……」

「もう主催者挨拶が始まる頃だろ?なら、正面からでいい」


荒が「は?」と素っ頓狂な声を上げたが、タカシは気にせず足を進める。


「普通は別口から入るものなんですか?」

「長官のようなVIPには来賓用の控室が用意されていて、入場の際はそこから会場入りするのが通常です」


声を潜めてのシュウジの質問に、キョウコも小声で答えを返す。


「多いな――」


開け放たれた扉からホールの中を一瞥して、タカシが呟いた。

会場となるコンベンションホールは、臙脂色の絨毯が敷き詰められた広々とした空間である。その両側面には豪勢な料理が並べられたビュッフェライン、中央にはいくつもの円形のハイテーブルが配置されており、その卓を囲むようにゲストたちが談笑していた。

ゲストは少なくとも500人はいる。スーツ姿の壮年男性以外にも、ドレスを着た女性や、シュウジと同じくらいの年齢の若者の姿もチラホラ。入口に近いところには、大きなカメラを持ったメディア関係と思しき人たちもたむろしていた。


事故の影響か、参加者の服装は喪服ともまではいかずとも全体的に落ち着いていて、暗めの色合いが多い。


「先生、それにシュウジくんと一ノ瀬さんも、コレを」


会場に入る直前、荒がそう言ってふたりに黒のリボンピンを渡してきた。

よく見ると、荒の胸元にも同じピンが添えられている。


「これは?」

「アウェアネスリボンです。この会では全員が着けることになっています」


思わず漏れたシュウジの疑問に、荒は丁寧に回答した。


――胸元に喪章を飾れば、それで悲しみを共有したことになるのだろうか?


疑問と嫌悪感を飲み込み、シュウジは無言のままピンを胸元に添えた。


「じゃ、行くぞ」

「皆様、大変お待たせしております――」


ホールの最奥、一段高くなったところには演台が配置されている。

タカシが会場に足を踏み入れようとしたタイミングで、その前に立った司会と思しき男性がマイクに向かって口上を始めた。それでもタカシは止まる様子を見せず、シュウジは慌ててその背中を追った。


「演壇の隣に紫のロープで区切られた場所があるだろう?あの結界の中が俺たちの定位置だ」


その小声を聞き取ろうと、シュウジは自然とタカシの近くに寄った。

参加者の注目が壇上に向いていたせいか、最初の10秒程は何も起こらなかった。


「それでは本日の主催者である経団連の――」

「失礼」


タカシはそう言ってハイテーブルと、それを取り囲む人たちの間を縫って行く。


「えっ?」


誰かが声を上げたのが、そろそろ会場の真ん中に差し掛かろうとしたタイミングである。


「あれって、もしかして」

「今出川長官?」


司会が言葉を切った折、そのひと言が会場に静かに響いた。声なき声が波紋のように広がり、マイクの声をかき消すほどのざわめきに変わるのは一瞬だった。

次の瞬間、それまで周囲にいた人たちが一斉にタカシとシュウジから距離を置いた。

進行方向にいるゲストまで、まるで厄災から逃れるかのように道を開ける。


「えっ、ウソ?」

「なんで正面から?」

「隣にいる美少年だれ?」


アーチ状の高い天井から吊り下げられたシャンデリア。

その光はホールの全員に等しく降りかかっているはずなのに、暗がりの中でスポットライトを浴びているが如く、ふたりは会場の視線を独占した。


――見られている


その感覚に、シュウジは身体が急に竦みそうになった。視線が重く、あらゆる方向から全身に纏わりついてくるように感じられたのだ。


――学校の授業でだって目立つのがイヤで手なんて挙げないのに、コレは流石に……


「前を見ろ」


飛び切り低い囁きに飛び跳ねそうになるのを堪え、シュウジは顔を上げ、微笑を張り付けて足を進めた。

盗み見るように養父の横顔を見ると、タカシはいつも通りの余裕の表情。むしろ、四方八方から突き刺さる数百の好奇の目、あるいは値踏みするような視線すらも、自らを飾る装飾品の一部として取り込んでいるかのよう。


程なくして、ふたりはステージ横の来賓エリアに到着した。

振り返って会場を見渡すと、いつの間にか全員が沈黙し、しかし視線だけは未だにうるさいくらい向けられている。

そんなものには意にも介さず、タカシはゆっくりと会場全体を睥睨し、薄く口角を持ち上げた。その鷹のような視線がフロアを撫でると、ざわめきの残滓すら呑み込まれるように、会場は急速に静まり返っていった。


静寂の中で言葉を失っていた司会に対してタカシは言った。


「遅れて悪かったね。どうぞ、続けて?」

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