紡がれた鼓動
なぜ?
どうしてそんなに悲しんでいるの?
寂しいの?
なぜ?
ねえ、聞こえているから、どうか教えて────…………。
*
「明にばかりいい思いされて腸煮えくり返りそうでしたけど、お心遣いありがとうございます。
この目で成長したお二人を見ることが叶い、至極感激です」
「はは、君にまで嫌われたら敵わない」
見回りを早々に切り上げ、東の剣山の麓へ戻ってきた鼓の隣には、灯が座ってにこやかな表情を見せている。
「まさか久しぶりに見るお姿が主との腕試しになるとは思いもよりませんでしたけど、二人とも立派に育って、嬉しいことこの上ありません」
「君たちがいてくれたお陰だよ。俺一人だったらあんなに出来た子たちにはならないさ」
「ご謙遜を」
「本心だよ。感謝するのはいつだって俺の方だ。
見るか? さっきやられた傷だ」
袖を捲って現れた肌には、血が滲んでいる。
「お労しい……。と言っても主にはあまり関係ないんでしょうけれど」
「たまには痛みを思い出さないといけないと思ってたからちょうどいいさ」
共感し難くはあったが、いつものことと得心し、次の話題に移る。
「……瑞坊っちゃんに至っては──」
「あいつはあいつで背負いすぎてる。……気づいてないだけだ」
「彼にはお嬢様がいます」
「良くも悪くも、ね。希は誰かの所有物じゃない」
「……だからあんな形で発破をかけたんですね」
「お見通しか、君たちには」
「従順なる下僕ですから」
「それでもやっぱり、あいつの核には希がいる。
いい方へ転んでくれれば何よりだが」
「信じましょう」
「うん、そのつもりだ。これまでも、これからも」
波一つない海面のような主の話しぶりに気が削がれる。その真上に広がる空は、彼にとってどんな様相を呈しているのだろうか。
「そろそろ行くよ。あいつらに呼ばれてるんだ。
事によっちゃ学び舎へ行けってどやさないとならない。
──引き続きよろしく頼むよ」
「仰せのままに」
旋の背に乗る鼓を見送り、両の手で丁寧に抱えていた古びた本を愛おしげに見つめる。
「仮初めの私たちに、こうして幾つもお役目を与えていただいたこと、心より感謝いたします──……」
*
旋に連れられ、小川の畔に降り立った。
「悪い、遅くなった。学び舎はサボんのか?」
これから向かっても遅刻確定である。だが二人にとってはそれどころではなかった。
鼓と瑞を交互に見てから、希が小さく息を吸い込み、細い笛にゆっくりと吹き入れる。
三人の髪を、風が優しく撫でていく。
笛を吹き終えると、中天へ向かう陽の光を受け輝く黄金の穂が、再び地面に向かって落ちた。
「今返ってきた音、聴こえた?」
「……いや、希の笛の音だけ」
「私には聴こえてるの。
──父さんと母さんの笛の音が」
新たな真実を知るたびにぎこちなく張り詰めたような空気に支配されることも多かったが、隔たりを超えるたびに分かり合えることもあるはずだ。
少しずつ、時間がかかっても、また以前のように戻れたら良い。きっと戻れる。
これから話すことも、そのための一歩になるはず──。
鼓を真正面に見据え、身体中に力を込める。どんな衝撃にも耐え、立ち続けられるように。
しかし返ってきたのは、予想と正反対のものだった。
「生きてるのか……?」
鼓の目が泳ぎ、言葉を言い淀んでいる。
*
自分が引き寄せた因果応報の災厄を忍の里に降らせ、呪われた己の命を幾度となく恨みながらも生きてきた。
彼らが命と引き換えに守り抜いた三人の幼い子供たちを、今度は自らの手で守るために。
業火の中に飛び込んでいった金と銀の煌めきを、1日たりとも忘れたことはない。
安寧とは程遠く、暗闇を落ち続けていた中でもたらされた光を見た時に感じた希望。その時と似た輝きが、今再び灯されたような感覚がする。
そうだ、あの日、錦は言ったんだ。
俺が最期だと思った、あの時に。
この心臓を貫き止めるのは自分などではない。
俺の命はあの瞬間から、君に殺されるためにある──。
お読みいただきありがとうございました!
次話から少しの間、本編と番外編の中間みたいな進み方になります。
更新日未定ですが、引き続きよろしくお願いします。




