戦いの産物
程度はこれまで様々だったが、今希を襲っているのは、記憶が戻る際に受ける痛みだった。
夢を見るように記憶が流れ込んできていたのに、今回に至っては何も映像が流れない。
気を失う程ではないが、頭の奥から響く鈍痛だけが残り続けている。
不調が引き起こす不安と不快感が、冷や汗になって滴り落ちる。
一体鼓はなぜ無理矢理希に記憶を戻したのか?
そして戻ったのは何の記憶なのか──?
言葉なく歩を進める2人の脳内には、同じ疑問が廻っている。
「ごめん、ちょっと座らせて」
耐え兼ねて、塔へと続く森の中を流れる小川のそばに腰を下ろした。
絶えず流れる水の音が、少し頭痛を和らげてくれる感覚がする。
「……全然、敵わなかったね」
止むことのない音の中に、か細い声が差し込まれる。
「悔しい、なんて思うのも烏滸がましいな」
「どうしたら強くなれるのかな」
「……分からない。足りないものが多すぎる」
修行なき上達、傷なき成長など有り得ない。定めた覚悟をより堅固にする実力が圧倒的に足りていない。それを補い培う術も、未熟な自分たちだけでは見つけられない。
若い人間の無力感などつゆ知らず、森は生み出す音によって空間を支配する。
創り出されるのは、どこを切り取っても大差のない、穏やかさに覆われた無限の迷い道だ。
閉ざされた世界で、それぞれに考える。
(もしもこの先、軌と戦うってなったら)
(いや、必ずその時は来る。
でもそしたら──)
(鼓の足手まといにしかならないかもしれない)
(こんなにも差があるなら、鼓が交戦を避けたいと思うのは当たり前だよな)
(どうしたらいいの)
(どうしたら──……)
(こんな時、忍なら、父さんと母さんならどうするの────……)
強く目を瞑り、なお続く痛みを掻い潜るように、孤独の間、一度溺れかけた水底へ、希は自ら選んで沈んでいく。
やがて小川のせせらぎも、葉が擦れ合う音も、鳥のさえずりも、一切が世界から消えた。
さらに暗闇を降りていくと、滲んだ視界が開け、幼い頃に駆け回っていた故郷の森に繋がった。
そうだ、と思い至る。
里の森は、心地良い風が吹き抜ける晴れた日には、小川の近くに忍の仲間が点々と腰掛けて、思い思いに過ごしていた憩いの場でもあった。
懐かしい気持ちを抱きながら立ち止まって、痛みと共に在るはずの記憶を辿り、より明確に過去へと向かう。
もっと奥へ、奥へ──────。
(私が今、ここで取り戻す記憶は……)
痛みに伴って生じている甲高い耳鳴りが、次第に大きくなる。
吐き気すら催すほどの音が木霊する。
痛い。気持ち悪い。煩い──……。
こめかみを強く抑え、痛みを紛らわす。
音が上昇を続けた最後に、金属音の如き高音が両耳を貫き、次いでパンッという破裂音が響いた。
──最後に飛び込んできたのは音だけではない。
過去から続く道の先で、暗闇が明ける刹那、光の中心に捉えたのは、幼い頃の自分たち──希と瑞の姿──だった。
瑞の耳を、希の小さな手が覆っている。
「希? どうした……?」
思い出せそうで、あと少し、掴みきれない記憶の全貌。
(多分瑞に、伝鳴の術を掛けた時だ。あの時、あの後──)
記憶を手繰り寄せていた最中、届いた外界からの音に気づき、顔を上げた。
今度は耳鳴りなどではない。
「何、この音……」
「音? 何か鳴ってるのか」
「私、知らない。こんな“呼び合いの笛”の音色、聞いたことない……」
「笛……!?」
“呼び合いの笛”──。忍の里に生まれた者に最初に贈られる忍具。
作り方も奏法も聴き取る方法も、忍の里門外不出の秘技・秘術である。
「忍が、里の仲間がいるのか……?」
10年前、忍は火事によって里諸共滅んだはずだ。
彼らしか使い得ぬ合図を、誰かが送っている────?
お読みいただきありがとうございました。
ようやく新たな展開を迎えます。
近々また改稿祭りを実施しようと思います。
次回更新は8月12日(水)予定です。




