天使のささやき……気持ちわるっ!
6階層『不死軍駐屯地』攻略から3日後。
ナナシたちはまた新宿ダンジョンにダイブするため集まっていた。今日は6階層で肩慣らしをしてから7階層に挑戦するつもりだった。
当然配信もしている。
特に苦戦することもなく6階層を抜け、明良たちは次の階層へと足を踏み入れる。
第7階層『神楽の天空』
「ここが神楽の天空……マジで足場が雲なのか。こりゃ高所恐怖症にはきつい場所だな」
「みたいだね……俺は大丈夫だけど、桜庭叶恵は?」
「なぜにフルネーム……ま、私も問題なしー」
7階層は天空の名を冠するにふさわしく”地面がない”。3人は恐る恐るといった風に、雲を踏み確かめていた。
芝生を踏んだような変な感触だが、踏ん張りがきかないわけじゃない。絶妙な踏み心地だった。そこら中に浮かんでいる白雲が地面の代わりだ。踏むと実体があり、そこを足場にできる。当然落ちれば……飢えて死ぬまで落下が続き、装備を含めて死体は消滅する。
そして、ダンジョンは地下へ続いているにもかかわらず、この階層は上へ向かっていかなければならない。第7階層は、モンスターよりも階層そのものが敵、と言ってもいいだろう。
白雲たちは常に動いており、攻略ルートが常に変化する。10階層までの道のりで一番時間がかかるのがこの神楽の天空。死亡率が一番高いのもこの階層である。
もう一つ、この階層のモンスター……と呼ぶには神々しすぎる存在がシーカーたちを邪魔する。
天使。
神の使いたちが、上位存在である神を楽しませるために人間を殺して舞う殺戮の空である。
「ここらへんには天使はいないか」
「攻略WIKKIによると上層へと移動すると天使たちが襲ってくる。ここは安全だろう」
3人は装備の点検を終えてから攻略を開始した。
とりあえず、上に行かなければ次の階層に進めないため、上層に浮かぶ雲に足を伸ばしていく。
雲の大きさは様々だが、おおむね5人ほどが自由に動き回れるくらいには広い。戦闘行為は十分可能だ。よほどのアクシデントがなければ落下することはないだろう。
「……今のとこ、なんもないな」
「攻略WIKKIではこの階層の死亡率が一番高いと聞いてるんだけどな……」
「ふーん、そこのとこどうなのリスナーのみんな」
――コメント――
『7階層に行こうとする探索者ってあんまいないよね』
『不死軍駐屯地の方が安定して稼げるからなー。わざわざ危ない神楽の天空まで行かない』
『トップランカー目指す奴くらいじゃね?』
『やっぱやばいのは天使の誘惑でしょ』
叶恵の問い掛けに視聴者たちはおおむね似たコメントを残していく。
職業探索者として生活している者たちからすると、この階層が天才と凡才を分ける分水嶺というわけか。
「その天使の誘惑っていうのは? 攻略WIKKIで調べても詳しいことあんま書いてないんだよね」
7階層には探索者たちがあまり来ないせいか、攻略WIKKIがあまり更新されていないのだ。
有志の限界というやつである。
――コメント――
『一言でいうのは難しいな』
『喰らったことある奴の話によると、なんか"気持ちいい"らしい』
『……スッ(ズボンを下ろす)』
『ティッシュは用意した』
『天使との濃厚な○○○が見れる配信はここですか』
『お前らの行動力ってほんと最低やな』
「最低っていうのには同意するよ、うん」
得体がしれない階層だ。できることなら早く抜けて8階層に行きたいが……
「まあ、遭遇するまでは分からないか……皆、慎重に行こう」
「おう(うん)」
3人はひたすら雲の階段を登っていくのだった。
「……あれ?」
明良は気づくと一人ぼっちになっていた。3人で密集して上へと進んでいたはずだったのに。
何の脈絡もなく別行動を取るなんて、粗雑な作戦は立てていない。
それに意識にモヤがかかっているようにぼーっとする。
――これは何か仕掛けられている?
明良はとっさにスマホを見ようとした。配信中の動画とコメントを確認すれば、現状の把握ができるかもしれない。
しかし、スマホはTV画面の砂嵐状態のように、ザーザーと灰色の景色を映しているだけだった。
「あら、カッコいい男の子がいるわ」
「……誰だ?」
振り向くと、明良のそばに金髪の美女が佇んでいた。美女はすすすっと音もなく近寄り、明良の胸にしなだれる。
「私が誰かなんて関係ないわ。ねぇ、私と良いことしましょ?」
「ふーん……」
典型的なアメリカ美人といった出で立ちで、目鼻立ちがよく、彫りの深い造形。それにスタイルもグラビアモデル並。普通の男なら食指が動かずにはいられないだろう。
「ねぇ君。俺の仲間が二人ほどいるはずなんだけど知らない?男と女一人ずつ」
「知ってるわよ。その子達なら先に気持ちよ〜くなってるわ」
「あっそう……」
この気味の悪い空間に囚われているのは、明良だけではないようだ。
「だからね? 私と一緒に良いところに行きましょう?」
美女が明良の手を引こうと手を伸ばしてくる。ハープの音色のように甘いささやきを耳に流してきながら。
「ああ、うん」
明良はにっこり微笑みながらその手を――
「キモいから死ね。このア○ズレが」
愛剣のショートソードで手首を跳ね飛ばした。
「キャァグェ!?」
「化け物のくせに人間らしい悲鳴を上げるな気持ち悪い」
返す刃で首に一閃。
まったく躊躇いもせず襲いかかった白刃によって、美女の首は胴体と泣き別れした。
落ちた首が忌々しげに明良を睨んでいる。
「なぜぇ、なぜぇ……!」
「なぜ? そりゃあ」
「ぎゃっ!」
明良はしゃがみこんで、美女の髪を掴み上げた。
「俺はツラのいい女が一番嫌いなんだ。特にお前みたいな媚を売って、腹の底では見下してるような女がヘドが出るほど嫌いだ」
「ば、馬鹿な……この糞イ○ポ野郎……」
最期に罵りを一つして美女は息絶えた。完全にアッチの世界へ旅立った顔をしている。
「その下品な顔くらいが君にはちょうどいいんじゃない?」
――さて、現実に戻らなきゃ。二人が危ないかもしれない。
明良は目を閉じて、意識を"外界"へと向けていった。
目を開けると、明良の眼前に小金騎士と桜庭叶恵がフラフラとよろめきながら歩いていた。
二人とも雲の端に向かっている。そのまま行けば落ちてしまう。
二人の側面には、キューピットのようか天使がいて、ゴニョゴニョと耳元でささやいている。
「さあ、こちらですよ〜。一緒に気持ちよくなりましょう。情熱的に絡め合いましょう」
「お姉さん可愛いね。こっちで僕たちと良いことしない? そしてベッドの上で朝まで語らおう」
ゾワワワッ!と鳥肌がたった。
「天使のささやき……気持ちわるっ!」
それからの行動に迷いは無かった。ショートソードを引き抜いて、小金騎士についていた天使の背後からバッサリと一太刀浴びせる。
素早く反対側の叶恵の天使にも一撃をくらわせてやる。
たちまち、2体の天使は魔結晶となって消えてしまった。振り返れば、明良が無意識で斬り飛ばしたであろう天使の魔結晶が転がっていた。
「おーい、二人とも平気?」
「「えへへへへ」」
「駄目だこりゃ」
バシーン!と平手打ちを小金騎士にお見舞いする。そして叶恵にもバチーンと同じようにぶち込む。叶恵のほうがキツい一撃なのは言わずもがな。
「うぉ!? 明良!?」
「いったぁ!? ちょっと何すんの、今いいとこだったのに!」
「まだ夢から覚めないか」
幻覚から解き放たれた二人の反応はまちまちだった。とりあえず叶恵にはもう一発平手打ちをしといた。
「いったぁ!? なんで!?」
「叶恵の頭が一番重症そうだったから、つい」
「つい!? ついで余計にビンタされたの私!」
混乱が収まったところで、いったいパーティーに何が起こったのかを視聴者に聞いてみることにした。




