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18/30

隠す気のない噓が嘘なわけないだろ

 蛇ノ目襲来による混乱から明け。ひとまず身の安全を確保できたことで配信を打ち切っていた。


明良たちは6階層に続く地下階段に集まっていた。


「何だったんだ、あの蛇ノ目ってのは」


 悪態を吐きながら、明良は蛇ノ目の圧倒的な強さについて思い返していた。深層とはあそこまで強くなければ生き残れないのかと。そして、いつか自分もあの境地に、探索者の極みにたどり着けるのかとも。


「トップシーカーは皆、どっかしら頭がおかしいって聞くし、そういう意味じゃお似合いかもね。蛇ノ目とナナシ君」


「あぁん?」


 そいつはどういう意味だと問う間もなく仁が「それより早くここから出ようぜ」と進言した。

 汗や血が着き、傷んだ装備を見ながら、それもそうだと同意した明良と叶恵は、仁の言う通りにすることにした。



 5階層と6階層の間は少し特殊な構造となっていた。会談の途中に、横道ができていてその奥に5人ほどは入れそうな小部屋がある。

 新宿ダンジョン攻略WIKKIの情報によれば、小部屋には転移の魔法陣があり、シカ地下への直通パスになっているらしい。

 『中継部屋ルーム』というのが正式な名称のようだ。


 中継部屋に入ると確かに、青白く発光する魔法陣があった。使用方法は簡単で、シカ地下への帰還を強く念じればいい。


 三人はこれまでの道中の事を考えて、緊張が解けたようにほっと息をついた。


「帰ろう。なんかどっと疲れたよ」


「「うん」」


 まごうことなき全員の総意だった。

 そして三人は魔法陣に踏み込んで、シカ地下に帰還したいと強く願った。



「おかえりなさいませ。そしてシーカーLv5への到達おめでとうございます。ナナシ様、小金騎士様、桜庭叶恵様」


 目を開けると、そこは見知らぬ。白い部屋だった。明良たちの眼前にはダンジョン協会の役員がニコニコとほほ笑んでいる。事前にわかっていたような対応だった。


「本日より、お三方はシカ地下の中継部屋から5階層まで転移することを許可されます」


「あ、ありがとうございます」


 押し切られる形で説明され、明良がお礼を言うとメガネをかけた役員は「滅相もございません」と謙遜した。


「私どもは何もしておりません。転移を許可したのはダンジョンそのものであり、あなたがたの力がダンジョンに適ったということに過ぎませんので」


「はあ?」


 よくわからないが、そういう事なら今後、中継部屋の特権はありがたく使わせてもらうことにする。

 三人はちんぷんかんぷんといった様子で、見慣れたシカ地下の受付前まで案内されると今回のダイブによる潜果を促がされた。


 その査定結果は――



「ひゃ、ひゃっ……1,115,000円っ!?」


 まさかの三桁万円であった。金一封レベルの報酬である。

 それというのも連盟魚クランフィッシュの魔結晶が1,000,000円というのがでか過ぎた。希少種の強さとその被害とを考えれば案外見合っているのかもしれないが、今は見慣れない額面に三人はビビり散らかしていた。


「桁、桁が……1、2、3、4、5、6……ほああああ」


 特に叶恵の壊れっぷりは凄まじく。査定結果とにらめっこしてはにやにやしている。


「その顔気持ち悪いぞ」


「まあまあア、ナナシ。いきなりこんな大金見たら仕方ないって」


 といいつつ、仁も満面の笑みだ。仁が嬉しいならそれでいいかと納得すると、明良はこのお金の取り分を決めることにした。


「とりあえず潜果は頭割りでいいか? 残りはじゃんけんで1割はじゃんけんてことで」


「え、いやー今回はナナシ無しじゃ厳しかったし半分はナナシの分じゃね? 残りを俺らで半分ってことで」


「私も特に何もしてないし……」


 三人による譲り合いが発生した。なので明良はにっこりしながら。


「じゃあ俺と仁ちゃんで半々に分けるか!」


「やっぱ頭割りにしましょう!? その代わりナナシが4割ってことで!」


「俺は異議なーし!」


 明良の提案を叶恵が訂正したことで、意見は無事まとまったのであった。


 ――結局売却したのは連盟魚クランフィッシュの魔結晶とドロップアイテムだけだった。毒蜘蛛は言わずもがな毒腺と糸。湖群魚たちのドロップは、なんと湖群魚そのものであった。

 ご丁寧にすべてパックで落ちていて表面には、湖群魚、100円と書かれている。なんじゃそりゃと突っ込みたい代物であるが、実際ドロップしているのだから仕方ない。なお売値については特に意味がないらしい。


 他の湖群魚たちの魔結晶は、これまた三人で山分けという形にした。そして三人とも休憩室で魔結晶の吸収をして、今日のところは解散したのだった。



 ――後日。


 仁から明良にLIMEのメッセージが届いた。


『おはよー(^^)/ かなちゃんがこの前のダイブ配信でもらった投げ銭の配分したいから、今日時間があったら集まろうっていってた!』


 早朝から元気な挨拶と一緒にそんな一文が送られてきていた。


「投げ銭か。そういやダイブ中に言ってたかも」


 明良自身、投げ銭という文化に驚いたものの、自分にはあまり関係の無いことだと思っていたためすっかり忘れていたのだ。


 あと、地味に叶恵と顔を合わせたくないのも効いている。


 しかし仁を通して誘われたのなら行くしかあるまい。

 仁に『わかった』と返事をするとすぐに『じゃあ俺んち13:00前に集合な』と返ってくる。


 この時の明良はすっかり勘違いをしていた。

 てっきり仁の家に全員集まるのだと考えていたのだ。だからお昼に仁の家に行って「よし行くか!」と言われたときは素で「どこへ?」と聞き返してしまった。


「うん? だって俺、かなちゃんに家に来てくれって言われたし」


「さ、桜庭の家だって?」


 そんなの事前に聞いていたら絶対に行くのを断っていただろう。女子の家なんてどんな卑劣な罠が仕掛けてあるかわからない魔境である。


「大丈夫だって! かなちゃんの家そんなに遠くないからさ」


「そういう問題じゃ……」


 ないんだよ、と訴える間もなく明良は仁に連行された。


「いや近いって。ここ商店街から徒歩5分の住宅街じゃん。てかここ……ぼ……」



「言いたいことはわかるがここはお口にチャックしておけよアキ」


明良と仁は、古びた木製アパートの前にいた。仁の案内

とゴーグル先生によるマップ案内では確かにこの場所で合っている。

 アパート正面に取り付けられたボロ看板には『つぶれ荘』とある。釘が一本抜けていて斜めにかかっているところが味わい深いというべきか。


 2人は意を決してぎしぎしときしむ鉄の階段を上がっていく。


「この201号室らしい」


「あ、そう……え、俺が開けるの? こういうのは仁ちゃんの役目じゃね?」


「そんなんじゃ、いつまでも女嫌いが治らないだろ? ほら早くしろって」


 別にこの性根を治す気はないのにと思いながら、ピン、ポーンと古めかしいチャイムを押した。


壁が薄いのかドアまで寄ってくる足音が聞こえてくる。


「はいはーい、いらっしゃい」


「こ、こんにちは」


「かなちゃんおいっす」


 出てきたのはポニーテール姿の桜庭叶恵だった。袖を肘までめくって頬に泡を付けているのを鑑みるに洗い物の最中だったようだ。こんな家庭的な一面があったのかと感心したのもつかの間。


「こんな姿で悪いけど、上がって……」


「姉ちゃん誰か来たーーーー!?」


「お客さんだーーーー!!」


「あだっ!?」


「おわ!?」


 言いかけた叶恵の後ろから、ア〇レちゃんもびっくりの勢いで掛けてくる男児と女児。彼らは勢いそのままに叶恵の背中に飛び乗った。当然、叶恵は前のめりになって倒れる。明良を下敷きにして。


どしーん!

と階下にまで確実に響いたであろう音がした。


「いてて……おい、ちゃんと説明してくれるんだろうな」


あい(はい)ずびばぜん(すみません)


 叶恵は明良の胸に顔面を叩きつけた状態で、見事なだみ声で答えたのだった。



「妹たちが迷惑をかけてごめん。弟の椿つばきと妹の牡丹ぼたんよ。で引きはがそうとしてくれてるのが、」


「次女の向日葵ひまわりです……! こらおねえから離れなさい!」


「「やー!」」


「ああ、うん。すごいね、いろいろ」


 桜庭叶恵は、双子の兄妹によじ登られながら正座していた。

 その横で、叶恵を一回りくらい小さくした中学生ほどの女子が、双子たちを引きはがそうと四苦八苦している。


「うち、両親が蒸発しちゃったから私が面倒見てるの。うるさかったらちゃんと言うから許してくれる?」


「は? それは、子供のすることだしもちろん……あのさ普通そういう事情って話したくないもんじゃないの?」


「アキもそういうのツッコむの普通はしないんだぞ……」


――いやだって気になるし。


 と心の中で言い訳しながら、桜庭姉弟をみやる。


「別にあの人たちのことはどうでもいいの。ただ、いきなり知るよりは最初に聞いといてもらった方が楽でしょ。それだけ」


 一応の理由を聞いて、表面上はなるほどと納得しておく。あまり深入りする内容でもない。

 叶恵は、手慣れた様子で双子を引っぺがすとタンスから封筒を二つ取り出した。


「これが前の生配信でもらったお金。配分は配信主の私4、ナナシ3、小金騎士3でいい?」


 二人とも文句はなかったので頷いた。叶恵からお金を受け取ると想ったより厚みがあるのに気づく。


「中身、もしかして千円札?」


「何言ってんの。ほぼ万札に決まってるじゃないあと小銭」


「「マジ?」」


 行儀が悪いと知りつつも封筒の口をこっそり開けてみると諭吉が行列をなしていた。ぱっと見て50万ほどはある。


 ダンジョンでの潜果(連盟魚クランフィッシュを除いて)を上回る金額におののくしかなかった。叶恵いわく、これはコラボ効果であって、いつもの配信だと良くて数万いくかどうかとのこと。それでも十分すごいと言わざるを得ない。低階層に潜るシーカーにとっては貴重な収入源となる。


 仁は封筒を確認した後、叶恵に返した。


「なんかナナシとかなちゃんのおこぼれ貰ってるみたいでわるいからこれ2人で分けてくれない?」


「何言ってんの。小金騎士が守ってくれなかったら私は5階層で死んでた。これは正当な報酬だから受け取って」


 とすげなく突き返される封筒。理由を聞いても「うーん」と仁は唸っていたが、明良が「もらっとけばいいじゃん」と鶴の一声をあげたことで収拾した。


 明良と仁が報酬を受け取ったことで、叶恵は次の話を始めた。


「で、真面目な話。これからもこの三人で生配信でやらない?」


 叶恵の言葉は明良の顎にクリティカルヒットして吐き気を催させるに十分だった。ものすごく「気持ち悪い」と叫びたくなるのをこらえて、その心は?と訳が話されるのを待つ。


「まあ、ぶっちゃけ家貧乏だしお金が欲しいの」


「「そこは同意する」」


 明良と仁はうんうんと頷いた。叶恵曰く、今回の生配信はかなりウケが良く、事前にナナシの名前がSNSで拡散されていたことも大きかったらしい。コラボ大成功の一因でもある。

「ちなみにバズった理由って?」


「私とナナシの絡みが面白いってのが主な理由らしいけど。私としては? 私の可愛さよりも上ってのが全くの遺憾なんですけどねえ?」


「はあ……俺、さんざんに言ってた気がするけど。あれがいいのか? ネットってよくわかんないな。あと遺憾でもなんでもなく、お前が可愛いとかないよ」


「は?」


「は?」


「もうお前ら一周回って仲がいいだろ……」


 明良と叶恵は互いに天敵を睨むような目つきをし、仁は苦笑いを浮かべる。

 二人が犬猿の仲なのは、仁にもわかっている。しかし、これは明良の女性不信を克服するチャンスでもあると踏んでいた。

 ならば親友としては、このパーティーでのダンジョンダイブは大賛成だった。


「じゃ、これから仮にも一緒に行動するわけだし。シーカーネームじゃなくて普通に自己紹介でもしようぜ」


「私は本名だから言わなくてもいい?」


「あ、うん。マジで本名なんだね、かなちゃん……俺は小金井こがねいじんだ。よろしく」


 仁は昨今のネットリテラシーを鑑みてやや引いていたが、叶恵は意に介していない様だった。シーカーは強くなればなるほど、その実力と協会から特権を得られると考えての事だろうが……かなり無謀なのは間違いない。

 それに比べて、


「じゃあ、最後は俺か。シーカーネームはナナシ。名前は名無しの権兵衛だ」


「嘘おっしゃい!?」


「隠す気のない噓が嘘なわけないだろ」


「うーん、この屁理屈」


 この秘匿っぷりである。

 ここは仁が人肌脱がねばならないだろう。


「ったく、仕方ねえ。こいつは西乃にしの明良あきら。ちょっと女関係に難ありで、かなちゃんにキツく当たることが多いと思うがよろしく頼む」


「むう、俺のプライバシーが……」


 明良は露骨にいやそうな顔をするが、これも親友の為と仁は割り切った。

 その日はパーティーの名前などは特に決めずに、次のダイブの日取りとLIMEの連絡先の交換をするにとどめたのだった。

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