コメント欄に変な奴わいてる……
「チャンネル登録数が倍になってるーーーーーー!?」
叶恵の絶叫が森林中に響いていく。
――うるせえ。
絶対モンスターたちに気づかれたな、と明良は呆れつつ「それってすごいの?」と聞いた。「すごいじゃなんてもんじゃない」と叶恵。
「一回のダイブ配信で増えるのがだいたい500人くらい。今回だけで、登録者数が50000人から100000人に爆増したわけよ! 同接だっていつも1000人くらいなんだよっ! やばいっ!」
腕を上下にブンブンしながら興奮するほど凄いことらしいというのは明良にも分かった。だが内容の理解までは追いついていない。
ピロン!
『¥10,000 10000人ご祝儀』
『¥10,000 ワイもワイも』
「なあ、明日葉さん。この赤いコメントなんなの? なんか金額が書いてあるんだけど」
「さ く ら ば !? いい加減覚えて!? ――ああ、それはハイパーチャットね。別名投げ銭。推しの配信者への投資みたいなもんね」
叶恵は「ま、もらえる額は実際半分くらいなんだけどね~」と続けた。これに明良は激しくショックを受けた。動画を配信するだけでお金をもらえるシステム、というのもびっくりだが、実際に金を投げる人がいるのも驚愕だ。
自分の利益に何にもならないだろうに……と驚いていると「このコラボ終わったら3人で4:3:3で分配するからね~」と叶恵が告げた。
「え? 俺ももらえるの?」
「それはそうだよ。私の配信枠とはいえコラボだもん。出演料くらいあるよ」
「おお……マジか。なんか緊張してきた」
金をいただくということはプロとして振る舞わなければならないということ。なのだか、叶恵曰くそんな常識ない方がリスナーには受けるらしい。
エンタメとは難しい。
「あとそんなに名前間違えるなら叶恵でいいよ。あ、かなちんでもいよ♡」
「気持ちわるっ! それはキモいから死んでも嫌だ。よろしく叶恵」
「アンタ……本当正直な奴ね……」
叶恵がドン引きしているうちにコメントが流れている。
『ナナシ、今日も毒舌が冴えてるなwこれが見たかったw』
『かなちんギャン泣きまだですか?』
「ギャン泣き?」
「それは何でもないから! 気にしないで!?」
触れてほしく無さそうだったのでこの場ではそれ以上の追求はしなかったが、あとで調べてみようと思った明良だった。
一先ずスマホはしまって探索を開始する3人。スマホのカメラ機能がなくともシーカーライセンスによる超技術でいい感じのカメラアングルで撮れているらしい。不思議だ。
コメントは見えないが、こちらの状況は配信されているので、暇があったらコメントに反応するくらいで良いのだそう。
「今日のメインはなんと4階層『悪食の氷原』を攻略していくよー!」
『かなちんと小金ニキLv3になったばっかじゃん早くね? 大丈夫か?』
『まあ3人なら行けるだろ』
「少し3階層でウォームアップしてくつもりだから問題ないよー、あ、蜘蛛発見」
「チチッ」
遭遇したのは地蜘蛛タイプの毒蜘蛛だ。さっきの叶恵の大声で寄ってきたのだろう。
叶恵はスマホをしまって戦闘態勢に入る。仁も同様、叶恵を後ろに隠して守護の体勢だ。
が明良はそんなことはしなかった。先手必勝とばかりに飛び出すと、それに反応して飛びかかってきた地蜘蛛を胴体から真っ二つにして見せた。
ドロップした魔結晶と毒腺を拾う。ここの蜘蛛たちは雑魚にしてはいい資金になるので非常にコスパがいい。ニヤニヤと頬が緩むのを止められないくらいには。
「お金ゲット〜♪」
「「いやいやいや、今の何!?」」
二人の高速のツッコミにより明良の体がびくっと震える。何と言われてもただ接近して斬りつけただけに過ぎないのに。
「普通に倒しただけだよ」
「うん。普通のLv4シーカーは一瞬で毒蜘蛛を倒せないからね?」
「えっ?」
叶恵がスマホの画面を見せて「皆の反応を見てみなさい」と呆れながら言った。
『ナナシヤベェェェ! 動きが見えなかった!』
『俺Lv4だけどこんな動き無理』
『毒蜘蛛にソロ接近戦とか控えめに言って頭おかしいよwww』
「いやいや、この前30匹くらい倒したよ。2、3匹くらいなら同時でもいけるし。皆、毒蜘蛛を過大評価し過ぎじゃない?」
『過 大 評 価 (笑)』
『俺氏、パーティー組んで一匹相手に苦戦したんだが』
『ナナシはLv2で希少種ゴブリンナイトをソロ討伐してるらしいから普通のシーカーと比べちゃダメよ』
「あれ? 俺ゴブリンナイトのこと誰にも話してないはずなんだけどな……」
なぜか、この前ゴブリンナイトを倒したことが視聴者に知られていた。おそらく、安全地帯でボロボロのまま眠りこけていたところを見られたのだろう。ただのゴブリンにやられた傷じゃないのはわかるだろうし、推測されてもおかしくない。そして、どこぞで拡散されたと。
――どこの誰だ、俺のプライバシーを侵害してくれたのは!?
『あ、それ見たの俺だわ。スレ民に拡散したら盛り上がったなー。やっほーナナシ君見てるー?』
「 お ま え か 」
強化された動体視力でもってコメント群の中からそいつをピックアップする。明良は、リスナーめぇ……と恨み節を心で唱えた。
極力目立たない方針だったのに知らない間に拡散されていたの巻。すこぶる不本意な結果である。
だが目立ってしまったことを知れたのは僥倖だった。そう意味で今回のコラボはやって正解だったかもしれない。
桜庭叶恵はかなり気に食わないけれど。
「チチッ!」
「あ、また来た」
また地蜘蛛が一匹誘われてきた。明良は静観して、二人の連携を見ることに徹する。
「小金くんよろしくー」
「おうよっ!」
「いやお前は何もしないのかい!」
「だって私後衛だし〜?」
叶恵は、わざわざ魔女ローブを強調しながら安全な位置に留まっている。
前線では仁が蜘蛛の突撃を盾でいなしながら、もう片方の手に持った短槍で牽制していた。
仁は上手く間合いを取りながら着実にダメージを与えていく。
「そろそろかな」
叶恵は背中から何かを取り出すとローブの下でカチャカチャ動かしていた。
「小金くーん、準備オッケー」
「ほいきた!」
合図を受けて、仁が大振りの一撃を振るう。当然ながら毒蜘蛛は下がって避けた。
――パシュッ!
軽快な風切り音がしたかと思えば、毒蜘蛛の頭部に黒く鋭い棒が突き刺さった。
叶恵の腕に装着された簡易式のボウガンから放たれたもののようだ。
「あったり〜! 今日も私ってば可愛い上にツイてる〜♪」
はしゃぐ叶恵をよそに毒蜘蛛はアイテムを落として消滅した。仁がそれを拾うまでが、彼らのやり方なのだろう。意外とまともな連携になっているのに驚いた。
まあ一番は――、
「ボウガンを隠して持ってたのか」
「まーねー、これでも高校では弓道部だったからそこそこの腕前はあるよ」
やや誇らしげに胸を張る叶恵。だが明良はどうでもよさそうにポツリと一言。
「その魔女っ子コスプレ意味ないよね? 遊びに来てるの?」
「コスプレじゃないし遊びでもないよっ!? これが私の本来のスタイルなのっ!?」
と、叶恵はやや涙目になって反論するが、明良はジト目を止めない。先日は探索者をバカにするような見てくれだったが、今日はわりと真面目にコンセプトを考えていたらしい。
『コwスwプwレw 美少女に容赦ねぇw 痺れるけど全く憧れねぇw』
『ワンチャン、ローブに武器隠して油断を誘えるから許したげてw それはそうと涙目かなちん可愛い』
『かなちんすでに半ベソかいてて草。やっぱナナシ強いわ。一生かなちん泣かせてどうぞ』
――コメント欄に変な奴わいてる……
まだ見ぬヤベー奴らを見て、配信界隈の闇の一端を感じる明良だった。
まあだとしても、いつも通り明良は振る舞うだけだ。
「うーん、この人たち気持ち悪っ」
この調子で三人は、ときに明良が蹂躙し、ときに仁と叶恵がコンビで狩りながら『毒蜘蛛の狩場』を攻略していった。