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葡萄館の殺意   作者: 乾レナ(冷愛)
謎解きは事件の前に
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Ⅰ.邂逅―二人のヒロイン―



「君、大丈夫か……?」

 オレは何者かに揺り動かされている。目蓋を開けば、見知らぬ人物がオレの顔を覗きこんでいた。

 地面が固い。いつものフカフカのベッドではない。変わりに木の葉の絨毯に戯れている。仰向けに寝そべっていた上体を起こす。オレはジャングルの茂みの中にいた。ここは……。

 目の前で腰を屈めているのは、女か? 黒髪を一本に束ね、ジーパンにTシャツ姿だが。オレと同年代くらいだ。色白の素肌にタイガーアイのような鋭い瞳がオレを捉えている。婀娜っぽい胸元の谷間はV字形に窪み、巨峰を想わせる二つの乳房はTシャツからはち切れんばかりに熟れていた。仮初めの胸パットで偽造(フェイク)されたものなんかじゃない、本物だ。

 寝ぼけ眼を擦りつつ、ごくりと喉を鳴らす。ムラムラとオレの中に這い上がってくるのは性欲か、嫉妬心か。

 草木の茂みにリュックサックが無造作に置かれ、そばにはスコップとシャベルが放り出されていた。

 思い出した――。



 昨夜。大宮駅から最終の夜行バスに揺られて二時間半。山梨県 巨峰郡 葡萄村行きの停留所に着いたのは夜明け前の午前三時半過ぎだった。

 其処から葡萄村へはゴンドラリフトで行くようで、看板に能書きがあった。自家発電によって、搭乗すれば自動的に動きだすらしい。廃れた発電所に人の形跡はなく常時、無人に思えた。

 躊躇いはない。一人ぶんのスペースしかないゴンドラリフトに荷物と身体を押し込む。自家発電は真夜中でも稼働してくれるのか。果たしてインターロックがかかるとモーター音が起動し、身体が空中に浮きはじめた。ロープに宙吊りされたリフトは、あっという間に地上から遠ざかっていった。

 僅かに照らす月と星の光と、手元のランタンで辛うじて外界の景色を認識できた。巨大なかき氷に宇治抹茶小豆をぶっかけたような山を超えていく。あれが天山らしい。招待状に掲載された写真の天山は白地に鮮やかな緑で、赤の色彩が点在している。日中は紅葉が楽しめるのだろう。

 ゴンドラに揺られて五十分。葡萄村に着いたのは夜明け前、五時頃だった。

 いざ葡萄狩りがはじまってしまえば、他のツアー参加者の手前、じっくり発掘などできまい。芋の収穫ならカムフラージュできそうではあるが。件の隕石は土に埋まっているのだ。

 考えた末、オレは夜半のうちに出発することにしたのだ。昨晩はJR線に人身事故があったため、高速バスターミナルに着いたのは日付が変わってからであった。

 到着予定時刻を大幅に遅れた、明け方。誰もいない葡萄村に足を踏み入れたオレは、二枚の地図を取りだした。

 一枚めは、投函された葡萄狩りの招待状に添付してあったもの。

 二枚目は仏壇に仕舞われていた、養親の祖先が遺した手書きの地図。

 葡萄畑は、此処から路地を右奥に入ったところにあるらしい。

 二枚目の地図を広げる。視線の先に広がるのは未知の樹海――ピオーネ森だ。


 雑木林を別け入り、落ち葉を踏みしめ、ロザリオロードに沿ってスコップを差し込んで穿つ。誰かが入らなければ繁茂に道は作られない。その昔、隕石を発見した――或いは埋めたのか――人間がいたことを、あの地図を描いた始祖は確信していたのだ。先人たちが遺したロザリオの軌跡を辿れば、奇跡的に輝石が見つかると信じたい。

 ちなみに。先祖お手製地図の中に挟まれていた白濁色の勾玉は、御守りとしてブラジャーの中に入れて持参した。養父母が遺してくれた形見であることに違いはない。

 ある程度スコップでボーリングしたら、持参したランタンを照らしながらシャベルで土を救っていく。一際輝く天然石だ。一目見たら解るだろう。

 琥珀と隕石の融合物――。人工的に作られたものなのか、偶然の産物なのか。人間の趣意と宇宙の神秘、どちらもオレには計り知れない。

 気の遠くなるような作業だった。一心不乱に掘り起こす十字架のルーツ。いつしか惰性的に繰り返すうちに……。



 ――眠ってしまったというのか。オレとしたことが。言い条、徹夜が祟った。

 そうだ。葡萄狩りはどうなった。しっかり二万円ぶん、もぎ取らなければならんのだ。『男』を取り戻し、葡萄もたらふく手に入れる。人生いつでも欲を()いてはいけない。『二兎を追う者は二兎獲よ』オレの座右の銘である。

 今何時。胸元の懐中時計をまさぐった時、ふいに鼻の頭に雫が落ちた。

 雨だ。

 天を仰げば、地上に射し込んでいた木漏れ日が雲に覆われていく。林藪を暖めていた温度が次第に冷却され、辺りが暗く陰ると、瞬く間に黄土色の土と枯れ葉の絨毯を濡らしていった。遠くで雷鳴が響いている。

「君、名前は?」

 強まる雨音にかき消されず、女が訊ねてきた。

「オ、……いや」

 ロリータファッションに、量産型メイクと金髪ロングのウィッグ。これだけバッチリ決めているのに『オレ』はないだろう。慌てて女の仮面を取り繕う。

「アタシは杏柰(あんな)神香林(かみこうりん)杏柰よ」

「俺は中里(なかざと)文子(ふみこ)だ」

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