↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葡萄館の殺意   作者: 乾レナ(冷愛)
封じられた紫の塔
14/28

Ⅰ.中里文子の不覚



「杏柰(あんな)、おい杏柰」

 倒れた彼女を間一髪で抱き抱え、俺は必死に呼びかけた。

 重力に従ってぐったりと沈みかけた杏柰は今、俺の腕だけに支えられている。

 玄関に二人の人物が出迎えている。割烹着を身につけた馥よかな年配の女と、タキシード姿の細身な男子。さぞ驚いたことだろう。突然、夜更けに押しかけてきた四人の客人、うち一人が玄関先で気を失ったとあっては。

「まぁ。何ということ」

 中年太りの女のほうは、色黒な頬に手を当てて大袈裟に嘆いた。

「あなた方は」

 黒紫のメタルフレームの眼鏡に手を翳しながら、小柄な青年が中性的な声を発した。

「夜分に申し訳ありません。俺、いえ私は――」

 俺は派遣先から用意されている名刺を胸ポケットから取りだし、彼らに手渡した。

「〝㈱鳥丸very Berry 仏蘭西〟から来ました中里(なかざと)文子(ふみこ)です」

「まあ〝鳥丸Berry〟の」

「遅かったので心配していました」

 得心がいったのか中年女性は名刺から視線を外すと、値踏みするように俺の頭から爪先までをじろじろ眺めまわす。

 青年は当たり障りのない笑顔を浮かべ、

「しかし僕たちが依頼した人材は一名だったはずですが」

ポーカーフェイスを保ちつつ、チョーカーを巻いた小首を傾いだ。

「重ね重ね申し訳ありません。彼女の名は神香林(かみこうりん)杏柰。実は先刻の雷雨で――」

 道中、土砂崩れが起きたこと。同日に葡萄村で葡萄狩りツアーが開催され、参加者である杏柰に出会した経緯を、要点のみ掻い摘んで端的に説明する。

「宿泊費は私のバイト代から差っ引いていただいて構いません。どうか彼女を一晩、受け入れていただけないでしょうか」

 深々と頭を下げると、

「そう固くならずに。自然災害なら仕方ありませんよ」

 抑揚のない声が落ちてきて、顔を上げれば青年は快く手を差しのべていた。

 彼が片手で親指と中指をパチンと鳴らすと、

「ただいま寝室を整えてきますので」

弾かれた中年女性は、マッチョな身体を揺らしてパタパタと奥に走っていく。

「あ、ありがとうございます」

 これで杏柰は助かる。張りつめていた糸が切れ、安堵で全身の力が抜けていく。彼らの親切心に感無量。胸と目頭が熱くなって涙を手の甲で拭った。

「救急車を手配したいところですが、あいにく此処は普段、別荘として使用しており、従って固定電話がございません。山奥のため携帯電話も電波受信圏外でして、外部との連絡が一切とれない状況にあります」

「心得ています。一晩、休養させていただくだけで充分です」

 とにかく今は、ゆっくり寝かせてやりたい。

 俺の腕に凭れかかっている杏柰を青年が抱き寄せ、ひとまず玄関フロアの上がり框に寝かせた。


 ほどなくして中年女性が小走りで戻ってくる。

「ベッドの用意ができました」

 杏柰を介抱しようとした時、

「ところでそちらの方たちは」

青年と熟女の視線が一転、俺の背後――江藤(えとう)と夕実(ゆみ)に向けられた。

 彼らはせいぜい、自力で交渉すれば良い。俺は白い目で一瞥した。

「その、僕らは同じく葡萄狩りツアーの参加者でして。経緯は杏柰さんとほぼ同じで――」

 居場所のないまま、手持無沙汰で突っ立っていた江藤はバツが悪そうに頭を掻く。名前を名乗ると俺の事情説明に便乗しつつ、直談判をはじめた。

 警戒しているのか、夕実はキョロキョロと辺りを見回している。

「ふーん。江藤茂博(しげひろ)さんと鷹畑(たかはた)夕実さんねぇ」

 腕組みをしながら訝しむ中年女に、青年はパチッと目配せすると、

「良いよね? 部屋はあるから」

「ま、お坊ちゃまが仰るなら」

 熟女は不承不承ながら了承した。

 江藤はペコペコ頭を下げている。

 お坊ちゃま? この二人の関係は一体……。薄々感じていたが、母と息子ではないのか。そもそも亡くなった館の所有者とは。他人の事情を詮索する気は毛頭ないが、違和感は拭えず。バラバラな符号とクエスチョンマークが錯綜し、乏しい推理力を捻出しても脳内家系図が描けない。

 俺の表情を読み取ったのか、青年は仕切り直す。

「我々の自己紹介がまだでしたね。僕は甲斐路(かいじ)南亜(なみあ)。館の後継者です。そしてこちらは家政婦の」

「高浦(たかうら)優紀(ゆき)ですけど」

 紳士然り、胸の前で手のひらを当てて軽く敬礼した青年は、その手を中年女に向ける。

 促されて高浦と名乗った女性は、いまだ江藤たちに対して不審者を見るような目付きである。

「江藤様と高畠様には宿泊費をいただきます。素泊まり一泊、前払いで御一人様五千円。明朝には出ていってもらいますよ」

 卑しい家政婦は太い腕を突き出し、抜け目なく請求する。

 江藤は渋々懐から財布を出し、一万円札を抜き取った。

「まあまあ、優紀。夕食くらい用意してあげようよ」

 苦笑いした南亜が手のひらを向けて宥める。

「葡萄館(ワインシャトー)にようこそ。どうぞお上がりください」

 ルームシューズが人数分、並べられ、斯くして俺たちは葡萄館の敷居を跨ぐこととなった。

 だがこの時、俺はまだ気づいていなかった。恐ろしき殺意は、既に繁殖をはじめていたことに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。