誤解
「それで、そちらの美少女は誰ですか?」
私達の馬車に乗り込んだリリアーナ様がさっそく口を開く。
リリアーナ様は私の隣に座り、私の向かいにアル様、アル様の隣にミカエル様の順で腰をかけている。
美少女と言われて自分から名乗りたくなかったのだろう。ミカエル様がジト目で私の方を見てくる。
「レイトン伯爵家の次男、ミカエル・レイトン様ですわ。私の身の安全のために女装してくれてるけど、男性です。」
「えっ!?初めまして。リリアーナ・ワーグナーと申します。・・・似ていると思ったけど何でここにいるのよ。アル様といい、ゲームにない動きばかりして・・・。」
リリアーナ様が挨拶をする。
最後の方はブツブツと独り言を呟いていたので、何と言っていたかは分からなかったが相当驚いたのだろう。
「初めまして。ミカエル・レイトンと申します。このような服装でご挨拶することをお許し下さい。」
「いえ、とても可愛らしかったので男性と思わずに失礼しました。」
「・・・その褒め言葉はあまり嬉しくないのでもう言わなくて大丈夫です。」
ミカエル様のいつも通りの反応に思わずアル様と微笑み合ってしまう。
「レティシア姉様も殿下も失礼ですよ。」
「ふふ、失礼しましたわ。つい。」
「ついじゃありませんよ。」
ミカエル様がまたジト目で私を見て、思わずまた笑ってしまう。
そうしている間に屋敷に着いたようだ。
御者が扉を開け、リリアーナ様、ミカエル様の順で馬車を降りていく。
私とアル様は奥に座っていたので最後だ。本来は身分の高いアル様が最後に降りるところだが、アル様が先にさっと馬車を降りてしまった。
慌てて降りようとすると、アル様が手を差し出していてくれた。
「シアをエスコートするのは私の役目でしょう?」
「ありがとうございます。」
アル様にそう言われ、素直に手を添える。
馬車を降りた瞬間、アル様の手に力がこもったと思ったと同時に、気づいたらアル様に抱き寄せられていた。
「アル様!?」
「シア、後で少し話したいことがあるからシアの部屋の隣のサロンに行くね。・・・ごめんね、シアが可愛くてつい。」
アル様は誰にも聞かれないように私の耳元で囁いた後、平然と軽口を叩いた。
どちらも私の心臓に悪いことには変わりない。
「つい、ではありませんわ!」
私は赤くなっていつもの返しをしながら、先ほどのアル様の囁きにコクリと頷いた。
「殿下、過度なスキンシップはお辞め下さいと言ったでしょう。」
ミカエル様が私とアル様の間に割り込むようにして立つ。
「手を引く強さを誤っただけだから大目に見てよ。シアが思った以上に軽かったから仕方がない。」
「・・・今回はそういうことにしておいてあげます。」
何やらまたアル様とミカエル様が火花を散らしていたようだが、何とか落ち着いた。
「・・・何でアル様とミカエルが悪役令嬢を取り合っているのよ。」
ホッと一息着いた私は、後ろの方で呟くリリアーナ様には気づかなかった。
お父様がもう戻っているということだったので、私は屋敷に入ってお父様の書斎へ向かう。お父様に事の次第を説明して、今日はもう遅いのでリリアーナ様とお付きの人を我が家に泊めようとしたのだが、思わぬ答えが返ってきた。
「ワーグナー伯爵からお嬢さんが我が領に旅行に来るという先触れは頂いていてね。デビュタントの一件もあったし、何か失礼なことがあったら申し訳ないとご挨拶を頂いていたのだよ。そうか、帰り道にまた馬車に不具合があってもいけないから一日と言わず、滞在中我が家に泊まってもらって馬車の修理を確り行ってもらえばいい。確か一週間程の予定だったから。」
「そうでしたの。・・・わかりましたわ。リリアーナ様にはそうお伝えしておきます。」
「これでまたワーグナー伯爵には恩を売れたね。」
お父様が何やら悪い顔をしながら笑った。
恩を売るに越したことはないが、リリアーナ様をアル様やミカエル様に接触させたくなかった私としては複雑だ。
「三日後にリーンが我が家に遊びに来る予定ですが、食料の手配とか大丈夫ですの?」
「ああ、問題ないよ。料理長には人が増える可能性を最初から伝えてあったから。」
お父様はトラブルまでお見通しなのだろうか。
何も問題がない以上はお父様の意向に従うしかない。
「なら安心ですわね。そろそろ夕食ですし着替えて食堂に向かいますわ。」
「ああ、また後で。」
***
一旦部屋に戻ると、サラが興奮した様子で詰め寄ってきた。
「レティシア様、なぜあの女がここにいるのです?大丈夫ですか?何かされませんでしたか?」
「サラ、大丈夫よ。我が領に旅行に来ていたらしいのだけど、馬車が故障してしまったみたいで偶然通りかかったのでお助けしただけよ。」
「本当に偶然だったのかどうか。レティシア様はお優しいですからね。あの女が失礼なことをまた言うようだったら私がお守りします。」
「ありがとう。さすがに我が家で分別のない行動はしないだろうし、大丈夫よ。」
「でもあの食事のマナーと男性への接し方はどうかと。」
「そこよね・・・。注意してもリリアーナ様が気を配ってくれない限りはどうにもならない問題だから仕方ないわ。気が重いけどそろそろ夕食の時間ね。食堂へ向かいましょうか。」
ちょうど着替え終わった頃に、コンコンとノックの音が聞こえた。
「アルベルト殿下が隣のサロンにお越しのようですが、いかがされますか。」
様子を確認しに行ったサラに声を掛けられる。
「伺いますわ。」
そうして隣の部屋に入るといつもの黒髪に金色の瞳に戻ったアル様がソファーに腰を掛けていた。
メアリーがすでにお茶を淹れてくれている。
「夕食前にごめんね。どうしてもシアと話しておきたくて。あ、シアはここね。」
アル様に隣に座るように促される。
正面にもソファーがあるのでそのまま正面に座ろうとするが、メアリーとサラに阻止されてアル様の横に渋々座る。
「・・・何でしょうか?」
「リリアーナ嬢のこと。シアに誤解されてそうで嫌だったから。」
「どういうことですか?」
「私からリリアーナ嬢に夏期休暇の予定は話していないからね。」
「でしたら何故リリアーナ様はああ仰ったのですか?」
「言葉の綾、かな?ヴァンと王宮の廊下で話していたところ、急にリリアーナ嬢が現れて会話を聞かれていたようなんだよね。何でリリアーナ嬢が王宮にいたのかわからないんだけど。」
「そうでしたの。」
アル様がリリアーナ様と特別親しくなったわけではないようで、思わずホッとしてしまう。
「私が大事なのはシアだけだから。」
アル様に私の内心が伝わってしまったのか、嬉しそうに微笑みながら髪を掬われ髪に口づけをされる。
「アル様、またそういうこと!」
「久しぶりに邪魔者もいないし?」
そう言いながらアル様が距離を詰めてくる。
これはマズイと思った瞬間にアル様の金色の瞳に捕らえられ、そのまま唇に柔らかな感触を感じる。
「アル様~!」
顔を真っ赤にして唇を押さえた私を見て、アル様は嬉しそうに笑って立ち上がった。
「せっかく二人きりだったからね。さぁ、行こうか。」
「侍女がいますわ!もう!」
優秀なメアリーとサラは見事に空気に徹してくれていたけれど。
そう言いながらも私は素直にアル様に手を引かれて食堂へ向かうのだった
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