ノクタール公爵領での日常
「何だかよくわからないけど、面白いことになっているのね?」
あれから三日、予定通りリーンが我が家に遊びに来た。
リーンも一週間程滞在する予定だ。
リーンが言いたいことはわかる。
リリアーナ様だが、あの食事のマナーはどうしたことかとても美しい所作になっていた。
ついこの間までカチャカチャ音を立てて食事していた人とは思えない程だ。
だが、振る舞いは変わらずで・・・。
「アルベルト様、この後少しお茶をしませんか?」
今日も相変わらず上目遣いで潤んだ瞳をアル様に向け、アル様に近づいている。
アル様の婚約者である私の家でいい度胸だ。
「すまないね、この後ノクタール公爵と視察に回る予定だから時間がないんだ。」
「そうですか、残念です。では私は町に出てきますね。」
眉を下げた可愛らしい顔でそう言うと、リリアーナ様は町へと出掛けて行った。
「この三日、毎日あんな様子で注意するのも疲れたわ。」
「そうだったのね。で、アルベルト殿下と言い合っているあちらの方は?」
「レイトン伯爵家のミカエル・レイトン様よ。来年学園に入ってからだと時間が取れないからと、今年の夏期休暇は我が家に滞在しているの。」
「ああ、遠縁の親戚だものね。で、止めに入らなくていいの? 」
「あれも毎日だから疲れたわ。」
「ふふ、レティの周りはいつも面白いことが起こるのね。」
リリアーナ様が去った後、今度はミカエル様がアル様と話していた。
「アルベルト殿下はお忙しくて大変ですね。私は今日もレティシア姉様をお守りするために一緒にいますのでご心配なく。」
「今日はアイリーン嬢が到着したばかりでどこにも出掛けないだろう。屋敷の中は安全だからシアと一緒にいなくてもいいんじゃないかな。」
「レティシア姉様には休み中たくさん構ってもらう約束をしたので。今日はレティシア姉様と一緒にアイリーン嬢をおもてなしします。」
「アイリーン嬢も久しぶりにシアと話したいだろうし、かえって迷惑だろう。どこかへ遊びに行ったらどうか?」
「ふふふ。殿下、お気遣いありがとうございます。でも私もミカエル様とお話してみたいので大丈夫ですわよ?」
「いや、だが・・・」
「殿下、行きますよ。たくさん学んでもらうことがあるのだから時間はありませんよ。」
「アル様、行ってらっしゃいませ。」
私が止める間でもなく、アル様はバタバタと現れたお父様に引きずられて行く。
ミカエル様は何故か勝ち誇ったような顔をし、アル様は苦虫を潰したような表情で去って行った。
「さてと。リーン、長旅で疲れてない?」
「ええ、大丈夫よ。」
「では荷ほどきが終わって落ち着いたらお茶にしましょうか。落ち着いたら我が家の侍女に声を掛けて。」
「お気遣いありがとう。じゃあ後で。ふふ、楽しみにしてるわ。」
***
「初めまして、ミカエル様。マルベリー侯爵家が次女のアイリーン・マルベリーと申します。」
「こちらこそ初めまして。レイトン伯爵家が次男のミカエル・レイトンと申します。」
「さ、堅苦しい挨拶はこれくらいにして気楽なお茶会としましょう。」
「そうね、その方が有難いわ。」
そうして休暇中の王都の様子や流行りなど他愛もない話を暫くした後、リーンが尋ねてきた。
「で、リリアーナ様が何故ここに?」
リーンにリリアーナ様の馬車が故障し、助けた経緯を説明をする。
「ふーん、すごい偶然ね。最近のレティってまるでトラブルを引き寄せているようね。」
「それは自分でも感じているから言わないでよ。」
「大丈夫ですよ、何があってもレティシア姉様は私が守りますから。」
「あら、ずいぶんと頼もしい騎士が付いたのね。でもミカエル様がレティに会うのは十年振りでしょ?何故そんなにレティを慕っているのかしら?」
「それは私もわからなくて・・・」
「アイリーン嬢、よくぞ聞いてくれました。」
戸惑う私の言葉を遮り、ミカエル様が話し出す。
「私が四歳の時、ちょうど十歳離れた兄が学園入学前で両親が忙しくて入学前の三ヶ月程、ノクタール公爵にお世話になっていたのです。その時は両親が兄ばかり構うのが寂しくて・・・でもレティシア姉様がずっと一緒に遊んでくれて、ノクタール公爵領にいる間は寂しさを感じることもなく楽しく過ごせました。それが嬉しくて、レティシア姉様の婚約者が決まらなかったら私が婿に入るとプロポーズまでしたのに・・・レティシア姉様はすっかりお忘れのご様子で。」
「あれはただの子供の戯言かと・・・。」
「レティシア姉様の婚約者がアルベルト殿下に決まったと聞いた時はそれはショックでした。」
「忘れていたわけではないのよ?・・・ごめんなさい。」
「レティらしいと言うか。ふふ、ミカエル様ったら可愛らしいじゃない。」
「アイリーン嬢、可愛いは褒め言葉にはならないですからね。」
「あら、ごめんなさい。つい。」
もはやミカエル様と初対面の人との間で必ず行われるやり取りに、皆で思わず笑い声をあげる。
「で、シアは何故かつてプロポーズをしてきた男性と楽しそうに話しているのかな?」
サロンの扉の方から冷ややかな声が聞こえ、気がついたらアル様がそこにいた。
「アル様、いつからここに?視察はどうなさったの?」
「ノクタール公爵に急用で屋敷からお呼び出しがかかってね。さっき帰って来たところなんだ。で、私の質問に対する答えは?」
「アル様、十年も前の話ですわ!それに本気に受け取っていなかったので不可抗力ですわ。」
「でもさっき本気だったと知ったよね?残りの休暇はミカエル殿と少し距離を置くべきでは?」
「それは困ります。女装したミカエル様が一緒という条件で私はお父様から外出の許可を頂いていますのに・・・。」
「何で?」
「それはこの前人拐いに出くわしたからですわ。お父様からお聞きに・・・あっ!」
「うん、初耳だね。」
私はアル様の背筋が凍るような笑顔を見て、失態をおかしたことに気がついたが時既に遅しで。
「隠していたわけではありませんわ。お父様からお聞きになっているかと思っていただけです。」
「そうだとしても私はシアから直接聞きたかったよ。それに、どんな理由であれ私が婚約者を他の男に平然と託す男だとでも思った?」
必死に弁明するも、アル様はますます迫力のある笑顔になっていく。
「アル様はそんな方でないのはよく存じ上げてますわ。ごめんなさい、私の配慮が足りませんでしたわ。」
「わかればいいいよ。で、ミカエル殿。事情はわかったからシアをお願いするけど、必要以上に近づかないように。」
「わかりましたよ。・・・チッ、このまま喧嘩して仲違いしてくれれば良かったのに。」
「何か?」
「いえ、何も。独り言ですのでお気になさらず。」
「ふふふふ。レティは愛されているわね。」
アル様とミカエル様の火花を散らしたやり取りにリーンは楽しそうに笑った。
私はというと、アル様との緊迫したやり取りに疲れ、一人ぐったりと項垂れていたのであった。
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